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ある日のこと
魔王城の冷たい回廊に、かつてないほど険悪な空気が流れていた。
発端は、大怪我を負って運ばれてきた若い兵士を助けるため
私が自分の限界を超えて「聖女」としての力を使い果たし、その場に倒れ込んでしまったことだった。
意識が戻った私を待っていたのは、心配の言葉ではなく、ディアヴィル様の怒声だった。
「治療をしろとは言ったが、無茶をしろとは言ってない。俺にどれだけ心配をかけたか、分かっているのか!」
執務室に呼び出された私の前で、ディアヴィル様は私を見ようともせず
窓の外を見つめたまま背を向けていた。
その肩は怒りか、あるいは別の感情か、微かに震えているように見えた。
「だ、だって……! 一刻を争う状況だったから…それに、放置すればあのヒトは死んでいました」
「ですから私にできることがあるなら、しなきゃいけないと思ったんです……!」
言い募る私に、彼はさらに声を荒らげた。
「結果、お前が倒れては元も子もないだろう。お前の代わりなんていくらでもいる。だがな、お前を何のために妻にしたと思っている、何のために守っていると……!」
その言葉が、私の胸に鋭いナイフのように突き刺さった。
いつもなら、これが不器用な彼なりの愛情表現なのだと気づけたはずだ。
けれど、魔力を使い果たして心身ともに削れていた今の私には
彼の背中が、そしてその鋭い言葉が、あまりに遠く、冷たく感じられた。
(……ああ、そうか。やっぱり私は、この人にとって「便利だから」ここにいるだけなのか)
視界が急激に滲んでいく。
「……ご、ごめんなさい。…私は……治療をするための人間、ですもんね。その力がなくなったり、私が動けなくなったりしたら、妻として隣に置いておく意味なんて……ないですよね」
「…急に、何を言って……」
ディアヴィル様が驚いたように振り返り、私に手を伸ばそうとする。
けれど、私はその手を初めて拒んで、一歩後ろへ下がった。
「すみません……!私、あなたに守られて、少し浮かれていたのかもしれません。愛されているなんて、とんだ勘違いをして…私みたいな人間……あなたにとっては、使えなくなったら終わり、ということですよね」
「オーロラ、違う! 俺はそんな意味で──」
「失礼しますっ……」
無理に作った笑顔が、零れ落ちる涙でぐしゃぐしゃになる。
私は彼の制止を振り切り、執務室を飛び出した。
背後で私の名を呼ぶ声が聞こえたけれど、立ち止まることはできなかった。
どれくらい走っただろう。
魔王城を飛び出し、夜の帳が下り始めた不気味な森の中を、私はがむしゃらに彷徨っていた。
冷たい風が頬を叩き、茂みが私の腕を傷つける。
けれど、胸の痛みの方がずっと強かった。
(……どうしてこんなに苦しいの)
ふと、背筋に凍りつくような殺気を感じた。
茂みの奥から姿を現したのは、ディアヴィル様の結界を掻いくぐった、野生の凶暴な魔獣だった。
逃げようとしたが、もつれた足が地面の根に取られ、私は無様に転倒してしまった。