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藤澤は、ふっと柔らかく口角を上げた。
「元貴くんだよね。よろしくね」
思っていたよりもずっと近くで向けられた笑顔に、元貴は一瞬言葉を失った。
作り物じゃない、でもどこか距離を感じる、静かな優しさ。
「……あ、よろしく」
心臓が無駄に跳ねるのが自分でも分かる。
「藤澤先輩って……大学一年になる予定だったんですよね?」
若井が少し離れた場所から様子をうかがっている。
元貴は視線を戻し、思い切って聞いた。
「まあ、本当はね〜」
藤澤は軽く肩をすくめて、冗談みたいに笑った。
「学校、休む日が多かったから。やり直しだって」
「……笑って言うことなんですか、それ」
思わず本音が出てしまう。
「あはは。言われると思った」
藤澤は目を細めたまま、窓の外に視線を逃がす。
「でも、そういうことにしとかないとさ」
「……?」
「説明、面倒でしょ」
その言い方が、妙に現実的で。
元貴は胸の奥がざわつくのを感じた。
「そうですね……」
それ以上、踏み込んでいいのか分からず、言葉を濁す。
藤澤はそれを察したのか、少しだけ首を振った。
「気、使わなくていいよ。元貴くん」
「……」
「普通にしてくれた方が、助かる」
その“普通”が何を指しているのか、元貴にはまだ分からなかった。
チャイムが鳴り、クラスが再び動き出す。
若井がこちらに近づいてきた。
「話せた?」
「……うん」
元貴は短く答えながら、もう一度だけ「あの人」を見る。
藤澤は机に肘をつき、さっきと同じように窓の外を眺めていた。
笑顔なのに、
どこか置いていかれたみたいな背中。
(この人、ただの留年じゃない)
そう直感してしまった自分に、元貴は少し戸惑いながら、席に戻った。
新学期の教室で、
静かに、でも確かに何かが動き始めていた。