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あいたぴ♡苺もち
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#日常
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ひまわり
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谷崎爽奈
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第296話 入れ替えられた二人
【どこでもない層/深部】
二つの台が、並んでいた。
昨日まで死者の身体が置かれていた実験区画とは別の部屋だった。
床には幾重もの術式が刻まれ、その中央に人間一人分の台が二つ、それぞれ薄い境界膜に囲まれている。
横たわっているのは、どちらも生きた人間だった。
一人は男。
一人は女。
年齢も体格も違う。
呼吸はあり、心拍も正常。ただし意識は落とされている。
空間上にCの観測結果が表示された。
《被験体C》
《肉体・生存》
《意識コア・保持》
《身体適合情報・記録済》
その横。
《被験体D》
《肉体・生存》
《意識コア・保持》
《身体適合情報・記録済》
白峰律は二人の間に立ち、表示を見上げた。
「昨日とは条件が違いすぎます」
カシウスが聞く。
「問題か?」
「比較するなら、条件は揃えるべきでしょう。
昨日は死亡した肉体に別人の意識を入れた。
今日は生きた人間同士です」
「だから意味がある」
カシウスは二人を見る。
「昨日は死という余計な要素があった。
肉体がどこまで本人を規定するのか、それだけでは判断できない」
オルガが別の表示を開いた。
「今回は双方の身体機能が正常。コアも損傷なし。
互いを入れ替えた時、身体と意識のどちらが自己認識を支配するかを見られる」
ヴァルドは台の周囲にある境界膜を確認していた。
「抜いた瞬間が一番不安定だ」
「固定できるか?」
カシウスが問う。
「できる」
ヴァルドはそれだけ答え、床の術式へ手を向けた。
淡い光が二つの台を包む。
白峰は被験体を見た。
「二人とも、この内容を知っているんですか」
カシウスは答えない。
「聞いています」
白峰が重ねた。
「意識を身体から分離することだけではない。
別人の身体へ入れることまで説明したんですか」
「実験への参加には同意している」
「それは昨日と同じ答えです」
「必要な答えでもある」
白峰の目が細くなった。
だが、カシウスはすでにCへ指示していた。
「開始しろ」
Cの声が響く。
『双方の意識コア分離を開始』
◆ ◆ ◆
最初に変化したのは男――被験体Cだった。
胸元から、淡い橙色の光が浮かび上がる。
身体は眠ったまま。
続いて女――被験体Dから、淡い紫色の光。
二つの意識コアが、それぞれの肉体から完全に離れる。
その瞬間、心拍が乱れた。
オルガが反応を確認する。
「C側、身体出力低下」
ヴァルドが境界を狭める。
「維持する」
「Dは?」
「安定」
白峰は表示を見る。
身体から意識が抜けても、生きている。
ただ。
人間がそこにいるようには見えなかった。
胸が上下し
心臓も動いている。
それでも、台の上にあるのは、人間の形をした空白の器だった。
Cが新しい表示を開く。
《交換接続準備》
男から抜いた橙色のコアが
女の身体へ。
女から抜いた紫色のコアが
男の身体へ。
ゆっくり移動していく。
白峰が息を詰める。
二つが同時に触れた。
ヴァルドの結界が閉じる。
一瞬、部屋全体の光が揺れた。
『接続開始』
男の身体が大きく痙攣する。
女の身体も指先が震えた。
オルガが言う。
「拒絶反応」
「どちらだ」
「両方」
「続けろ」
白峰がカシウスを見る。
「切るべきです」
「まだ早い」
「身体側が拒絶している」
「それを見る実験だ」
「死ねば観測もできない」
カシウスが一瞬だけ白峰へ視線を向けた。
「そこまでなら止める」
白峰は何も返さなかった。
ヴァルドが低く言う。
「固定、入った」
波形が
少しずつ落ち着いていく。
『被験体C肉体・D意識コア接続』
『被験体D肉体・C意識コア接続』
交換。
完了。
◆ ◆ ◆
最初に目を開けたのは、男の身体だった。
だが。
その中にいるのは。
女――D。
男の目が天井を見た。
何度か瞬きをする。
そして、ゆっくり手を上げた。
太い指。
広い手のひら。
その瞬間。
表情が凍る。
「……何……」
声が低い。
その声を聞いた本人が、一番驚いた。
喉へ手を当てる。
「これ……」
起き上がろうとする。
固定具が身体を止めた。
「待って」
自分自身へ言うように呟く。
「私の声じゃない」
隣。
女の身体も目を開いた。
こちらの中にいるのはC。
視線が定まった直後。
男の意識を持つ女の顔が険しくなる。
「何だ……これ」
自分の腕を見る。
細い。
皮膚も違う。
胸元。
髪。
そして。
向かいにある自分の身体。
そこには、別人が入っている。
「俺の身体……」
Dが入った男の身体が、そちらを見る。
「あなた……」
二人の視線がぶつかった。
理解するまで
数秒かかった。
女の身体の中にいる男が叫んだ。
「戻せ!」
固定具を引く。
「ふざけるな! 戻せ!」
男の身体の中にいる女も震えている。
「私も……戻して……」
Cが記録する。
《被験体C意識・自己認識C》
《身体認識・D》
《不一致認識・明瞭》
《被験体D意識・自己認識D》
《身体認識・C》
《不一致認識・明瞭》
オルガが言った。
「自己認識は完全にコア側」
「今の段階ではな」
カシウスが答える。
男の意識を持った女が、自分の顔へ触れた。
「鏡……」
カシウスが視線を動かす。
壁の一部が透明になる。
反射面。
二人が、自分の姿を見る。
男は女の顔で。
女は男の顔で。
互いに言葉を失った。
Dが入った男の身体が。
目元へ触れる。
「違う……」
声が震える。
「これ、私じゃない……」
カシウスが尋ねた。
「なぜ?」
Dは彼を見る。
「なぜって……」
「身体は今、それだ」
「でも私は私よ」
「何を根拠に?」
Dが答えに詰まる。
「記憶か?」
カシウスが続ける。
「名前か?」
彼女は唇を噛んだ。
「それとも、自分が自分だと思っていることか?」
白峰が遮った。
「そこまでにしてください」
カシウスは視線だけを向ける。
「まだ最初の段階だ」
白峰は
嫌な予感がしていた。
そして。
その予感は当たった。
Cの表示。
《第二段階準備》
《身体所有者人格情報・抽出》
男の身体。
その本来の持ち主Cの情報。
女の身体。
その本来の持ち主Dの情報。
白峰が言う。
「まさか」
「そのまさかだ」
カシウスは二人を見る。
「今度は、身体に合わせる」
◆ ◆ ◆
最初の対象は。
Dの意識が入った男の身体。
つまり
身体はC。
意識はD。
そこへ
C本人の記憶を流し込む。
男として生きてきた記録。
名前。
家族。
仕事。
学校。
恋人。
失敗。
怒り。
恐怖。
Dが首を振る。
「何するの……?」
白峰が一歩前へ出た。
「止めろ」
カシウスは動かない。
「昨日言ったはずです。情報を与えられなければ、選択したことにはならない」
「今日は選択を調べていない」
「だから何です」
「自己を調べている」
Cの声。
『人格情報転写開始』
Dが叫んだ。
「待って!」
光が、男の身体を包む。
最初
Dは拒絶していた。
「違う」
新しい記憶。
知らない家。
「違う……」
知らない父親。
知らない母親。
「私のじゃない」
小学校。
友人。
大学。
仕事。
「やめて……」
映像のように次々と入ってくる。
Cの観測。
《意識コアD》
《人格情報C・定着率9%》
《自己認識D・維持》
さらに。
《定着率21%》
《定着率34%》
Dの声が少しずつ小さくなる。
カシウスが尋ねた。
「名前は?」
「……私は……」
Dは、自分の本当の名前を答えた。
「まだ変わらない」
オルガが言う。
「続けろ」
カシウスが命じる。
白峰が顔を向けた。
「カシウス」
「見ていろ」
定着率。
四十一。
四十八。
五十五。
Dが突然。
涙を流した。
「……父さん」
白峰の表情が変わる。
Dの父親ではない。
Cの父親。
流し込まれた記憶の中で、病院のベッドにいる。
「父さん……あの時……」
男の声で。
男の記憶を語る。
だが、意識の基底は女のまま。
Cの表示。
《意識コア・D》
《身体・C》
《人格情報・C/定着率61%》
《表層自己認識・揺らぎ》
カシウスが聞く。
「お前は誰だ」
Dが答えようとする。
口が開く。
「私は……」
止まる。
もう一度。
「私は……」
そして。
C――身体の持ち主の名前を口にした。
隣の台で
本物のCの意識が入った女の身体が凍りついた。
「……それは俺の名前だ」
Dがそちらを見る。
その顔に混乱が広がる。
「あなた……誰?」
部屋が静かになった。
白峰の顔から血の気が引いた。
オルガだけが表示を見ている。
「表層認識、反転」
Cが更新する。
《意識コア・D》
《肉体・C》
《人格情報・C/定着率67%》
《本人自己認識・C》
しかしその下に。
別の表示が残っていた。
《基底自己反応・D/残存》
カシウスはその一行を見つめた。
「やはり消えないか」
白峰が言う。
「消す必要なんてない」
「ある」
「なぜ」
カシウスは迷いなく答えた。
「完全にCへできるか確かめるためだ」
白峰が男の身体を見る。
そこには。
Cの顔。
Cの身体。
Cの記憶。
Cの名前を持つ存在がいる。
だがその奥にいるのは。
D。
昨日と同じ。
いや、さらに悪い。
昨日は死者を再現するためだった。
今日は、生きている人間を別の誰かへ作り替えている。
白峰が低く言った。
「それが完成しても、Cにはならない」
カシウスが聞く。
「なぜだ」
「Dを消しただけだからです」
「なら、Dが自分をDだと認識できなくなっても?」
「それでもだ」
「周囲の全員がCだと認識しても?」
白峰は黙る。
「Cの記憶を持ち、Cの身体を持ち、Cと同じ判断をし、Cと同じ人間を愛し、Cと同じ過去を自分の過去として語る」
カシウスは
男の身体を指した。
「それでも、お前はDだと言うのか?」
白峰はすぐには答えなかった。
やがて。
「……そうです」
「何を根拠に?」
その問いに白峰の口が止まった。
意識コアか。
最初の記憶か。
生まれた時からの連続性か。
それとも、書き換えられる前に
本人が自分をどう認識していたか。
白峰は答えを持っていなかった。
カシウスは追及せず
今度はもう一方。
女の身体に入ったCを見る。
「次は逆だ」
白峰が振り向く。
「まだやるのか」
「片側だけでは比較にならない」
女の身体へ。
Dの人格情報を中にいるCの意識へ流し込む。
同じ実験。
逆方向。
だが、結果まで同じになる保証はない。
Cが表示する。
《第二被験体・人格転写準備》
《意識コアC》
《肉体D》
《人格情報D》
ヴァルドが境界を確認する。
「固定は保つ」
オルガが新しい記録を開いた。
「同条件で開始」
白峰は二つの台を見た。
人間A。
人間B。
身体を入れ替え。
記憶を入れ替え。
名前まで入れ替える。
では。
最後に残るものは何なのか。
そして。
もしその最後の一つまで
書き換えることができたなら。
人間は
別人になったと言えるのか。
カシウスが静かに言った。
「続けろ」
二つ目の転写が。
始まった。
コメント
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読ませていただきました……ずしりと重くなるお話でしたね。意識と身体、記憶を入れ替えられた二人が、自分が誰かを見失っていく描写が本当に怖くて。特にDが「父さん」とCの記憶を語った瞬間、ぞっとしました。白峰さんの「Dを消しただけ」という言葉が胸に刺さります。アイデンティティって何なんだろうって、読後もずっと考えてしまいました。続きが気になります……!