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「アイナさん、お願いがあります!」
夕食のとき、エミリアさんから突然言われた。
改まってお願いだなんて、結構珍しいかも?
「えーっと……?
あんまり無茶なことでなければ大丈夫ですけど……」
「ありがとうございます!
アイナさんが錬金術師ギルドに行ってる間に、わたしは大聖堂に行っていたじゃないですか」
「はい」
今日の昼過ぎ、私は錬金術師ギルドに行っていた。
昨日受けた依頼の報告をするのと、食事会の日時をダグラスさんとテレーゼさんに知らせるのが目的だ。
エミリアさんはその間、部屋の掃除をするということで大聖堂に行っていたのだが――
「いつも通り片付けをしていたらですね、レオノーラ様が来てくれたんです」
「それも、いつも通りですね」
「そしたらですね、アイナさんのSランク昇格をご存知だったんですよ!」
え、何でレオノーラさんが?
……とは思ったものの、今回の昇格は王国の方から推薦があったようだし、王族なら知っていてもおかしくは無いかもしれない。
「耳が早いですね?」
「わたしも驚きました!
その話の流れで、一部の人を呼んで食事会をするっていうお話をしたんです」
「はい。
……あ、ダグラスさんとテレーゼさんにはお伝えしてきて、予定は当初の通りで確定しましたよ」
「分かりました!
それでですね、まずはレオノーラ様のお顔を思い浮かべて欲しいのですが」
「うん? えーっと……ツンツンしてて可愛い……。
はい、思い浮かべました」
「そしたらですね、そんなレオノーラ様に、食事会のお話をしてみてください!」
「んんー? そうですね……、
何だかさりげなくキツイ言葉の中に、『行ってあげるわ』的な返事をされました」
「さすがアイナさん! レオノーラ様のことを分かっていますね!」
「あはは、そうですね。
もう何回も会っていますし、キツイところはキツイですけど、私はもう慣れましたし」
見た目の可愛さと、案外とっつきやすいツンデレ感。
好意を持って接していれば、特に難しい性格ということも無いんだよね。
「……というわけで、そういうことで、お願いして良いですか?」
え? どういうこと……?
想像上のレオノーラさんからの返事は前述のところだけど――
……つまり、実際のレオノーラさんにもそう言われたってことかな……?
「エミリアさん、ちょっとまわりくどいですよ……!?」
「ふえぇ……。
いつも通り、強引に決められてしまったので……」
エミリアさんは少ししょんぼりしてしまったが、レオノーラさんだけが増える分には特に問題も無いだろう。
王族とはいえ同世代なら、テレーゼさんは気後れすることなくガンガンいきそうだし。
ダグラスさんはちょっと心配だけど、話に入りづらいようであれば、私がフォローすることにしよう。
「分かりました、特には問題ありませんので招待してください。
えぇっと――」
ふと、後ろに給仕で控えているメイドさんに目を移す。
今いるのはルーシーさんとキャスリーンさんの二人だけだから――
「……クラリスさんには、私から伝えておきますね」
「はい! それでは明日、改めてレオノーラ様にお知らせしてきます!」
「私はピエールさんと会う約束があるので、また別行動になりそうですね。
明後日はジェラードさんが来ますし、そこはご一緒しましょう」
「ぜひぜひ!」
それにしても、食事会にレオノーラさんが追加で参加するだなんて――
……改まってするお願いではない気もしたが、安心したエミリアさんは、食時の手をいつも通りの感じで進めていた。
私は見慣れているものの、やはり良い食べっぷりである。
「そういえばエミリアさん、食事の量はどうします?」
「はっ!?」
テレーゼさんはエミリアさんの食べっぷりを見たことがあるし、ダグラスさんも……苦笑いをするか絶賛するかで流してくれるだろう。
でも、レオノーラさんは怒りそうだよね。
元々は大聖堂の大司祭様あたりから、暴食をするなって言われているわけだし。
「……きっと、美味しいお料理が出てきますよね?」
エミリアさんは、ふるふると震えながら聞いてきた。
「そ、そうですね……。
クラリスさんが『腕によりを掛けて準備する』って言っていましたけど……」
「…………」
「す、少し取っておいてもらいましょうか……」
「……ありがとうございます……」
レオノーラさんが食事会に来ることになって、影響が一番出るのがまさかエミリアさんになろうとは。
これはエミリアさん自身も、きっと驚きの展開だっただろう……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事のあと、食堂に残ってクラリスさんとお話をする。
まずは食事会に1人増えることを伝えた。
「――というわけで、大聖堂の司祭様が1人増えるんだけど大丈夫?」
「はい、問題ありません。エミリアさんのお知り合いの方なんですね?」
「うん、昔からの知り合いみたい。
……あ、そうそう。王族の方だから、覚えておいてね」
「えっ!?」
クラリスさんは驚きの声を上げたが、次の瞬間には嬉しそうな表情に変わっていた。
「ど、どうしたの?」
「いえ! より一層、準備に力を入れなければと思いまして……!!」
ああ、そういう……。
確かに昨日の時点で、大商人のピエールさんや大司祭様を呼びたがっていたもんね。
やっぱり、凄い人や偉い人をもてなしたいという欲求はあるようで……。
「基本的にはお任せするからよろしく。
何か相談ごとがあれば、気軽に言ってくれて良いからね」
「はい、ありがとうございます!」
クラリスさんは自信を持って、胸を張りながらそう言った。
「それじゃ食事会のことはお願いするとして――
……今朝お話した、鍵のことって何か分かった?」
「いえ……。使用人の全員に聞いてみたのですが、特に情報はありませんでした」
「むむー、そっかぁ……」
私は特に探していないけど、お屋敷の中を熟知しているメイドさんと、周辺を熟知している警備メンバーが知らないのであれば、本当に何も無いのだろう。
お屋敷の外の話になってくるのであれば、ピエールさんの伝手を辿るしかないか。
「……ところで、ミュリエルさんの様子はどう?」
先日、思いがけず発覚したミュリエルさんの調理事件。
罰は工房の掃除だけにしておいたけど、あれから会っていないんだよね。
「はい、その節は寛大なご配慮をありがとうございました。
アイナ様とお話をしたあと、私からも少しばかりお話をさせて頂きまして――」
……あ、やっぱりしたんだ?
恐らくは、『お話』という名の『お説教』を……。
「――そのあとは通常業務に戻しました。
厨房での仕事も調理以外は行っていますが、調理器具を渋い表情で見ていたのが少し印象的でしたね」
「あぁー……。練習するならするで問題ないから、変なトラウマにならないと良いんだけど……。
……そうそう、ミュリエルさんってレアスキル持ちなんだけど、知ってた?」
「え? レアスキル、ですか……?」
そういえば以前、クラリスさんにその話をしようとしていたのに、今の今まですっかり忘れてしまっていた。
クラリスさんは知らないようだから、このまま話をしてしまおう。
「そうそう。こんなレアスキルを持っていたんだけど――」
そう言いながら、私は以前鑑定した結果のウィンドウを宙に出した。
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レアスキル:
・工程ランダム補正<調理>:Lv37
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【工程ランダム補正<調理>】
『調理』スキルを使用中、特殊な補正を得る。
レベルが高いほど、より大きな補正を得る。
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「こ、これは……」
「ランダムに補正するっていうから、良くも悪くも補正しちゃうのかな、って。
ミュリエルさんのメシマズって、ここからきてるんじゃないかな……?」
「なるほど……。手順通りにやっても何故か不味くなるので、不思議には思っていたのですが……」
クラリスさんは少し難しい顔をしていた。
いくら教えたところで、こんな問題があるのであれば、今後どうしたら……といった感じだろうか。
「不味いは不味いで、一部に需要があるみたいだったけどね……」
『一部』というのは、警備メンバーのレオボルトさんのことだ。
今のところ、それ以外の需要は見つかっていないけど。
「プライベートならいざ知らず、仕事としては難しいので……。
しかし彼女からは、料理に対する愛情を感じることができますので、私も何かしら考えてみることにします」
クラリスさんは一呼吸置いてから、穏やかにそう言った。
……それにしてもミュリエルさん、上司には恵まれているよね。
私も元の世界で、こんな上司に恵まれてみたかったなぁ。
そんなことを思いながら、私はクラリスさんとの話を終えることにした。