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おまる
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その日は朝から、落ち着かない空気がオフィスに流れていた。
他部署との合同プロジェクトの打ち合わせに現れたのは
営業部の若手エースと呼ばれる佐々木さんだった。
「瞬! 久しぶり。今回の案件、また一緒だね」
会議室に入ってくるなり、彼女は当たり前のように高瀬くんを下の名前で呼んだ。
高瀬くんも少し驚いた顔をしながらも、親しげに笑みを返す。
「ああ、佐々木か。……というか、会社ではその呼び方やめろって言ってるだろ」
「いいじゃない、同期なんだし。それに、大学のサークルから数えたら、もう何年の付き合いだと思ってるの?」
二人の間で交わされる、私には入り込めない時間の重みを感じさせる会話。
私は「佐藤課長」として上座に座りながら
手元の資料を握りしめる指先に力を込めた。
私の知らない彼の過去。
「佐藤課長、すみません。彼女、同期なもので、少し口が過ぎました」
高瀬くんが私を気遣うように声をかける。
でも、その言葉さえ、今はどこか遠く感じられた。
佐々木さんは私の視線に気づくと、挑戦的な、でもどこか懐かしむような笑顔を浮かべた。
「佐藤課長、瞬のこと、よろしくお願いしますね。こいつ、昔からこう見えて危なっかしいところがあるんです。……ほら、大学の時も一度無茶して倒れたことあったよね?」
「……先輩の前で言うなって」
高瀬くんが苦笑いしながら頭を掻く。
私の知らない、彼の「無茶」や「弱点」。
私がリハビリを通して少しずつ触れてきたはずの彼は、この女性の前では、すでに完成された
あるいはもっと剥き出しの「瞬」として存在していたのだ。
会議中も、二人の阿吽の呼吸が目につく。
彼女が投げかけた言葉に、高瀬くんが即座に応える。
そのリズムが、私との「上司と部下」という壁を易々と飛び越えていくのが、たまらなく癪だった。
(……やめて。私の前で、そんなに楽しそうに笑わないで)
会議が終わり、佐々木さんが去った後。
私は逃げるように自席に戻ろうとしたが、背後から高瀬くんがついてくる気配がした。
「……凛さん。さっきの、怒ってます?」
周囲に聞こえないほどの低い声。
私は振り返らずに答えた。
「……別に。仕事がスムーズに進むなら、同期仲が良いのは結構なことじゃない」
「嘘だ。…めちゃくちゃ、妬いてるって顔してますよ」
「……っ、」
私は一瞬だけ彼を睨みつけた。
でも、彼の瞳はいつもの甘い「ワンコ」ではなく
私の動揺を楽しんでいるような、少し底意地の悪い光を宿していた。
「佐々木とは、ただの腐れ縁ですよ。……俺が好きなの、先輩だけっすから」
彼は耳元でそう囁くと、何食わぬ顔で自分のデスクへと戻っていった。
残された私は、心臓の激しい鼓動を抑えることができなかった。