テラーノベル
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「レウそれやっといて、コンちゃんこれお願い。みどりまだ終わんないのー?」
「りょーかいですー、らっだぁの分はやんないからね?」
「は〜い、ついでにこっちもやっとくねー」
「アトチョットデ終ワルカラ待ッテテ」
「おっけー。じゃあ近海さんこれ下に回してくれますか?」
「かしこまりました。あちらも『お客様』の対応終わった頃だと思いますので、しばらく外しますね」
「了解でーす。きょーさんそれ終わったらそこのやつよろしくー」
「ん、分かった」
マフィアの幹部ともなればそれなりの社畜という感覚が染み付いてきたほどには、この生活にも慣れた。
いつもひたすらに書類仕事とたまに来る『お客様』こと警察の対応と鍛錬の繰り返し。
要するに、これまでとほぼ変わらない。
…そんなわけがない。
『きょーさん、そこ左行って地下潜ったらたぶん誰か居るからどうにかして』
「雑やな…w 情報は?」
『勿論搾り取ってー。近くには監視カメラも無いはずだから余裕っしょ』
「了解。奥に金庫も見えるから漁っとくわ」
『ないすぅ』
潜入捜査やらガサ入れなんて殺し屋はしない。
対人するときに反射で殺してしまいそうになるのを抑えながら、黙々と仕事をこなしていく。
「…反逆ねぇ」
無線をひっそりと切って、そう呟く。
らっだぁ達が何を考えてるんだか知らないが、貰った恩は返す主義だ。
…いや、恩とも言い切れないが。
あれだけ殺気丸出しで追いかけられた末に恩を投げつけられても困る。
『きょーさーん?無線切れたけど大丈夫そう?』
「問題ないでー。これから帰るから証拠隠滅よろしく」
『はーい。じゃあ待ってるよー』
一応暗殺系の依頼は何度か遂行したことはあるので、逃亡に関してはある程度できるから問題ない。
ただ、らっだぁ達から頼まれる内容がかなりデカいから逃げるのも一苦労だ。
まあそもそもに、俺は殺人とパルクール以外のことにあまり向いていない。
スラムは生き延びられればいい世界なので、それ以外のことをしようと思ったこともないからだ。
何故、こんな俺を仲間に引き入れようと思ったのだろうか。
「ただいまー」
「おかえりー」
「腹減ったわ、レウさん昼飯余っとらん?」
「あるよー。冷めてると思うから温め直してくるね」
「ありがと。らっだぁ、この後別の任務ある?」
「無いから書類手伝ってぇ…」
「死にかけやんけ」
「ところでさー、きょーさんと手合わせしたいっていう組員がいっぱいいるんだけどどうする?」
「なんで?」
「だってきょーさん有名人じゃーん」
俺はつい最近まで名のある指名手配犯だったらしい。
だからって手合わせしたいという思考になるものだろうか。
「…何人?」
「ざっと200〜300人くらいかなぁ」
「多ない…?」
「まあうちは大所帯だし〜」
「はぁ…わかった。どうせ今暇やし、何人か相手したるで」
「おっけー。じゃあ声かけてくるから中庭の奥で待ってて〜」
「りょうかーい」
ひとと手合わせするということ。
それは俺にとっては、『殺すことなく相手をなぶる』という難題になる。
挑戦される側だから余計そうなるのだが、あいにく殺人依頼に特化した俺は力加減がわからないのだ。
さて、どうしようか。
しばらく待っていると、コンちゃんが組員を引き連れてやってきた。
「きょーさーん、連れてきたよ〜」
「おー…思ったよりいっぱい来たなぁ」
「どうする?ひとりずつタイマンする?」
「埒あかんに決まっとるやん。せやな…この人数捌くならチェイスかなぁ」
「全員できょーさんのこと追いかけんの?」
「そのほうがいっぺんにまとめて相手できて楽やろ」
「確かにー」
どっちにしろ俺の体力が尽きることには変わりない。
せめて楽なほうを選ぶのが、スラムで生きていく術だった。
「んじゃルール説明。俺がこの草原の中を逃げるから、お前らが追いかける。俺のこと逃走不能にできたらお前らの勝ち。らっだぁが俺に書類頼みにくるまで逃げ切ったら俺の勝ち。俺が逃げ始めて10分経ったらお前らは追跡開始。俺もお前らに攻撃できるけど、お互い『戦闘不能』でダウン判定な。それだけ。」
この草原はかつて都市がひとつあったらしい。
人の住める場所などはもう影も形もないものの、高層ビル群の廃墟や電信柱などの残骸はいくつかがそのままの状態で残っているそうだ。
そして背の高い草にあふれて見えなくなっているが、この草原の地盤は何故か驚くほどに凹凸が激しく、ただまっすぐに走るのも難しいとのことだ。
さらに、いたるところに埋没し折り重なっている廃墟や人工物の残骸。
それこそ歩くのも一苦労だろう。
これだけの――好条件が揃えば、スラムでのチェイスと言っても過言ではない。
やはり俺も人間なので、慣れた環境で戦うのがいちばんだ。
「じゃあ始めるよー。きょーさんが走り出したらスタートね…ってもういないじゃん」
『無線繋いでるからええやろ。俺もう手近な廃墟までは来たで』
「はっや。今から10分後にハンターが解放されるからねー」
『ハンターて。コンちゃんはそこおるん?』
「うん見てるよ〜」
『おっけー。なんかあったらよろしく』
「はいはーい」
コンちゃんがいるであろう場所の上空で、紫色の何とも形容しがたいモチーフの小さな花火が上がった。
ぽふんぽふんともう二発上がる。「ここにいるよ」の合図だろう。
ふわっとした口調の奥にいつも少しの殺気を滲ませていて、隙の無さを表している。
それでいてちゃんと優しく、奇妙な冷静さを持っていてらっだぁへのツッコミも抜かりない。
けれど面白さが絶えない人柄は、組員にも定評があるらしく慕われている。
なんだかんだ最初からいちばんフラットに接してくれているのがコンちゃんだ。
草原はおよそ10ヘクタールほどの面積があり、どこまでも進むには十分だ。
適当な廃墟ビルの群れ辺りで隠れて体力を温存しておこう。
どうせ最後には追い回され続けるに決まっている。
『10分経ったよ〜』
「了解。こっちも準備できとるからかかってこいや」
『死なないくらいでよろしくー』
無線を切った瞬間、一秒の間もなく草原の地面から足音が伝わってくる。
何人くらいいただろうか、軽く100人はいた気がする。
あの量を一度には流石にしんどいので、どうにかして数を減らしながら逃げなければならない。
「っしゃ、ゲーム開始や」
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