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「マスタァー! そこのゴブリンを一撃で!!」
「ひぃ、はひっっ」
よほど剣の実力が無いと判断したのか、おれはフィーサによって剣のしごきにあっている。アグエスタの外に出てすぐだったが、少し離れた場所の茂みには興奮状態のルティの姿も見えている。うずうずしてるということは加わりたいんだろうけど、それはさすがに勘弁して欲しいところ。
ルティの天然っぷりは相当なもので、その辺にいる獣に対しても笑顔を振りまいたりする。笑顔はいいとしてもあまりにも無防備すぎだ。アグエスタの領土とはいえ、この辺りはルティの故郷ロキュンテと隣接しているエリア。
道を少しでも外れると一気に魔物が増えると聞いた。だが貴族騎士は魔物を相手にせず、馬車や馬で素通りをすることが多いのだとか。街を出てすぐの所にいるゴブリンは比較的弱く、初心者レベルでも狩れる。
という話を聞いたことで、それを知ったフィーサがおれを呼びつけて今まさに特訓中だ。おれは今までまともに剣を握ったことが無い。そんなおれが雑魚ゴブリンすら苦戦している――それが現実だったりする。
「マスタァ。わらわ、今から重くなるから無理そうなら声をかけて」
「え、重く……? ――ぬおわっ!?」
フィーサは剣の姿のままでおれに剣術指南をしてくれている。彼女は軽量で持ちやすく、初心者でも扱いやすい剣だ。ところが彼女曰く本来は重量クラス。その言葉通り一気に重くされてしまった。
重さに慣れてもらいたい気持ちは分かるけど急激に重くなりすぎだ。
宝剣フィーサは銀に輝くミスリルの剣で実のところあまり重くはない。重くない剣をあえて重くすることで、早く慣れて欲しいという彼女なりの優しさがあるらしい。
「――うぅっ、お、重い……!! ストップ、こ、ここまでで!」
「え~? まだレベル200くらいの重さなのに~? そんなイスティさまは腕力が足りてない!」
「鍛えてないからね」
倉庫の仕事でも腕力は使っていたが、それは全身の動きで何とかなっていた。それだけに剣を持つ為だけの腕力を鍛えるのには中々苦労しそうだ。
「そこの間抜けそうな小娘よりも強くなるにはわらわのレベルを超えないと、めっ! なの!!」
「ルティよりも腕力を、か。体力はついてきてるんだけどな」
「でもでも、わらわはイスティさまだけの剣なの! あの小娘には絶対持たせないもん!!」
おれ専用の宝剣宣言。
レベル900の彼女を軽くこなすことが出来たら――今以上に腕が太くなりそうだな。
「きゃあぁぁぁ~!!」
苦戦しながらフィーサをぶん回していると、ルティの悲鳴が聞こえてくる。あの娘はいつも大げさに騒ぐのであまり驚きは無いが、今回の悲鳴は少し違う気も。
「イスティさま、あれ!」
「……ん? 馬車の集団!? あれが原因か!」
茂みで隠れていたわけでもないルティが謎の男たちに囲まれている。前面の馬車をよく見ると、車輪部分が外れていて身動きが取れていない。
「イスティさま。今こそ実戦なの! 数だけの人間に斬りかかるの!!」
「実戦って……。殺さずにやるからね? ルティを助けてフィーサは黙っておれの――」
「ふーん、だっ! わらわはなんにも助けないもん。重いままで振ってくればいいんだから!」
「え、ちょっと!?」
ルティのこととなると、すぐにつむじを曲げるのはどうしてなんだ?
仕方ない、このまま馬車と男たちの所に割って入るしかないか。
「な、何なんですか!! わたし、ここに座っていただけなんですよ!?」
「座っていただけだぁ?」
「だったら、何で俺らの馬車が大破するってんだ!? おかしいだろうが!」
「ドワーフ崩れがこの辺にまで出張《でば》って来てんじゃねえよ!」
ひどい言いがかりをつけられているようだ。
「そ、そんなの知りませんよ!! わたし、何もしていません! ドワーフでも人間でもあるわたしですから、そんなこと言われたくありません!」
ルティの必死な声と抵抗の訴えが聞こえてくる。数人の男たちは身なりだけ見れば貴族、もしくは他国の冒険者のようだがガラが悪すぎる。そんなことよりも、ルティのことを侮辱しているのが腹立たしい。
「悪ぃな、俺たちゃ人間様……それも、剣闘場で戦える剣士様なんだよ! ドワーフの子供にウロチョロされたら、気が散って仕方ねえ。馬車だってどうしてくれるんだ? あぁ?」
「だから~! 馬車のことなんて知りませんよ! わたしだって剣闘場で戦える方を知っているんですからね!!」
「どこにいやがるんだよ、そんなのはよ?」
相手の声だけ聞けば大したことは無さそう。そんな相手は放っておいて、ルティだけに声をかけることにする。
「ルティシア! こっちだ!!」
「――! か、かしこまりました。ご主人様!」
さすがに外にいる状態で愛称呼びは避けた。それを察したのか、ルティも珍しくおれに敬意呼びをしてくれる。数人の男たちの囲みから素早く離れ、ルティが俺の元に駆けて来る。強さでいえば間違いなくルティの方が強そうだけど頼られたら助けるしかないな。
「アック様、申し訳ありません!!」
「ルティは悪くない。後ろに下がってていい」
「はい!」
重いままの宝剣でどこまでやれるのか。試してみるしか無さそうだ。