幸福に包まれていた。
愛しい女(ひと)の温もりを手放したくなくて、目を閉じたまま時を過ごした。
俺の腕の中で目覚めた彼女は現実を直視して泣いていた。酔った勢いで体の関係を持ってしまったことを後悔しているのだろう。
「空色、泣くな」
そっと頭を撫でた。思わず空色と言ってしまった。俺もあのステージのことがまだ夢のように感じている証拠や。
「新藤さん……これは、夢じゃないの?」
律が俺を呼ぶ名が『白斗』から新藤へ戻っていた。
「夢にしたいのか?」
そう言うと律が慌てて首を振った。「白斗に逢えて嬉しい」
「俺も、律に逢えて嬉しい」
想いを込めて彼女を見つめた。
肌の温もりと触れ合いが、互いの体温を感じるこの瞬間が、男女の一線を超えたというなによりの証拠。俺が律のすべてを乱した――考えるだけで背筋がぞわぞわして、鳥肌が立った。罪のライブは最高に興奮し、また、あのステージへ昇りたいと願う自分がいた。
「あの……聞いてもいいかな?」
「対価払ってくれるならいいけど?」
「対価って? そんなに持ち合わせはないけど――……っ!!」
続きを遮った。強引に腕を取ってねじ伏せ、舌を彼女の口内へ押し付けた。これは現実ということを知らしめるように。俺と歌ったステージの熱を忘れないように。
「ん、んんっ……っ、は……」
暫く好きに口内を貪ると、唇の端から移した唾液が零れて厭らしく律の白い顎を伝った。
抵抗せずに受け入れてくれたことに満足して唇を離した。「今のキスで、俺と関係をもったこと、思い出した?」
彼女は顔を赤くして少し俯いた。
「対価は律や。お前の質問内容に応じて、答えるたびに報酬をもらう。それでいい?」
「……はい」
「なにが聞きたい?」
まあ、ぜんぶ聞きたいやろうな。
まずは新藤博人がどうして白斗だというところからスタートかな。
「新藤さんが……白斗なの?」
彼女が俺を見つめた。真剣な瞳に俺はすべてを告白するつもりで頷いた。そうだ、と。
「俺がRed BLUEの白斗や」
「――!!」
律が息を呑む。目を開き、口元を押さえて震えている。
「そんな……だって、スタッフって……」
「それはとっさの嘘。正体言うわけにはいかないって思ったから」
「し……信じられない……そんな、まさか……」
「お前のために歌ってやったのに、まだ信じられないのか? 俺は律に会ってすぐにわかったけど」
「そんな……私、ぜんぜんわからなかった。ずっと白斗のこと好きだったのに……ファン失格だね」
「いいや。舞台で喋ったことなかたから。歌わない限り俺だと気づくのは無理やと思う。メイクもしてないし、年も取ったし」
「でも……じゃあ、どうして白斗は私が吉井律だってわかったの? 結婚もして苗字も違うのに」
「初めて会った時に書いてくれた、大栄のアンケート」
「アンケート?」
「そう。お前がくれたファンレターは何回も読み直したし、ずっと同じ空色の封筒と便せんで手紙書いてくれていたから、差出人の字に特徴的な癖があった。それでアンケートの文字を見てすぐにわかった。律がいつも俺にファンレターをくれる空色の便せんの女性だって」
律は再び息を呑んだ。
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