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「ベッド、ふっかふかだぁ~」
「んなはしゃぐな。ガキかよ」
ホテルに着き、チェックインを済ませると部屋に入った途端に、神津は嬉しそうに飛び跳ねた。
俺は、スーツを脱ぎハンガーにかけ、荷物を置くと、神津は早速備え付けの冷蔵庫やお風呂など扉という扉を全て開けてまわっていた。
(ったく……子供じゃあるまいし……)
そう思いながらも、はしゃぐ気持ちは分からないでもないと俺は神津を見る。
俺は中高と修学旅行があったが、神津の方はどうだったんだろうかと。同級生と旅行に行くことはあったのだろうかと。俺もホテルに泊まるのは二年ぶりである。それも神津と何て初めてかも知れない。
「なーに? 春ちゃん」
「お前、中学のときって同級生と旅行行ったりしたのか?」
「ううん。全然。そもそも、僕はピアノの演奏会とか、練習とかで断ってたりもしたし……青春って言うの味わえなかったかな」
「そうか」
「あ、でもね。大人になって青春ってもの味わったから、別に悲しくもなんともないよ」
と、神津は笑った。俺はその意味を理解して笑い返してやれば、神津は嬉しそうに笑みをにんまりと俺に向けていた。
よく考えればそうだよな。と聞いてしまったことに後悔しつつ、神津が「春ちゃんはどうだったの?」と聞いてきたため、俺はベッドに腰掛けながら天井を見上げた。
「どうだったか……修学旅行も特別面白かったわけじゃねえし。ああでも、隣の部屋の奴らが枕投げしてて怒られたのは聞いたぜ」
「何それ、面白そう!」
と、神津は目を輝かせた。これは不味いと、俺は距離を取ろうとしたが、立ち上がったと同時に俺の顔面に枕がストレートに飛んできた。柔らかい枕だったが、顔面で受け止めてしまったため、痛い。
神津は、俺の顔を見て大笑いしていた。
こいつ、わざとやりやがったな……
俺は、自分のベッドに置いてあった枕を掴むと腰を低く下げ、思いっきり枕を神津に投げてやった。神津はそれを右へフッと避けて交す。
「春ちゃんの攻撃なんて当たらないよ~」
「この野郎っ!」
そんなことをしていると、時間はあっと言う間に過ぎていった。
ホテルのディナーはコース料理だったため、ゆっくりと食べることが出来た。神津は、食事中も終始ご機嫌で、美味しいね。と何度も口にする。
俺の方は、食べ慣れない洋食ばかりだったが、まあまあだと思った。いや、ただたんに、高級すぎて味が感じられないといった所か。神津は俺よりも早く平らげてしまい、俺が食べるのを待っていた。そういえば、神津の所は金持ちだったなあと今更ながらに思い出した。そりゃ、コース料理も食べ方も全て慣れてるわけだ。俺と違って、元々器用な男だったし。
(食べ方まで様になるとか、俺の恋人どうなってんだよ……)
と、心の中で文句を言いつつ、俺も完食をした。
「春ちゃん、口についてる」
「んな、自分でふくっつうの……やめろ」
「慣れないもんね~こういう所食べに来るの初めてだった?」
「お前は、初めてそうじゃないな」
俺の皮肉など通じていないのか、神津は笑いながらハンカチで俺の口元を擦る。
「でも、春ちゃんとこういう所来るのは初めてだよ?」
と、当たり前のことを言うので俺はため息をついた。
背伸びして高いホテルとって、一番高いコース料理を頼んで。背伸びをいっぱいしたせいで、もう既に疲れている。デートは明日が本番なのに。
そう思いながら、部屋に戻れば、既に暗くなった窓の外から夜景が一望できた。
「凄く、綺麗……春ちゃん、春ちゃん!」
そう言いながら、ベランダに出て俺を呼ぶ神津。
満腹でこっちはねむ言って言うのに、本当に元気だなと呆れつつ俺は手招きしている神津の方へ向かう。外に出れば、オレンジや水色が転々と光り輝く双馬市の夜景が見えた。捌剣市とは違って都会なため、高層ビルやあっちでは見かけないタワーなどが建っている。でもその全てが模型に見えるぐらいのスケール感だ。
神津は、少し身を乗り出して夜景を眺めていた。ほどけかかっている三つ編みが風に揺れている。
俺はその横顔を見ながら、こんな風に神津と一緒にいるんだなと思うと不思議な気持ちになった。
恋人になって、一緒に暮らすようになって。キスもして、体も重ねたけど、デートというデートはこれが初めてで、二人で旅行とか、二年前の俺たちじゃ考えられなかった。それぐらい、あの空白の十年を埋められたんだと実感する。
「恭」
「何? 春ちゃん」
「……いや、何でもない」
そういえば、神津は目をぱちくりとさせ、そして笑った。
何か可笑しかったか? と聞けば、神津は首を横に振ってから俺の手を握る。
そして、俺を見つめてこう言った。まるでプロポーズのように、愛おしげに。
「春ちゃん、これからもずっと一緒にいようね」
「何だよ、改まって。もう、俺は、そういう……つもり、だったんだが……だと思ってたんだが」
「言いたかっただけ、そういう雰囲気だったじゃん」
と、神津が言うと強い風が吹き付けた。風によって三つ編みはほどかれ神津の長い髪は、彼の儚さをよりいっそ引きだたせた。俺は、それに思わず見惚れてしまった。すると、神津はその視線に気づいたのかこちらを見て微笑みかけてきた。
神津の瞳の中に映っている俺はどんな顔をしていただろうか。きっと、間抜け面をしていたに違いない。
そんなことを考えると恥ずかしくなり、顔を逸らせば、逸らさないでと言わんばかりに俺の頬に手を当てる神津。
「何だよ……」
「ねえ、春ちゃん、この後いい?」
神津は俺にそう言葉を投げた。
良いホテルの、良いコース料理を食べて、綺麗な夜景を見て。まあ、そうなるよな、と俺は目を閉じる。雰囲気的には最高だ。
「いいぜ。だが、明日歩けなくなるのはごめんだから、加減はしろよ?」
「春ちゃんの要求とあらば、勿論」
そう言って神津は嬉しそうに笑うものだから、俺もつられて笑ってしまった。そうして、見つめ合って、互いに熱っぽい視線を相手に贈り、俺たちは言葉を交さず唇を重ねた。