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深冬芽以
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「NO」、画面に浮かび上がる文字
私は、復讐の終焉に「死」という安らかな逃げ道を選ばなかった。
一生、償いきれない罪の重さに潰されながら
誰からも忘れ去られ、ただ「かつての栄光」という呪いに縛られて生き続ける。
それこそが、美波に相応しい末路だと思ったから。
九条刑事は私の指先を見て、小さく息を吐いた。
「……賢明な判断だ。死人は何も語らないが、生者は一生、自分の声に怯え続けることになる」
だが、その直後。
監視カメラの映像の中で、美波が異常な動きを見せた。
「あは……あはははは! お母様も、愛華も、みんな私を置いていくのね!」
美波は狂ったように笑いながら、隠し持っていた「あるもの」を喉元に突き立てた。
それは、彼女のバッグに紛れ込ませておいた、愛華の形見の鋭利なピアスだった。
「……っ!?」
九条が走り出す。
画面の中の美波は、自らの喉を深く切り裂いた。
死ぬためではない。
血に染まった手で自分の喉を掻きむしり、彼女は絶叫しようとする——。
「ぁ……、……っ、あ……」
出たのは、10年前の私と同じ、砂を噛むような掠れた音だけだった。
美波は驚愕に目を見開き、自分の喉を押さえた。
声が出ない。
言葉を武器に他人を蹂躙し、SNSで「正義」を謳い、偽りの聖母を演じてきた彼女の、最大の武器が失われた。
「……皮肉なもんだな」
現場に駆けつけた九条が、血の海の中で膝をつく美波を見下ろして呟く。
「君は、自ら『声』を捨てて、彼女と同じ地獄に堕ちることを選んだわけだ」
美波は、声にならない悲鳴を上げながら、虚空を掻いた。
その姿は、かつて彼女が「ゴミ」と呼んだ私そのものだった。
私は、署のロビーにあるベンチに座り、震える指で『パンドラ』のアプリをアンインストールしようとした。
だが、その瞬間に最後の一通が届く。
【全ミッション完了】
おめでとう。あなたは、復讐という甘い毒に溺れず、私に勝った。
約束通り、あなたの『声』を返しましょう。
スマートフォンの画面が真っ白に発光し、耳の奥でキィィィンと高い音が響く。
私は思わず耳を塞ぎ、喉の奥からせり上がってくる熱い塊を吐き出すように、口を開けた。
「……あ」
震える、小さな、けれど確かな音。
10年間、どれだけ願っても出なかった私の声が、夜の廊下に響いた。
「……あ、ああ……っ」
涙が溢れて止まらない。
その時、足音が近づいてきた。
九条刑事ではない。
『パンドラ』の管理人。
私にこの契約を持ちかけ、すべての情報を操作していた「黒幕」。
振り返った私の目に映ったのは
死んだはずの愛華の葬儀で、一番後ろの席で静かに本を読んでいた、あの地味な同級生だった。
「……お帰りなさい、栞。10年ぶりのあなたの声、とても綺麗よ」
彼女は、10年前のいじめグループで
唯一ターゲットにも加担者にもならず、「透明人間」として存在していたはずの少女だった。