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第十六話 名前のない感情
「名前をつけた瞬間、何かが変わってしまう気がした。」
文化祭が終わった。
校内はいつもの静けさを取り戻していた。
廊下の飾りは外され。
教室に残っていた段ボールも片付けられた。
昨日までの賑やかさが嘘みたいだった。
「なんか寂しいね。」
昼休み。
美桜が窓の外を見ながら言う。
「文化祭って終わった後が一番寂しい。」
蓮が頷く。
「分かる。」
湊も同じことを思っていた。
楽しかった時間ほど。
終わった後に、その大切さに気づく。
*
放課後。
湊は写真部の部室にいた。
撮った写真を整理している。
文化祭の日の写真。
たくさんの笑顔。
クラスの写真。
友達の写真。
そして。
紬の写真。
画面に映る一枚。
屋上で笑う紬。
何度見ても、目が離せない。
「……。」
自分でも分かっていた。
最近、紬を撮ることが増えた。
景色より。
風景より。
人を見る時間が増えた。
その中心にいるのは、いつも彼女だった。
*
「神崎くん。」
声に振り返る。
紬が立っていた。
「朝比奈。」
「写真、整理してるの?」
「うん。」
紬が隣に座る。
「見てもいい?」
「もちろん。」
写真を一緒に見る。
文化祭。
夏祭り。
海。
秘密の場所。
春の桜。
「……いっぱいあるね。」
紬が呟く。
「うん。」
「私。」
少し間を置いて。
「こんなに笑ってたんだね。」
湊は画面を見る。
「うん。」
「前より増えたと思う。」
紬は少し笑った。
「神崎くんのおかげかな。」
その言葉に、湊の胸が少し揺れる。
でも。
何も言えなかった。
*
帰り道。
二人で駅まで歩く。
秋の夕暮れ。
空が赤く染まっている。
「ねえ。」
紬が言う。
「神崎くんって、写真撮る時どんなこと考えてる?」
「え?」
「前から気になってた。」
湊は少し考える。
「その人が忘れたくない瞬間かな。」
「忘れたくない?」
「うん。」
「楽しかったことも。」
「悲しかったことも。」
「全部、その人の時間だから。」
紬は静かに聞いていた。
「じゃあ。」
「私の写真も?」
突然の質問。
湊は少し驚く。
「うん。」
「なんで?」
その問いに。
湊はすぐ答えられなかった。
理由は分かっていた。
でも。
言葉にするのが怖かった。
「……大切だから。」
やっと出た言葉。
紬の足が少し止まる。
「大切?」
「うん。」
それ以上は言えなかった。
*
夜。
湊はベッドの上で写真を見る。
「大切」
自分が言った言葉。
その意味を考える。
友達だから?
それだけ?
違う気がする。
でも。
それ以上の名前をつけるのが怖かった。
名前をつけた瞬間。
今の関係が変わってしまう気がした。
*
同じ頃。
紬も自分の部屋で写真を見ていた。
湊が撮った写真。
そこには、笑っている自分がいる。
昔の自分とは違う。
写真を見ることが怖くなくなっている。
その理由は分かっていた。
神崎湊。
彼がいたから。
紬は小さく呟く。
「……ありがとう。」
誰にも届かない声。
でも。
二人の気持ちは少しずつ、
同じ方向へ向かっていた。
📷 Photo.016『名前のない笑顔』
撮影日:11月2日
まだ名前のない気持ち。
でも、
確かにそこに残っていた。
コメント
4件
もしかしたら、 この話を最後まで見た後、 もう一回読み返してみたらわかるかもです🤭 湊もだんだん人間らしくなってきましたもんねー! 戻れなくなってしまうのは嫌だからもどかしくなってしまうんですよねー、、 少しずつ2人の関係も変わっていくかもですね!
「名前をつけた瞬間、何かが変わってしまう」——このフレーズ、すごく響きました。湊の「大切だから」という言葉に、それ以上を言えない怖さと、でも間違いなくそこにある感情が詰まっていて。紬もまた、湊が撮った写真の中で笑う自分に気づいていく。二人が同じ方向を向き始めた余韻が、夕暮れの空みたいに染みました。Photo.016のタイムスタンプ、いい演出ですね。