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「九条さん。本当にありがとう……」
涙ながらに俺の手を取ったのは村長だ。その後ろには、老人会の面々と村人たち。
これまでの経緯は、武器屋と防具屋の先代に聞いたらしい。
「いえ……。それよりも村の共同墓地を荒らしてしまった。申し訳ない。ボルグに掛かっていた賞金は村へと寄付しますので、それで修復していただけると……」
「気にするな九条さん。ワシらは自分たちの手で村を守ったのじゃ、それで十分満足しとるよ」
「いいえ。ダメです。しっかり修復させてもらいます」
頑なに譲らない俺に対し、目を丸くする老人会の面々。
別に墓標には特別な感情が籠っているからとか、そういった精神論が理由ではない。
ぶっちゃけてしまえば、口止め料。俺の死霊術のことを黙っていてもらいたいのだ。
ソフィアから、死霊術には使用するだけで罰せられる禁呪に該当するものが数多く含まれていると聞いていた。
今回使った術は、確実にそれに抵触している。そもそもの話、墓荒らしは犯罪なのだ。
「ま……まあ、九条さんがそこまで言うなら……」
俺の必死の形相にただならぬ気配を感じたのか、不服そうにしながらもなんとか首を縦に振ってくれた。
「さてと、そろそろワシ等の命も残り少ない。孫の顔を見たらあの世へと戻ろうとするかの……」
それには何も言えず、皆が顔をしかめていた。
「これこれ。そんな暗い顔をするでないよ。九条さんのおかげでまたこうして会えたのじゃ。こんなサプライズ滅多にないわい」
「お父さぁぁん!」
武器屋の親父が泣きながら自分の父親に抱き着いた。子供というには成長しきってはいるが、その様子はまさに親子だ。
「やめんか。いい歳して皆の前でみっともない……。はあ……。子供はいつまでたっても子供じゃのお」
「急な呼び出しにもかかわらず、ありがとうございました」
「村に危機が迫ったら、またワシ等を呼び出すとええ。九条さんにならいつでも協力するからの」
「はい。その時は是非」
死者たちの代表として交わした握手は、少々冷たかった。
それから一時間後。俺とミアは老人たちと一緒に共同墓地へと向かっていた。魂を天へと帰すためである。
時間ギリギリまで生かすという選択肢もあったのだが、役目は終えたと全員が解放を望んだのだ。
自分の足で墓地へと向かって歩いていく老人たちの後ろには、一人、また一人と参列者が増えていく。その様子はさながらハーメルンの笛吹き男。
墓地に着くと、家族との最後の別れを惜しみながらも、自ら棺桶へと入っていった。
「じゃあ、やってくれ。九条さん」
「はい……」
袈裟ではないので違和感は否めないが、仕方がない。バサリと手術着を翻し、ゴツゴツの地面に正座する。
ゆっくりと目の前で合掌。そのまま目を瞑り、深く頭を下げた。そして読経を始めると、場の空気は一変した。
こちらの世界では馴染みはないであろう葬送の儀式。読み上げる経文も怪しい呪文のように聞こえるかもしれない。その声は途切れることなく、亡き者の魂を彼岸へと導くのだ。
死霊術で強制的に天へと返す方法もあった。しかし、それでは味気ない。礼には礼を尽くすという意味でも、ちゃんと送り帰そうと思い立った。
俺はそれが力のある言葉なのだと知っている。父の背を見て育ってきたのだ。何度となく行われる葬儀で、天へと帰っていく魂を見ていたのだから。
闇夜に浮かぶ共同墓地。線香と焼香の代わりは、燃え盛る篝火の灯りだけ。
その景色に皆が一様に息を呑む。恐らくは誰も見たことがないであろうそれは、独特な雰囲気を漂わせつつも安穏であり厳かであった。
魂が解放されると、作られた肉体は塵と消え、残されたのは白骨化した身体と蒼白の輝きを見せる魂だけ。
その者たちの声は、すでに俺にしか聞こえない。
辺りに漂う無数の魂が俺の周りに輪を作ると、紙風船が夜空へ舞い上がるように、ひとつ、またひとつと天へ昇って逝く。
地に縛られていた重さを脱ぎ捨て、淡く揺らめきながら広がるその景色は、まるで星々が生まれていく瞬間のよう。
「きれい……」
その幻想的な光景に胸を打たれながらも、村人たちは自然と手を合わせていた。
――村を救った英雄たちの旅路が心休まるものでありますように……。
その祈りは声に出されることなく、夜空へ浮かぶ光とともに静かに溶け込み、やがては遠い天へと届いていった。