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昼休みが終わるチャイムが鳴ると、誰かが窓を閉めた。教室の空気が一段、よどんだように感じた。
そして数秒後。
誰ともなく誰かが言った。
「──ねぇ、またやる?」
何の説明も、命令もなかった。
それでも、生徒たちは自然に動いた。
ドアの前に一人、窓際に一人。
逃げ道を塞ぐように配置される。
教卓の前には男子が二人、教室の真ん中には空いたスペース。
そこに──遥が立たされた。
「おい、立てよ。そこ」
「また? 昨日あれだけだったのに?」
「うるせえ。はい、そこ」
腕を引かれる。突き飛ばされる。
教卓と黒板のあいだに押し出される。
誰も止めない。
先生も、まだ来ていない。
「で、今日はなにする? ポーズ?」
「てか、こいつ脱ぐの早いよな。前も一瞬だったじゃん」
「なぁ、ちょっとめくってみてよ。メスいぬだろ?」
笑い声が、教室のあちこちから飛んだ。
最初は男子だけ。
そのうち女子の笑い声も混じってくる。
「えっ、なに、ほんとにやんの?」
「ウケる、まじでAVじゃん」
「こいつ泣くの、地味に好きかも〜」
──見られている。
遥の頭の中で、その感覚だけが膨れ上がっていく。
誰が何をしているのか、もうよくわからなかった。
ただ、誰かの指がシャツの裾をつまんで、背中を撫でるようにめくった。
押し出されて、壁に手をつかされる。
「ほら、鳴けよ。そういう設定だろ」
「昨日の台詞、覚えてる? “やめて”とか、“お願いだから”とか、あれ良かったよ」
教室の空気が湿っていた。
誰も止めない。
誰も、逃げようともしない。
むしろ、見ていた。
見て、笑っていた。
そのときだった。
蓮司が、廊下から姿を現した。
「──おーい、先生来るよ?」
その声に、数人が慌てて離れた。
遥は、くしゃくしゃになった姿勢のまま、壁にもたれかかっていた。
蓮司は、飄々と歩み寄りながら、遥を見下ろすようにしゃがみこんだ。
「大丈夫?」
「……喋れる?」
遥は答えられなかった。
返事をしようとして、息だけが漏れた。
蓮司はその様子を、ひとつ頷くように見てから、立ち上がった。
そして、静かに教室に言った。
「見てない人、いないよね?」
「ね、もし“何か”あっても、ちゃんと“みんな”で証言できるようにしよ?」
「だって、さすがにあれ、俺だけの責任とか……ちょっとね」
蓮司の声には、笑いも怒りもなかった。
ただ、事務的に“共有”を確認するような口ぶりだった。
次の瞬間、チャイムが鳴った。
──授業が始まった。
教科書が開かれ、教師が入ってきた。
だが、遥はまだ立ち上がれなかった。
椅子に座るまでの数分、誰一人、手を貸すことはなかった。