「良いわね、これ」
ワッフルを一口食べた女性はそう口にした。黒い天使の羽と悪魔のような黒い角。ひょっとすると彼女は堕天使なのかもしれない。ただ、それはそれで気になることがある。
服装がミスマッチなのだ。
彼女が着ているのはグレーのポロシャツとジーンズ。一般的な天使と比べるとかなりカジュアルな格好をしている。
それを不思議に思ったのは僕だけではなかったらしい。
「あの、ちょっと聞いてもいい?」
「何かしら人間さん」
「どうしてその格好を?」
「そりゃあ楽だからよ」
千弦先生の問い掛けに、当たり前かのように答える女性。
「ちなみに普段は?」
「スーツよ。私こう見えてオフィスレディなの」
「そ、そうなんだ……」
普段何事にも動じない先生が、こんなにも戸惑っている。珍しい。今日は記念日だ。
「なんか、エイムくん楽しそうだね」
「いやいや、気のせいですよ」
「そう?それなら、まあいいか」
先生はどこか納得していない顔をしつつも引き下がった。
「さてと、何か飲もうかな」
一方女性の方は僕等のやり取りを気にするでもなくメニューを開いた。
「コーヒーは苦過ぎるし……かと言ってココアじゃ行き過ぎだもんなぁ。ねぇ、この店のカフェラテって甘め?」
「えっ、いや、甘さは控えめになってますが……」
「そっかぁ。じゃあどうしよ」
「その系統ならカフェモカがいいんじゃないかな?」
千弦先生が口を挟んだ。
「カフェモカ?初めて聞いたけど、どんなものなの?」
「カフェモカはコーヒーとチョコレートもしくはココアを混ぜた飲み物です」
マスターが淡々と答える。確かにコーヒーとココアの中間辺りの甘さを求めているらしき彼女には最適のドリンクだ。
「へぇ、じゃあそれで」
「かしこまりました」
少しして店内にカフェモカの匂いが漂い始めた。
「わぁ、いい香りね」
「後で私も頼もうかな」
「そう言わず今でも良いですよ?」
「いやまだアップルティーが――」
「お待たせしました」
マスターがカフェモカを持って来たことにより会話が中断される。これはタイミングが良いのか悪いのか、時々疑問に思ってしまう。
「それじゃあ、いただきます」
女性はカフェモカを一口飲むと、頬を緩ませた。
「ほんのり甘くて美味しい」
「それは何よりだよ」
「先生、なんだか嬉しそうですね」
「そりゃそうだよ。私が勧めたカフェモカで、このOLさんが幸せな気持ちになったからね」
「本当にそう。お陰で明日からも頑張れそうよ」
「それはそれは、良かったです」
その後僕と千弦先生は、彼女が幸せそうにカフェモカを飲む姿を微笑ましく眺めたのだった。