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《 序章 》
展示室に入る前に扉は音もなく閉じた。
振り返っても、もう取っ手は見えなかった。
まるで最初から出入り口なんて存在しなかったみたいに
部屋は白かった。
病院の白でも、美術館の白でもない。
意味を拒む白だった。
中央には、 ガラスケースが五つ。
等間隔に並び、中はすべて空っぽだ。
まだ誰のための場所でもない。
壁には花が描かれている。
色は淡く、線は細い。
名前を知らなければ、ただの模様として見過ごしてしまいそうな花たち。
でも、不思議と目が離れなかった。
そこに意味があると直感だけが告げてくる。
集められた五人は、しばらく言葉を失っていた。
塩﨑太智は、状況を把握しようと視線だけで部屋をなぞる。
山中柔太朗は、この沈黙をどう崩すか一瞬だけ考えて、やめた。
吉田仁人は、何か言おうとしたが、言葉を探すのをやめた。
佐野勇斗は、無意識に一歩前に出て、それから立ち止まった。
曽野舜太は、全員を見て、何も言わなかった。
一つの手紙の他に説明はない。
指示もない。
タイムリミットすら、 提示されない。
ただ、ここにいるという事実だけが確かだった。
最初に気づいたのは「待たれている」という感覚だった。
何かが、
誰かを。
急かされているわけじゃない。
選ばされている感じもしない。
それなのに、空気だけが静かに圧をかけてくる。
ガラスケースの前に、小さな番号が振られている。
①
②
③
④
⑤
順番なのか。
記号なのか。
意味は分からない。
分からないまま、胸の奥が少し冷えた気がした。
ガラスケースに描かれていた花の横には、短い言葉が添えられていた。
【覚悟】
【祝福】
【言葉】
【希望】
【友情】
どれも、生きるための言葉だった。
だからこそ、違和感があった。
ここは、生きる場所ではない。
そんな予感だけが、ここにいる全員はっきりしていた。
誰も「帰ろう」とは言わなかった。
誰も「逃げよう」とも言わなかった。
その必要がないことを、全員が薄々理解していたからだ。
この場所は、選ぶ場所ではない。
引き受ける場所なのだ。
そう気づいた瞬間、五つのガラスケースが初めて空席に見えた。
まだ、名前は入っていない。
まだ、誰も立っていない。
でも、確かに待っている。
意味が
役割が
そして、戻れなくなる選択が。
花は、何も語らない。
ただ、咲いている。
物語は、ここから動き始める。
【 手紙 】
新しいものを求めるには、
何かの犠牲がつきものです。
それが何なのかは問いません。
自然とここに来たあなた達なら、
もう既に知っているはずですから。
コメント
1件
新作!!続きが楽しみです💕