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ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。ガウェイン辺境伯との交渉を済ませた私はそのまま黄昏の町へ向かいます。南部陣地の跡地は綺麗に片付けられていますね。どうやらマリア達も出立した様子。
二度と会いたくはないと思いつつも、また会うことになるんだろうなぁとぼんやり考えながら、セレスティンの操る馬車に揺られて黄昏の町へと戻りました。
初夏の日和はそれなりに暑く、そろそろ普段使いのワンピースを出すべきかな。
あっ。
「セレスティン、『黄昏商会』の本店へ寄ってください。待たなくて大丈夫です」
「畏まりました、お嬢様」
『黄昏商会』本店は相変わらずピンク一色です。目がチカチカする。ただ目立つのは間違いないので、黄昏にある最大の商会として商業を切り盛りしています。
ついでに『暁』の財務を全てお任せしている場所でもあり、我が『暁』の交渉窓口としての側面もあります。
もちろんその為に必要な資材などは充分に用意していますし、最新の運搬専用の車。トラックでしたか。此方も『ライデン社』から購入した二台を配置しています。馬車より速く、そしてたくさんの荷物を運べるのは魅力的です。
「セレスティン、歩いて帰りますから先に戻ってください。後は政務を」
「畏まりました、お嬢様。お気を付けて」
私は馬車から降りて本店の周りを見渡します。黄昏で一番賑やかな商店街で、道の幅は馬車が三台並んでも余裕があるように広く作り、そして石畳で舗装しています。
コンクリートを更に量産できれば良いのですが、配合が難しく量産が難航しており建材を最優先にしているので、道路の整備にはまだまだ時間がかかります。現状では石畳でも問題はないのですが。
「ん?シャーリィじゃないか。ここに来るなんて珍しいな」
私を出迎えてくれたのは、ユグルドさんでした。マーサさんと同じエルフの男性で、『黄昏商会』の実質的なNo.2です。
「こんにちは、ユグルドさん。ちょっとお尋ねしたいことがありまして。マーサさんはいらっしゃいますか?」
「残念だがマーサは出ていてな。財政建て直しのためにあちこちを飛び回ってる」
苦労を掛けてしまいますね。でも、ユグルドさんも事情には詳しいはず。
「そうでしたか。ではユグルドさん、今お時間頂けますか?」
「シャーリィの頼みとあれば断る理由がないな。さっ、入りなさい」
私はユグルドさんに招かれて、本店二階にある応接室へと向かいました。
店内の壁紙や家具もピンクでしたが、幸い応接室は落ち着きのある内装で安心しました。
「流石に応接室までマーサの趣味を適用するわけにはいかんのでな。本人は不満げだったが」
それでこそマーサさんです。
私達はソファーに向かい合って座り、店員さんが用意してくれた果実ジュースを楽しみます。うん、冷えてて美味しい。
「それで、なにか聞きたいことがあるんだな?答えられることなら幾らでも答えよう」
では遠慮なく。
「『ターラン商会』の今の状況を詳しく聞きたくて」
私の質問に対してユグルドさんは特に表情を変えることなく答えてくれました。
「古巣についてか。シャーリィのことだから、とっくに調べていると思ったが」
「やはり内情を知る人に聞くのが一番ですから」
ラメルさん達に調査を依頼していますが、優先度は低めですからね。
「そうだな、今の『ターラン商会』を率いるのはピーター=ハウと言う男だ。元は帝都支店を任せていた」
ユグルドさん曰く、帝都支店は帝都における販売拠点としてたくさんの仕事を任せる必要から、大きな権限を持つことになると。
いつの間に『ターラン商会』上層部に幅を利かせるようになったのもその為だとか。
「ピーターは野心を抱くような大それた男では無かった。臆病だからな。しかし、数年前。そう、『暁』と取引を初めてから奴は変わった」
「うちとの取引、ですか」
曰く、農園で生産される農作物は帝都の貴族や帝室に大変好評で、帝都での売り上げはこれまでの倍以上にまで跳ね上がったのだとか。
ただ、そうなると妙な動きを見せる人間も出てくるわけで。
「利益を独占したいと考える輩が出てきてもおかしくはない。奴に接触した貴族は、ガズウッド男爵だ」
おっと、ここでその名前を聞くことになるとは思いませんでしたよ。
「それを私達が知ったのは、組織を追われる直前になってからだ。言い訳にしかならないが、マーサも私も当時は多忙を極めていたからな。帝都での情報が不足していたんだ」
気が付けば帝都に運んだ農作物は一旦ガズウッド男爵家が全て買い取り、高値で転売するシステムが出来上がっていたのだとか。
報告書にはしっかり販売実績と利益が記されていて、しかも怪しまれないようにダミーを幾つも用意。
気付くのは難しいでしょう。当時マーサさんは抗争続きの『暁』支援に奔走されていましたからね。
「ガズウッド男爵から得られる報酬を使って、ピーターは他の幹部達を自分の陣営に引き込んでいった。『暁』から得られる利益は、奴を欲に走らせるほどなのさ」
「それはそれは、有り難いことです。それで、彼はマーサさんやユグルドさん達が邪魔になったと」
「ああ、ガズウッド男爵の差し金だろうな。私達を追い出して『ターラン商会』を完全に掌握できれば、更に利益を生み出せると判断したのだろう。私達を追い出しても独自に販路を持たない暁は自分達を頼ると信じていた。が、それを覆したのは君だ、シャーリィ」
確かに私は販売を『ターラン商会』に任せていましたが、完全な身内でない組織に全てを委ねるほど酔狂でもありません。
……まあ、うちに入る利益からどれだけの売り上げが出ているか予測はできました。
マーサさんやユグルドさん達を信頼していましたが、あの利益を見れば誰かが野心を抱くのも無理はありません。
……マーサさん達が欲しいので、そうならないかなって想いも少しだけあったの秘密です。
「あの脱出劇で本来私達は全員始末されていただろう。少なくとも私とマーサは命を落としていた筈だ。だが、君に救われた」
「当然のことをしたまでです。半分の方を救えなかったのは無念ですが」
「君達が居なければ全滅していた。充分さ」
それなら良いのですが。
「それで、皆さんが抜けた『ターラン商会』の現状は?」
「ピーターからすれば、想定外だろうな。引き続き得られる筈の利益が全て無くなったんだから」
愉快そうに笑みを浮かべるユグルドさん。
まあ、ビックリしたでしょうね。引き続き納品をお願いしたいと要望してきた使者を、私が追い払ったんですから。当たり前ですよね、マーサさん達は私の大切なものになったんです。
マーサさん達の命を狙ったんです。『ターラン商会』は私の敵です。敵と取引をする理由もありません。
「マーサは慕われていてな、あの脱出で私達に付き従った職員達は『ターラン商会』でも指折りの優秀な人材だ。大事な商材に優秀な人材。更に優良な販路を失ったんだ。『ターラン商会』は没落の一途だな」
「それで焦って『血塗られた戦旗』と手を組んだんですね」
「そうなるな」
一連の事件の背後にはガズウッド男爵が居たと。依頼の際はそこまで乗り気ではありませんでしたが、俄然やる気が出ました。彼は敵です。潰さないと、私の大切なものを奪いに来る。