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あいたぴ♡苺もち
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#日常
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
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ひまわり
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谷崎爽奈
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第295話 死者を戻す
【どこでもない層/深部】
男の身体は、すでに死んでいた。
薄い台の上へ仰向けに寝かされ、胸から腹にかけて複数の固定具が取り付けられている。
傷口は処置されているものの、呼吸はなく、脈もない。
皮膚からは生きた人間特有の温度が失われていた。
その周囲には、いくつもの薄い膜が重ねられている。
ヴァルドが作った境界。
身体から残留情報が漏れないためのものと、これから入れるものを外へ逃がさないためのもの。その二種類が、わずかに異なる光を帯びながら遺体を囲んでいた。
オルガは少し離れた場所で反応を確認している。
白峰律は、台の上の男を黙って見ていた。
そしてカシウスは、その横に置かれた透明な容器へ手を伸ばした。
内部にあるのは、淡い青色の光。
意識コア。
だが遺体の持ち主のものではない。
空間上に、Cが観測結果を表示する。
《被験体A》
《肉体生命反応・なし》
《死亡確認》
《残留人格情報・微弱》
続いて、容器側。
《被験体B》
《意識コア・安定》
《身体・分離済》
《自己認識・維持》
白峰の目が細くなる。
「Bの身体は?」
「保存してある」
カシウスが答えた。
「なら、まだ戻せる」
「必要ならな」
「必要なら?」
白峰がカシウスを見る。
「本人の身体が残っているのに、なぜ死者の身体へ入れる必要があるんです」
「実験だからだ」
「それは答えになっていません」
カシウスは気にした様子もなく、青いコアを見た。
「お前は以前から、死んだ人間を取り戻したかったのだろう」
白峰の表情がわずかに変わる。
「私の話ではありません」
「似たようなものだ」
「違います」
白峰の声は静かだった。
しかし、拒絶だけははっきりしていた。
カシウスはその反応を楽しむでもなく、淡々と続ける。
「なら確かめればいい。何をどこまで戻せば、人間は“同じ人間”になるのかを」
オルガが視線を上げた。
「肉体だけでは足りない」
「当然だ」
「意識コアを入れても、中身はBのまま」
「それも分かっている」
「では、その先?」
カシウスが頷いた。
「Aを入れる」
白峰が眉を寄せた。
「何を?」
「Aという人間を構成していた情報をだ」
◆ ◆ ◆
被験体Aの記録は、すでに集められていた。
生前の医療記録。
音声。
映像。
文章。
通信履歴。
職歴。
家族構成。
友人関係。
好きだった食べ物。
嫌っていたもの。
幼少期の記録。
事故歴。
学習履歴。
さらに。
死亡した肉体と、その周囲にわずかに残った意識反応から拾い上げられた記録断片。
すべてが完全ではない。
だが
カシウスにとって必要なのは、完全な再現ではなかった。
「人間が自分を自分だと判断するのに、何%必要なのか」
彼が言った。
「それを見たい」
白峰は空間上に並ぶ大量の情報を見る。
「人間を数値にするつもりですか」
「すでにしている」
カシウスが返す。
「名前も、記憶も、性格も、反応も。お前たちはずっとそれを記録してきただろう」
白峰は答えなかった。
その言葉だけなら、否定できない。
クロスワールドゲートも。
自分が作った言語も。
名前。
場所。
座標。
記憶。
人間という存在を、情報として扱うことから始まっている。
だが
白峰が見ていたのは、失われた人間へ届くための方法だった。
カシウスが見ているのは
人間を作り直す方法だ。
同じ技術から
まるで逆の方向へ伸びている。
ヴァルドが短く言った。
「身体側、準備できた」
遺体を囲む膜の一部が開く。
カシウスが容器へ触れた。
「始めろ」
Cの声が空間へ響いた。
『被験体B・意識コア移送開始』
青い光が容器から浮かび上がる。
ゆっくりと。
死んだ男の胸元へ近づいていく。
ヴァルドの結界が狭まり、光の逃げ道を一つずつ塞ぐ。
オルガが反応を追う。
「拒絶、まだなし」
『肉体側神経反応・発生』
死んでいるはずの指が
ほんのわずかに動いた。
白峰の視線がそこへ向く。
『意識コア・身体側へ接続』
『脳活動・再開』
『心拍反応――』
一拍。
二拍。
弱い。
だが。
胸が動いた。
男の肺へ空気が入る。
機械によって動かされているのではない。
身体そのものが。もう一度
呼吸を始めている。
オルガが低く言った。
「接続成功」
ヴァルドは結界を維持したまま、男を見ている。
「まだ別人だ」
「分かっている」
カシウスは答えた。
数秒後。
男の目が開いた。
焦点が合わない。
天井を見て。
次に。自分の手を見る。
「……ここ……」
掠れた声。
白峰が一歩前へ出る。
「聞こえますか」
男の目が動いた。
「……誰だ」
その声に怯えが混じる。
「俺の……身体……」
腕を見る。
指を動かす。
そして、自分ではない肌。
自分ではない手。
その事実に気づいた瞬間、呼吸が速くなった。
「違う」
身体を起こそうとする。
固定具が動きを止める。
「違う……これ、俺じゃ……」
「Bの自己認識を確認」
オルガが淡々と言った。
空間表示。
《意識コア・B》
《自己認識・B》
《肉体認識・拒絶》
カシウスは男の顔を見る。
「ここからだ」
◆ ◆ ◆
Cの観測領域に別の情報群が開いた。
被験体A。
死んだ男。
その生涯から集められた大量の記録。
白峰が気づく。
「待ってください」
カシウスは止めない。
「C」
『書換準備』
「やめろ」
白峰の声が強くなる。
男――Bが怯えたように周囲を見る。
「何を……する……?」
カシウスが答える。
「お前に、身体の持ち主を戻す」
「意味が……」
白峰がカシウスへ向き直った。
「本人の同意を取っていない」
「実験に同意した」
「身体を入れ替えるところまでです。その先は聞いていない」
「結果を知る必要はない」
「必要があります」
カシウスが白峰を見る。
「なぜ?」
一瞬。
白峰が黙る。
その問いが
自分自身へ返ってきたように感じたからだ。
知らされない危険。
知らされない結果。
それでも。
本人が「同意した」と言えるのか。
白峰の脳裏に
一人の女性の姿がほんの一瞬だけ浮かんだ。
だが。
今は。
名前までは出さない。
白峰は低く言った。
「知らなければ、選んだことにはならない」
カシウスの目がわずかに細くなった。
「今のお前がそれを言うか」
白峰は答えなかった。
その間に実験は始まった。
『人格情報転写開始』
男が息を呑む。
頭部の周囲。
薄い光が広がる。
最初に入ったのは。
名前。
《A・氏名情報》
男が苦しそうに顔を歪める。
「……ちが……」
続いて。
家族。
幼少期。
学校。
仕事。
友人。
事故。
幸福。
恐怖。
怒り。
大量の情報が
一つずつBのコアへ流れ込む。
「止めろ……」
男が言う。
「俺は……」
言葉が途切れる。
Cが記録する。
《B自己記憶・維持率91%》
《A人格情報・定着率12%》
さらに進む。
《B自己記憶・維持率74%》
《A人格情報・定着率31%》
男が目を閉じる。
「俺は……」
開く。
その表情が少し変わっていた。
「……母さん」
白峰が動きを止める。
カシウスが問う。
「誰だ」
男は苦しそうに額を押さえた。
「母さん……病院……」
それは
Aの記録だった。
Bの母親ではない。
死んだ身体の持ち主。
Aが生きていた頃の記憶。
Cが続ける。
《A記憶反応・表出》
《B記憶反応・混線》
オルガが興味深そうに見る。
「定着している」
白峰は否定する。
「流し込んだ情報を読んでいるだけです」
「違いは?」
カシウスが聞いた。
白峰は答えようとして
止まる。
カシウスは続けた。
「人間の記憶も、脳と意識へ残った情報だろう」
「同じではない」
「何が違う」
「生きて経験したものと、あとから書き込まれたものは違う」
「では、本人が区別できなくなったら?」
白峰は。
答えなかった。
◆ ◆ ◆
転写率が
五十%を越えた。
男の呼吸は少しずつ落ち着いていた。
先ほどまで
「この身体は自分ではない」
と言っていた。
だが今は。
自分の手を見ても
拒絶しない。
カシウスが尋ねた。
「名前は?」
男の口が動く。
一度。
何か違う名前を言いかける。
止まる。
そして。
Aの名前を答えた。
白峰の目が細くなる。
「違う」
男が白峰を見る。
「何が?」
「あなたの名前ではありません」
男は不思議そうな顔をした。
「何を……言ってるんですか」
自分の胸を指す。
「俺は――」
もう一度
Aの名前を言う。
Cの表示。
《肉体識別・A》
《意識コア基底・B》
《表層自己認識・A》
《人格情報A・定着率68%》
《記憶競合・継続》
オルガが言う。
「外から見れば、かなりAに近い」
「外からならな」
白峰が返した。
男へ質問をする。
「子供の頃、一番好きだった場所は?」
男はすぐ答えた。
Aの記録と一致。
「最初の仕事は?」
一致。
「母親の名前は?」
一致。
「最後に食べたものは?」
少し考え。
それも一致。
死んだ本人しか覚えていないような内容まで
残留情報から拾えた部分は答えられる。
白峰はさらに一つ聞いた。
「あなたは今、怖いですか」
男が止まった。
「……何が?」
「ここにいることが」
長い沈黙。
やがて。
男の表情が歪んだ。
「分からない」
その手が震え始める。
「俺は……」
額を押さえる。
「何か……」
別の記憶。
Aではない。
Bの記憶。
知らない部屋。
別の家族。
別の名前。
「誰だ……」
男の声が変わる。
「今の……誰の……」
Cが即座に表示を更新した。
《基底意識B・残存》
《旧自己認識・再浮上》
《人格情報競合》
カシウスは
そこを見ていた。
失敗を見た顔ではない。
むしろ
求めていたものを見つけたようだった。
「残るのか」
オルガが答える。
「完全には消えていない」
「もっと削れるか?」
白峰が振り向く。
「まだやるつもりですか」
「当然だ」
「これ以上やれば、Bという人間が消える」
「だから何だ」
白峰の表情が固まった。
カシウスは
台の上の男を見る。
「Aを戻すために、Bが邪魔なら消せばいい」
◆ ◆ ◆
少し離れた場所。
白色コアが弱く震えた。
ラストはそれに気づき、視線を向ける。
「また嫌がってる」
誰に言うでもなく呟いた。
白い光は一定の間隔ではない。
実験が進むたび
表層情報が上書きされるたび
わずかに揺れる。
Cが反応を拾う。
『白色コア・変動』
カシウスが見る。
「何に反応している」
『因果関係・未確定』
白峰も白いコアを見る。
その光が、なぜかひどく嫌なものに見えた。
拒絶。
恐怖。
あるいは記憶。
何なのかは分からない。
だが白峰は
もう一度、台の上の男を見る。
男は。
Aの顔。
Aの身体。
Aの声。
Aの記憶を持ち。
自分をAだと思い始めている。
それでも内部の一番深い場所では
別の人間がまだ消えずに残っている。
白峰が低く言った。
「これは復活じゃない」
カシウスが振り向く。
「では何だ」
「別人を壊して、死者の形に近づけているだけです」
「形?」
カシウスは静かに聞き返した。
「身体が同じでも駄目。記憶が同じでも駄目。性格が同じでも駄目。本人が自分を本人だと思っても駄目」
一つずつ。
確かめるように。
「なら、何が一致すれば“同じ人間”になる?」
白峰は、今度も答えられなかった。
カシウスはそれ以上追わずCへ指示する。
「今日はここまでだ」
『人格情報転写・停止』
光が弱まる。
男は目を閉じた。
眠ったわけではない。
AとB。
二つの記憶が自分の中で
まだ互いを押しのけようとしている。
オルガが記録をまとめる。
「次は転写率を上げる?」
「いや」
カシウスが答えた。
「先に別の条件を試す」
ヴァルドが見る。
「何を変える」
カシウスは隣の区画へ視線を向けた。
壁の向こう。
そこには、二人の人間が眠っている。
どちらも死んではいない。
Cの表示が新しく開く。
《被験体C・肉体/生存》
《意識コア・保持》
《被験体D・肉体/生存》
《意識コア・保持》
白峰の顔が変わる。
カシウスが言った。
「死体では条件が多すぎる」
そして。
二人分の生命反応を見ながら続けた。
「次は、生きたまま入れ替える」
《実験準備》
《双方意識コア分離》
《交換接続》
新しい文字が。
空間上に並んでいった。
コメント
1件
橘さん、第295話読みました…!😭💦 死者の身体に生きた意識コアを入れても“同じ人間”にはなれない、って白峰が言うシーンがすごく刺さりました。情報だけ並べても、その人自身には戻れないんだなって…。ラストの「生きたまま入れ替える」の実験準備も怖すぎる…! 次の展開が気になりすぎます…✨