「始めから……あなたは私が熱狂的な白斗のファンだって、知っていたんだね。今までそれを黙ってたのに、どうして今更私を抱いたりしたの? ただの気まぐれ?」
「心外だな。俺は気まぐれで女性を抱いたりしない。お前が好きやから抱いた。ほんとうは俺が白斗だということは黙っておくつもりだったけど、律が『白斗を連れてこい』なんて言って俺を煽るから、正体を明かしてしまったんや。俺もまだ青いな」
自嘲の笑いが出た。後悔はしてないけれど、もう少しスマートに伝えたかった。
「私が好き!? ほんとうに遊びじゃないの!?」
「あのな……考えてみろよ。わざわざ既婚者と遊ぶメリットなんかないだろ。二人でライブしながら乱れ踊るなんて、なかなかできないと思うけど。初めての経験できて最高だと思っているのは俺だけ?」
律の艶やかな桜色の唇を指でなぞった。この唇に何度も触れ、美しい歌声を聴いた。
律とふたりで夢のようなステージで歌ったことは、一生忘れない。
「でもっ……白斗は私のこと、なにも知らないんだよ? 私はただのファンで、面識も無かったのにどうして? 新藤さんとしてはビジネスの関係で担当と顧客の関係だったけれど……最近の話なのに」
「白斗の時から空想の律に恋してたって言ったら、笑う?」
「そんな……身に余る光栄だけど、会ったことも無い私を好きなんて……嘘なのかなって思うよ」
「嘘じゃない。白斗の時は辛いことがたくさんあった。だからお前のファンレターは俺にとって癒しだった。この手紙の送り主を想像して楽しんでいた。吉井律に恋してた」
「――!」
恥ずかしくなったみたいで律は俯いてしまった。
「あ、あの……」律がおずおずと視線を上げ、俺に聞いてきた。「白斗の時、どんなことがあったの? なにが、辛かった?」
「質問多いな。1回ずつ報酬もらうって言ったけれど、時間がないから後でまとめて払ってもらう」彼女の美しい裸体に視線を這わせた。「覚悟しろよ」
俺の言葉に彼女が息を呑んだ。
これからの第二幕を想像したのか、ほんのり頬に赤みが増した。
報酬は律。お前をもらう。
「白斗になってから、プライベートは完全無くなったな。俺は大阪下町の出身で時々関西弁が混じる喋り方になってしまうから、絶対に喋るなって事務所から禁止されてた」
「そんなに厳しかったんだ」
「ああ。キャラ崩壊するからNG出されて、カッコつけて歌だけ歌えって言われてた。俺に人権なんか皆無。強靭な精神がないと病む世界や」
律は瞬きを繰り返している。
「音楽も歌うことも好きで入った世界やのに、しがらみに包まれて自由がなくて辛かった。会話をすることを禁止されていたから、誰とも話せなくて、白斗を演じることに毎日疲弊してた。でも、悪意のない素直なお前がくれる綺麗な手紙が、辛い時の俺をずっと支えて救ってくれた。返事を出したくても住所が書いてなかったから、なにも返すことができなかった。もしもいつか会うことができたら、この気持ちを伝えたいって思ってた」
「白斗……」
「律。ありがとう。ずっと礼を言いたかった」
「そ……そんなお礼なんて……私こそありがとう。ずっとあなたの歌を聴いて、青春時代を過ごしたの。あなたがずっと、私の傍にいてくれた。あなたが私を救ってくれた。私、『白い華』があったから、辛い地獄を生きられた」
律の目から涙が零れ落ちた。
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