TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

 あれから菊の自宅に招かれた俺は、リビングのソファに腰掛け、涙に濡れた目を拭っていた。近くのキッチンでは、コポコポ……とコーヒーメーカーの沸く音が響いている。


「そろそろ出来そうですね。淹れてきますね」

「…………ああ」

「ミルクは入れますか?」

「…………それで頼むんだぜ。あと無糖で」

「分かりました」


 それから暫くして、テーブルの上には湯気の立つマグカップが二つ。菊はブラックで、俺はカフェオレ。


 早速マグを手に取り、一口啜る。ほろ苦くもまろやかなその味に、少しばかり心が癒える。


「…………」


 ふと、向かいの壁に飾られている、シンプルな額縁に入ったB3サイズのポスターを見る。それはツアーライブ中の俺の顔を、アップで写したものだった。しかも直筆サイン入り。俺がまだ『NAVY SKYネイビー・スカイ』という、アイドルグループの一員だった時のものだ。


 つい最近の最近まで、俺がいたところ。BIGBANGやBTSにはまだまだ及ばずとも、韓国国内は勿論、日本でも人気の上がりつつあったグループ。


 そんなグループのメインボーカルを、俺は務めていたのだ。それにも関わらず…………


「…………菊」

「何ですか?」

「あのポスター、もう飾らなくて良いんだぜ。俺、もうアイドルじゃないからさ……」

「何言ってるんですか。あれ、貴方が『チャギヤ特権なんだぜ〜』って、直接私に送ってくれたものですよ?」

「そうだったか?」

「そうですよ。でも……外しましょうか、今の貴方のためにも」

「…………ミアネヨ」


 菊は壁の方まで行き、あっさりとそのポスター入りの額縁を外した。





 俺は向かいのソファに戻った菊に、こう言った。


「ビザが効いている、当分の間は……此処で過ごすんだぜ。勿論、将来のために日本国籍を取得するという手段も、考えてはいるけれど……まだ、色々と迷ってるからさ」

「私も其処は充分に理解していますよ。戻れるようなら戻りたいんでしょう、韓国には」

「ああ。あんなのでも、俺の祖国だから……」


 そう言った、刹那。止まっていた筈の涙が、再び目からぶわりと溢れ出した。


 悲しかった。ただただ悲しかった。確かに俺はあの国で、何かを盗んだわけでも、詐欺を働いたわけでも、人を殺したわけでもない。それなのに、あの国のみんなは、俺を「極悪人」と呼ぶのだ。


 ほんの些細な、些細なことを……切っ掛けにして。


「…………ヨンスさん」

「菊…………ぐすっ」


 いつの間にか、菊は俺の隣に座っていた。震える俺の体を、温かな腕が包み込む。


「貴方は……貴方は何も、悪くないです。誰のことも傷付けていないのは、私が一番知っていますから」

「ひぐ…………えぐっ」


 俺は咽びながらも腕を伸ばし、幾分か小さいその体を抱き締め返した。

この作品はいかがでしたか?

31

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚