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「大丈夫でございますよ。驚かれるのも当然ですわ。私も初めての時は戸惑いましたもの」
「ナディも?」
「ええ、びっくりしますよね。でも心配なさらなくても大丈夫です。私がついておりますから。――でも、これはおめでたいことですよ、お嬢様。本当におめでとうございます! これは〝大人の女性としての第一歩〟です」
ナディエルはふんわりと笑うと、洗い立てのリネンを差し出した。
リリアンナが震える手でそれを受け取るのを確認すると、ナディエルは静かに一礼する。
「お嬢さま、少々お待ちくださいませ。すぐにカモミールとセイジを入れたぬるめのお湯をお運びいたしますね。お身体を温めると少し気持ちが安がられるはずですから」
「こんな朝からいいの?」
「いいに決まってます。今日はお嬢様にとって特別な朝ですもの!」
「ナディ、ありがとう」
「礼には及びませんわ。お嬢様がお湯あみなさっている間に、私、新しいリネン布とお召し替えを準備いたしますね。しばらくの間は……濃いお色のドレスをお選びいたしましょう」
その声には、少女から女性へ歩み出す主を気遣う、静かな温もりがあった。
「ナディがいてくれて本当によかった……」
リリアンナがポツンとつぶやくと、ナディエルが一瞬だけ言葉を探すように唇を閉じた。
それから、少しだけ声音を和らげて告げる。
「――ブリジットさまへのご報告も一緒にしてまいります。よろしいですか?」
リリアンナはその言葉に、ハッと顔を上げた。
貴族令嬢が初潮を迎えたとき、侍女が家政を取り仕切る者――侍女頭へ報告するのは決まりごとだ。
それがやがて執事セドリックへ、そして――最終的には城主であるランディリックの耳にも届く。
もちろん、それが恥ずべきことでないのは知っている。
王都へ正式に届け出がなされれば、いずれ「社交界への招待」、すなわちデビュタントの時期も告げられるだろう。
それは女性としての〝門出〟であり、婚礼適齢期を迎えたと世間に知らしめる誇らしい出来事のはずだ。
――なのに。
どうして、こんなにも胸がざわつくのだろう。
ランディリックに知られると思うと、どこか居たたまれない。
父でも兄でもない人。けれど、誰よりも近くにいて、誰よりも信頼している人。
知られたくないような、知ってほしいような。
そんな相反する思いが、胸の奥でせめぎ合う。
「……ナディ」
「はい、お嬢さま」
「……その、ブリジットには……その……」
言いかけて、言葉が詰まる。
自分でも、何を望んでいるのか分からない。
ナディエルはそんな主の戸惑いを感じ取ったのか、 そっと微笑んで、深く頭を下げた。
「ご安心くださいませ。お嬢さまのことは丁寧にお伝えいたしますわ」
そう言って出ていく背中を、リリアンナは胸の鼓動を抑えながら見送った。
春の陽が、窓越しに白い花を照らしている。
風に乗って漂う甘い香りの中で、リリアンナは静かに――自分がもう〝少女〟ではなくなったことを悟った。