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その日の晩のこと。
俺は菊と一緒に、一つのベッドで横になっていた。
「当分ソファで寝るから良い、シングルだから狭くなるだろ」と断ったのだが……菊がきかなかったのだ。「狭くなっても構いません。貴方にはちゃんとした場所で、寝て貰いたいんです」と、そう言って。
それで当の本人だが、そろそろ微睡んできたのか、とろんとした眼差しで俺を見つめていた。そして徐ろに手を伸ばし、やんわりと抱き着いた。
普段は恥ずかしがり屋なのに……こんなに甘えたな彼を目にするのは、とても珍しい。
*
思えば現役のアイドルだった頃は、菊に対してチャギヤらしいことを、殆どしてやれなかった。テレビやライブの仕事が無い時も、作曲や歌唱・ダンスの練習で常に忙しくて……そんな中でせめてもと、カトクのやり取りをしたり、ライブの優待チケット等を送ってあげたりはしていた。それで精一杯だった。
それに、そもそも日本と韓国、住んでる場所が物理的にも離れていたから……直に会って抱き締めてやることも、ポッポをしてやることも、全く出来なかった。それに……パパラッチによるスキャンダルのリスクも、大いにあったから。おまけに非常識なサセンも多い、K-POP界隈。菊の身の安全が脅かされ、名誉が悪戯に傷付けられることだけは……どうしても避けたかったのだ。
それらのどうしようもない事情を、菊は充分に理解してくれていた。おかげで「あの事件」が起こるまでは、俺のアイドル人生は毎日大変であれど、安泰だった。それ故に、申し訳なかった…………
*
「……菊」
俺も腕を伸ばし、菊の体を抱き締め返す。
「んん、なんでしょう……ヨンスさん」
「俺、やっと今になって……お前にチャギヤらしいことが、出来るんだな……」
「ヨンスさん…………」
「チンチャ、皮肉なもんだよなぁ……お前はどれだけ俺がチャギヤとしての務めを果たせていなくても、俺のアイドル活動を応援してくれてたのになぁ……」
すると菊は、こう口にした。
「私は貴方のこと……ずっと信じていましたから。どれだけ多忙でも、貴方が私に優しいこと、私に尽くそうとしていたこと、知っていますから……」
「菊…………」
「今はただ……喜んだら、良いんだと思います」
漸く愛する人に直接触れられる、喜びを────顔を近付け、触れ合う唇。俺は返事の代わりに柔らかなそれを舌で貪り、暫し堪能した。