コメント
0件
いくら時代が同性愛に寛容となり始めたといっても、認めてくれるのは少数の人間のみ。いつだって世間は多勢の批難に屈するのだ。
隠していた思いを、全て光太に吐き出す。
すると何も言わずに聞いていた光太が、ハァと呆れたような溜息を吐いた。
「それが隼士の本当の望みじゃないって分かってるくせに、何でそんな風に考えるかなぁ」
理解ができないといった様子で、光太が細かく首を横に振る。
「記憶をなくす前の隼士の望みというなら、そうだったかもしれない。でも、今の隼士は違うでしょ?」
今の隼士は男を求めていない、ちゃんと女性を愛せる人間だ。ならばわざわざ不毛な愛に手を伸ばす必要はない。
「だから、俺は隼士に自分が恋人だったことを話すつもりはありませんよ」
「……はぁ。お前ってさ、かなり頑固だよな」
「そうです?」
「ああ、部外者の俺がどれだけ説得しようが、意志は曲げねぇって顔してる」
「なら、このまま引いて貰えると助かります」
できれば光太とは言い争いたくないし、これからも友人としての関係を続けていきたい。そう願うと、光太は意外にあっさりと引き下がる姿勢を見せた。
「ああ、そうしとく。最初から聞く耳持たない奴相手に説法するほど、俺も暇じゃねぇしな。ただ、これだけは言わせろ。――――お前、隼士のため、隼士のためって言ってるけど、それ間違ってるからな」
「え……?」
「お前が逃げてるのは、自分が壊すかもしれない隼士の未来じゃねぇってことだ」
「それ、どういう意味……」
光太の考えを聞こうと一歩踏み出す。しかし、朝陽が言葉を言い切る前に、部屋のインターフォンが鳴った。
これは、仕事を終えた隼士が到着したのを知らせるものだ。
「タイムリミットみたいだな。ま、後は自分で考えろ」
そう言って、光太は隼士の出迎えに行ってしまう。ただ一人残された朝陽は、呆然としたまま光太の言葉の意味を考えるが、当然答えなんか出てこなかった。
「俺が……逃げてるもの……」
隼士が関係することなら、すぐにでも答えを掴みたい。けれど玄関の方から隼士達の気配と足音が近づいてきたため、朝陽は思考を無理矢理横に置いた。
「いらっしゃい、隼士。悪いんだけど、ご飯まだできてないから座って待ってて」
「ああ、仕事で疲れてるのに悪いな。何か雑用があればやっとくから、言ってくれ」
「ん、ありがと」
いつもの笑顔で会話を交わし、キッチンへ戻ろうとする。
その時、不意に背中が重くなった。
「なー朝陽、そういやさぁ、俺、恋人と喧嘩したんだよ。アイツ、超ワガママ言いやがって、今回ばかりは我慢できずに切れちまった」
声が顔の真横から聞こえたことで漸く後ろから光太が抱きついてきたのだと気づく。
「ど、どうしたんすか、いきなり」
さっきとはまるで違う甘えた声に、驚いてしまう。
だが、弱音なんて光太にしては珍しい。今の会話で重たくなってしまった空気を、変えてくれようとしているのだろうか。
「もしさー、このままアイツと別れて独り身になったら、今度は朝陽にしてもいいか?」
「何をです?」
「勿論、次の恋人だよ」
光太の発言に、場の空気が完全に固まった。
隼士も驚いた表情をこちらに向けたまま、動きを止めてしまっている。
「ちょっ、何で俺なんですっ。意味分からないんですけどっ!」
「だって朝陽の飯上手いし、面白いし、一緒にいても飽きないから。これって大切なことだろ?」
「そうかもしれませんけど、俺、男ですから。まず、そこんとこから見直して下さい」
「いいよ、別に。俺は男とかそういうの気にしないし、周りから何言われても平気だから」
「な……あっ」
男でもいいと簡単に言われ、呆気に取られる。が、朝陽はすぐにこれが光太の策なのだと気づいた。
あの話の後に、この会話。これはどう考えても、男だからという理由で身を引くと決めた朝陽に対する当てつけにしか思えない。そう、光太は朝陽への説得をやめると言ったが、全てを諦めたわけではなかったのだ。
「光太さん、そういうの――――」
「朝陽から離れろっ!」
抗議しようと口を開いた途端、耳を裂くような隼士の怒号に遮られる。心臓がビクンと萎縮するほどの迫力に言葉を止めて隼士を見ると、目が合うか合わないかの間に腕を引かれ、光太から引き離された。
「隼、士……?」
気づいたら隼士の腕の中にいた朝陽が、驚きながら見上げる。すると光太をギラリと睨んだ隼士が次の瞬間、信じられない言葉を叫んだ。
「朝陽は俺のものだっ! いくら光太さんでも、渡せないっ!」
あまりの直球に、思わず瞠目してしまう。
「はぁ? 渡せないって、朝陽はお前のもんじゃねぇだろ? それに、お前には将来を約束した恋人だっている。そんな奴にとやかく言う資格ねぇよ」
光太の言動は突拍子もないものだが、隼士に対しての反論は尤もだ。だからこそ隼士は勢い勇んで声を荒げたものの、次の台詞を言い淀んでしまう。
「それとも何か、自分は他の奴と結婚しといて、朝陽を愛人にでもするつもりか?」
朝陽を抱き締めたまま、隼士が少し考える様子を見せる。けれども、すぐに偽りのない目を向けてはっきりと言い放った。
「朝陽をそんな風に扱うつもりはありません。でも、言葉だけじゃ信じられないというなら、俺は……────恋人を探すのをやめます」
「隼士っ? 何言ってんだよっ! 今の冗談だよな?」
きっとこれは売り言葉に買い言葉で応戦しただけ。状況からそうとしか思えなかった朝陽は、隼士の発言の撤回を求める。
「冗談ではない。朝陽を誰にも渡さないでいられるなら、俺は過去なんて諦められる」
「なっ……」
何で、そんなことを容易に言ってしまえるのだ。驚愕と狼狽を一気に押し出した顔で、穴が開くほど隼士を見つめる。
「ふーん、じゃあ未来は?」
「未来……ですか?」
「そ、男と一緒に進んでく覚悟があんのかって聞いてるんだよ」
「そんなの考えるまでもありません。朝陽が俺の側にいてくれるなら、どんなことだって乗り越えられる。逆に朝陽が隣にいない未来なんて、想像もしたくない」
強く、躊躇なんて一切ない言葉がスッと胸の奥に染みこんでいく。
まさか、隼士にこんなことを考えて居たとは思ってもいなかった。
「だとよ、朝陽。隼士はこう言ってるけど、お前は?」