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「あなたはパスタが好きですか?」
6話
時計の針が静かに進む。
喫茶店で、美咲はいつもと違う表情を浮かべていた。
「瑛人……少し話せる?」
声が硬い。
いつもなら「何の話?」と軽く聞き返すが、僕は何も言わずにカップの縁を指でなぞるだけにした。
彼女はそれを「同意」と受け取ったのか、小さく息を吐いて切り出した。
「……あなたって、本当は、何者なの?」
核心を突く言葉に、僕は少しだけ目を細めた。
「何者って?」
「……篠宮さんに会ったの」
彼女の声が震えている。
「あの人、あなたのことを調べていた。あなたが5年前の事故に関わってる、って……そう言ってたの」
ああ、やっぱり。
篠宮はここに来るまでの過程をきっちり踏んでいる。
彼女は証拠を見せられたのだろう。
けれど、それが”確定的”なものではなかったから、こうして僕に直接問いかけている。
「それで? 美咲はどう思うの?」
僕が優しく問い返すと、彼女は一瞬怯えたように視線を逸らした。
「……わからない。でも、篠宮さんは、あなたを危険な人だと言ってた」
篠宮、ね。
何度も僕を追い詰めようとして、そのたびに躱されて。
今回はどんな手を打ってきたのか。
「瑛人、今夜会えない?」
「……いいよ」
僕は笑顔のまま答えた。
僕が断ると思ったのだろう、美咲の瞳が揺れる。
「……来てくれるの?」
「うん、もちろん」
まるで僕が罠にかかることを期待しているような声だった。
残念ながら、美咲。
僕はね、罠にかかるつもりで、ここに来たんだよ。
・・・
夜、指定された場所。
そこは人の気配のない、静かな倉庫街だった。
美咲の姿はなく、代わりに――篠宮圭吾が待っていた。
「……こんばんは、滝川さん」
懐中時計のチェーンを弄りながら、篠宮が薄く微笑む。
「ずいぶんと手の込んだ誘い方をするんですね」
「あなたが素直に来てくれるとは、正直思っていませんでした」
篠宮の視線の奥には、静かな確信があった。
こいつはもう、僕を”捕まえた”つもりでいる。
「で? 僕を犯人だと思って捕まえに来たんですか?」
篠宮は懐から一枚の書類を取り出した。
それは……警察の捜査資料だ。
「5年前の事故。あなたが”関わっている”証拠です」
僕はカップの底を覗き込むように、書類を見つめた。
「へえ、本当にずっと僕を追いかけてたんですね」
「ええ。あなたがどれだけ上手く逃げようとしても、いつかはこうなる運命なんです。」
「……それはどうかな。」
僕は、篠宮の懐を探るように、一歩前に踏み出す。
「……?」
・・・
「篠宮さんの捏造かもしれない。」
瑛人が静かに呟いた。
篠宮の眉がわずかに動く。
私の手のひらはじんわりと汗ばみ、篠宮さんが持つファイルがやけに重たく感じられる。
瑛人の前に突きつけられた証拠──5年前の事故を裏付ける決定的な資料。
(私が気づかないうちに、仕組まれていたの…?)
瑛人の口元にはかすかな笑みが浮かんでいる。普段の柔らかな微笑みではない、
どこか試すような、…挑発的なものだ。
「篠宮は君を疑ってるんだよ、美咲。」
そう言われると、篠宮さんの視線が妙に刺さるように感じる。
まるで自分が犯人であるかのように、篠宮さんは慎重に私たちを観察していた。
「美咲さん、聞かないで。こいつはあなたを惑わせようとしています。」
篠宮さんの低い声が響く。
・・・
しかし、美咲さんは即座に返した。
「惑わされるわけないでしょ…!」
彼女は私の目を真っ直ぐに見た。その瞳には確かな意志が宿っている。
「証拠はもう見た。それをどう解釈するかは、私が決めるわ。」