深夜にはなかなか眠れなかったものの、朝はいつも通りの時間に起きることができた。
身体が少し痛いような気もするけど、遅い時間に本を上げ下げしたり、結構動いたりしたせいかな?
そんなことを思いながら少し早めに食堂に行ってみると、クラリスさんがテーブルの準備をしているところだった。
朝の挨拶をした流れで、ついでに鍵のことも聞いてみる。
「……鍵、ですか?」
「うん、書斎で鍵を見つけたの。
このお屋敷の中で、開けられない扉みたいなものは知らない?」
「そういったものは記憶にありませんが、他の者にも聞いて参りましょうか?」
「あんまり急がなくても良いんだけど、それじゃお願いできる?」
「かしこまりました」
ちなみにその鍵は、あまり大きくは無いものの、しっかりとした作りをしている。
さりげなく施された装飾が良いセンスをしているというか、私好みだったりするんだよね。
さすがにこんな鍵を作るからには、それなりの扉を開けることができるはず――
「……あ、そうだ。ピエールさんに何か用事は無い?
呼ぶ用事があるなら、ついでに聞きたいことがあるんだけど」
聞きたいこと……というのは、書斎の本がどこから来たものなのか、このお屋敷の見取り図のようなものは無いのか、この2点だ。
そもそも見取り図があるなら、隠された部屋の場所が分かるかもしれないしね。……あるなら、だけど。
「そうですね……。特に用事はありませんが、来客用の食器などがもう少しあれば……とは思っています。
まだお客様を招くようなことはないようですが、大勢を招くとなったら――」
「あ、そうだ!
近いうちに食事会を開こうと思っていたんだった!」
クラリスさんの言葉を聞いて、唐突に思い出す。
まずいまずい。昨日のことなのに、すっかり忘れてしまっていた。
「食事会、ですか?」
「うん。昇格祝いに錬金術師ギルドの人をご招待するっていう話になったの」
「……なるほど?
ところで、昇格祝いというのは何のことでしょう」
「えっと、私の錬金術師ランクがS-からSに昇格したの。そのお祝いー」
「えぇっ!?
それはおめでとうございます!」
クラリスさんは驚きながらも、嬉しそうに昇格を祝ってくれた。
私は何というか、いまいち自覚が無いんだけどね。
「うん、ありがとう。いや、急に昇格したんで私も驚いたよ」
「それは是非ともお祝いをしませんと!
腕によりを掛けて、準備をいたしますので!」
「よろしくね。
あんまり日にちが離れすぎてもあれだから、えーっと……3日後の夜あたりって大丈夫かな?」
「はい、それだけあれば準備も問題ないかと思います。
ちなみに、どれくらいのお客様をお呼びするのでしょう?」
「んー。今のところ……2人?
ああ、ジェラードさんにも声を掛けるから3人……」
あれ? 案外少ないな……。
そりゃそうか、錬金術師ギルドで初めて出た話だもんね。
「おはようございまーす!」
私とクラリスさんが話していると、エミリアさんが元気に登場してきた。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
「おやや? 何かお話をしていたんですか?」
「錬金術師ギルドで、お食事会をするっていう話になったじゃないですか。
誰を呼ぶのかなー、って」
「ふむふむ、なるほど。
そうですね、ダグラスさんとテレーゼさんと、バーバラさんと、レオノーラ様と――」
「……え?」
「あとは白兎堂のお婆さんと――」
「いやいや!
お婆さんにも確かにお世話にはなりましたけど、人数を無理やり増やそうとしていませんか!?」
「あとは錬金術師ギルドの、食堂のおばちゃん!」
「いやいや! それは嫌ですよ!」
また胸の話をされるもん!
……じゃなくて関係が薄すぎるし、さすがにそこまでは要らないでしょう!
「えぇー……。できるだけ多い方が良いじゃないですかぁ……」
私の却下に、不満を言うエミリアさん。
あんまり関係ない人を呼んでも、居心地が悪いですってば。
「アイナ様。ピエール様をご招待するのはいかがでしょう。
色々とお世話になっておりますし、これからの顔繋ぎもできると思いますので」
「うーん、なるほど……?」
仕事上だけではなく私的なところでも交流を持つと、その後の仕事がやりやすくなったりするもんね。
それはそれで良いのかな? ああ、それなら聞きたいことはそのときに聞けば良いのか。
「顔繋ぎというのであれば、大司祭様もお呼びしましょう!」
「うぉ、急に偉い人が出てきた!?」
「王都が誇る大商人に、ルーンセラフィス教の大司祭様……!
これは、より緊張して臨まなければ……!!」
話の展開に、クラリスさんの手にも力がこもる。
「でも大商人と大司祭様あたりは重鎮同士だから良いんですけど、テレーゼさんなんかは錬金術師ギルドの受付嬢ですからね?
さすがにそこら辺は立場が違うというか、何と言うか……」
元の世界で例えて言えば、会社の社長やら専務たちが参加するパーティに、どこぞの会社の受付嬢を呼ぶようなものでしょう?
絶対に、気まずさが出ると思うんだけどなぁ……。
「いえいえ、大司祭様はお優しい方ですから!」
エミリアさんは負けじとフォローをしてくる。
私も実際に会ったことはあるし、そこは疑ってはいないんだけど――
「……んんー、やっぱり無しで!
ダグラスさんとテレーゼさんと、あとはいつもの顔ぶれにしておきましょう」
「えぇー?」
「そうですか……」
エミリアさんはともかく、クラリスさんまでが残念そうな顔をする。
偉い人がいた方が、もてなし甲斐があるというか……メイド冥利に尽きるのだろうか。
「偉い人を呼ぶのは、またの機会ということで!
……とすると、ピエールさんは別件で呼ばないといけないか。
食器の件はクラリスさんにお願いするから、ピエールさんを呼んでもらえる?」
「かしこまりました。
ピエール様の予定は分かりませんが、ひとまず翌日の午前中ということでもよろしいですか?」
「うん、それでお願い。
ダメそうだったら、できるだけ早めで調整してもらえると助かるな」
「はい、そのようにいたします。
……っと、申し訳ありません。そろそろ朝食の準備に戻ってもよろしいでしょうか」
「ああ、ごめんなさい! 準備の方、よろしくね」
「それでは失礼いたします」
クラリスさんが厨房の方に戻るのを見送ってから、いつもの自分の席に座る。
エミリアさんもそれに続いて席に着いた。
「……そういえばアイナさん、昨晩って何かしてました?
結構遅い時間でしたけど」
「眠れなかったので、夜中にいろいろ書斎でやっていたんですよ。うるさかったですか?」
「いえ、何となく動いている気配を察しただけなので。
……それにしても、書斎で何を?」
「眠くなりそうな本を探していたんです。面白くなさそうな本がたくさんあったので」
「あはは、夜中に何をしてるんですかー♪」
……いや、改めて言われるとそれはそうなんだけど、いわゆる深夜のテンションだったんだよね。
あのときは、あれがベストの行動だと信じて疑わなかったのだ。
「でもおかげで、書斎で謎の鍵を発見したんですよ。
これなんですけど――」
「……ふむ?
これ、どこの鍵なんですか?」
「それが分からないので、メイドさんたちと、このお屋敷を売ってくれたピエールさんに聞いてみようかなって思ったんです。
エミリアさんは、何かご存知ないですか?」
「うーん……無いですね!」
「ですよねー。
このお屋敷のどこかとも限りませんし、もしかしたらどこの鍵でも無いかも?」
「でも、浪漫に溢れていますよね。
扉を開けたら何がそこにあるのか……考えるだけでわくわくします!」
「浪漫……かぁ。
そうですね、開けてみたら何も無いかもしれませんし、がっかりするくらいならこのままが良いかもしれませんね」
「いえ、何としてでも探し出しましょう!」
「えっ」
「きっとその部屋? ……の中には宝箱があって、中にはとても良いものが入っていると思います!」
「箱といえば、この鍵も金属の箱の中に入っていたんですよね……」
「厳重ですね! それならなおさら気になります!」
厳重……。うん、そうなんだよね。
そもそもこの鍵、絶対に使われないようにする感じで封印されていたんだよね。
私はぱぱっと錬金置換で開けちゃったけど、正攻法で開けるなら結構手間が掛かっていたはず。
どこの鍵かは分からないし、もしかすると見ない方が良いものがあるかも……?
……うーん。
そう考えると、少し怖くなってきたなぁ……。
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