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健太はバーベキューセットとツヨシをミエの家に降ろしてから、語学学校のカフェテリアで文庫本を読んでいた。肩を叩かれ見上げると、キヨシの顔があった。健太は読んでいたペーバーバックを閉じた。キヨシはなみなみ水の入ったプラスチックのコップを健太の前に置くと、テーブルの向かいに腰を降ろした。

「健太さん、マレナがいないと自主休講ですか」

健太は本に目を戻した。

「聞きましたよ。この前は一緒にビーチまで行ってきたそうですね」

「それ、誰から聞いた?」

「ミエからです」

健太は読んでいるページに指を挟んで、小説を閉じた。

「なんであの娘が知ってるんだ、って聞きたいんでしょ。きっと、ツヨシさんから聞いたんとちゃいまっか」

健太は指をはずして完全に本を閉じた。

「まあまあ、そんなムキにならなくても」キヨシは手を上下した「ところでそのツヨシさんですけど、日本では映画会社に勤めてたそうですね」

健太はプラスチックのコップをつかんだ。妙に柔らかい。安物に違いない。

「こっちに来たのは、その会社がつぶれちゃったのがきっかけらしいですね」

「それ、聞いてないぞ」手元が狂って、水はコップの輪郭を伝ってこぼれた。

「あの人、自分からは話しませんよ。でも、ミエは知ってましたよ」

健太はテーブルの上の紙ナプキンを数枚、水溜りの上に乗せた。

「こっちに来た当初は、仕事のキャリアを生かせるかもしれないっていう甘い考えもあったようです。お母さん年金暮らしだそうですから、仕送りには頼りたくないでしょうからね」

しかし、ツヨシは仕送りをもらっている。

健太はテーブルの上の紙袋を開け、ラップに包まれたサンドイッチをつまみ出した。

「健太さんも慎ましやかですね。たまにはここで外食したらどうですか」

レジの向こうには「スペシャルランチ チキンコンボ 一ドル七十五セント」という張り紙が見える。カフェテリアの食事は、安くてうまいと評判だ。キヨシの顔を見つめると、「雀の涙ほどの仕送りで暮らしている自分と違って、あなたには仕事があるじゃないか、ならばもう少し思い切って贅沢でもしてみろ」と書いてあるように読めた。

「このセメスターの授業料を払い終わったかと思えば、今度はタイヤがパンクしちゃったんだ」健太はピーナツバターを塗っただけのライ麦パンをかじった。

昨夕、ミエとスーパーに明日の食材を買いに行ったときのことだった。新しいタイヤに取り替えねばと思ってから、三ヶ月も持ったことになる。

ミエの家でパーティが開かれるのは、今回が初めてだ。もともとはミエの母と妹が日本から遊びにくる歓迎企画だったが、ミエの妹の病状が芳しくないということで、訪問は直前で中止になってしまった。パーティも中止になるところだった。しかし、ミエを励ますために続けようと健太は提案した。ツヨシもキヨシも納得してくれた。

「妹さん、様態少しはよくなったかな」

健太は口をもぐもぐさせながら言った。キヨシは何もいわなかった。健太は口の動きを止めた。目で催促すると、キヨシは小さく口を開いた。

「妹さん、もう手術できないそうです。とにかくいい思い出を作ってもらいたかったというのが、姉としてのミエの願いだったようです」キヨシの目元が心なしか光っている。 

健太は溜息をついてから、残ったサンドイッチをラップに包んだ。

「そろそろ授業行かないと」

「そろそろマレナが来る頃なんですね」キヨシはニヤついた顔を向けた。

ハーバー共和国 (Ⅲ)

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