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魔王様が消えた。そのニュースが城全体に広まるのはもう少し後のこと。側近兼参謀として魔王城に勤めているリオルは、またかとツノを掻きつつ足早に城内を歩き回っていた。本当に、魔王がジッとして事務作業ができるようになるのは何百年後なのだろうか、と呆れながら歩く。目を離すと、体が鈍るからと国土を一周しようとしたり、手が疲れたからと図書館へ行こうとしたり、本当に本当に困っているのだ。
先程も事務仕事をこなせているか書斎を覗いたらそこには冷たい椅子があった。その瞬間リオルの背筋も寒くなるのだ。今度はどんな面倒ごとを持って帰ってくるのかと今から不安で仕方がなかった。それに今回は以前よりも嫌な予感が強い。予感というのは侮れないものだ。長年付き添った魔王のことについてなら尚更のこと。
前回は猫を拾って帰ってきた。それくらいならとリオルが思ったのも束の間、その猫の毛に潜んでいた新種のダニによって城内は大騒ぎになってしまった。兎に角、一刻も早く魔王を見つけ出してこれからやらかすであろう面倒ごとを辞めさせなければならない、とリオルは気持ちを切り替える。
それに今はもうひとつの事件が併発している。国内に侵入者がいるのだ。時刻は少し前、国境結界の反応が異常な数値を導き出した。あんな数値はありえない。侵入者は只者ではない。というのに、魔王が全く見つからないのだ。流石のリオルも切り替えたはずの苛立ちを隠しきれないまま、向かう先は魔王のプライベートエリアである中庭だ。魔王の許可無く、また勤務時間中は入ってはいけないと言われているが事態が事態だ、やむおえないだろう。始末書を書くのは慣れている。他でもない魔王本人のおかげでな。
手入れの行き届いた中庭を抜け、中心に建つ一軒家の前に立つ。外から見ても明かりはついていなかったが、面倒ごとを隠すためにひっそりと帰って来ている可能性も捨てきれない。最悪の結果を想定しながら、玄関ドアについたインターフォン型水晶を押す。
「魔王様。いらっしゃいますか」
……返事はない。想定内。もう一度声を張り上げる。
「魔王様!いらっしゃるのであれば出てきてください!」
…………またも返事はない。想定内。次で出てこなければこじ開けるつもりだ。それで本当にいなかったら、寝ている者も叩き起こして魔王軍総出で城内をしらみ潰しにするしかない。できれば考えたくない未来だった。
「魔王様!入りますよ!!」
どうせ返事はないのだろうと思ったリオルが、すぐにドアノブに手をかけようとしたところ、内側からドアが開けられた。開けたのは他でもない魔王だった。
「すまんな、リオル。心配をかけた。すぐに仕事に戻ろう」
ここで普通の部下なら「そうですか!よかったです!」などといって踵を返すのだろう。が、残念。生憎目の前にいるのは付き合いの長いリオルだけであった。そのため魔王の不自然さにすぐに気づいたリオルは、半ば強引に家の中へ侵入した。あんなに仕事を放り出す魔王がそう易々と戻ってくるわけがない。案の定、魔王は部屋の中へ入ろうとすると狼狽する。この家に、何かある。そう踏んだリオルは部屋の中を隅々まで見ることにした。ここで問題を見逃したら最悪の結果も現実になってしまう。
「何隠してるんですか?魔王様。また猫でも拾ってきましたか」
「……なわけなかろう」
「嘘ですね」
「……嘘ではない」
「その“間“は嘘ついてる時のですよね」
「いや、本当にだな」
「さっさと白状してください。時間がないんです。国内に侵入者が出ました。只者ではなさそうなので、貴方様にも対処していただかないとこちらが困るのですが……そちらに何かあるんですか?」
「いや、」
魔王の視線が何やら忙しく動いているのにも関わらず、一瞬だけ向こうの部屋へ続くドアを見ていた。本当に隠し事が下手なお方だ、と何度目かわからない呆れが入った。
リオルはすぐさま魔王の横を通り過ぎてその問題の部屋へ入る。そこはベッドがある客間、クローゼットなどに隠された何かがあるのだろう。そう思っていたのだが、開けた瞬間に服を脱ぎかけているマーヤと目が合った。
「ぎゃっ?!」
「はっっ?!」
「ん?」
続けて振り返った勇者とも目が合う。再びリオルは口に出した。
「は??」
自身の後ろにいる魔王を振り返りもう一度言う。
「はぁぁ??」
「いやっ、待てリオル。これにはわけが」
状況を整理するため、一度目を瞑って深呼吸するリオルの奥で、勇者の影に隠れながら、服を着るマーヤがいた。魔王はどう言い訳をしようかと頭を抱えている。着替え終わったマーヤは、見知らぬ来訪者に警戒して、杖を取り戦闘体制に入った。しかしいつもと様子が違う杖に違和感を感じる。いつもより重く、魔力の巡りも感じられない。どこか壊れたのかとショックを受けると、その様子を横目で見ていた勇者がリオルに話しかけた。
「あの、ここって杖の使用制限とか、かかってますか?」
急な質問に回らない頭をフル回転させて答える。
「あ、ああ。かかっている。魔族はもともと杖を使わない者が多いから。……その杖も、今は使えないと思うよ」
「そんな……」
「色々と聞きたいことがあるんだけど、ひとまず場所を変えようか。近くに空いている会議室がある。支度ができたらそこへ行きたいんだが、どうかな?お客さん」
勇者とマーヤは顔を見合わせる。マーヤが頷いたのを見て、勇者が答えた。
「わかりました。少しだけ時間をください。僕も着替えたいので」
「了解した。ではこの魔王とリビングで待っているね。失礼する」
リオルが頭を下げたのを見て、驚くとともにつられて二人もお辞儀をする。リオルが扉の向こうに消えてから、また二人は顔を見合わせた。ひとまず着替えを始める勇者と、部屋にある椅子に腰掛けるマーヤ。
「……ほんとに杖、動かない」
「残念だけど諦めるしかないかもね。……大丈夫。マーヤのことは、僕が守るから」
「……」
私があなたを守りたかった。マーヤは、魔王サイズの大きな椅子に座っているため、床に付かない足を揺らした。いつもならテンションが上がるお気に入りの服も、魔法を取り上げられた今は、自分勝手にキラキラと光っているように見える。
「……よし。終わった。行こうかマーヤ」
「……はい。行きましょう」
反応のない杖を持って、勇者と共にリビングへの扉を開いた。