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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第84話:世界中からの相談と、シロの「気まぐれ返答」〜神獣のタイピングと、奇跡の神託〜
限界集落の古民家から発信される『お悩み相談室』は、春の深まりとともに、当初の予想を遥かに超える規模へと膨れ上がっていた。
「……はい、お電話ありがとうございます。お悩み相談窓口の、アキヤです」
俺は居間のローデスクに正座し、黒いヘッドセット越しに流暢なフラットボイスを響かせる。
傍らでは、小春ちゃんが相談内容をメモするためのタブレットを構え、俺の足元ではコン吉とコン次郎が日向ぼっこをしながら丸くなっている。
ここまではいつもの光景だ。
だが、現在のMeTubeライブの画面は、控えめに言って異常事態(バグ)に陥っていた。
『(英語)=主、今日も最高の声だ!』
『(スペイン語)=シロ様はどこ!? 今日も浄化されたい!』
『(アラビア語)=この配信を見るために仕事を休んだぞ!』
『(フランス語)=小春の優しい声が聞きたいわ!』
チャット欄を埋め尽くしているのは、日本語よりも圧倒的に多い多言語の嵐だった。
シロの『ゴロゴロ音』による奇跡のヒーリングと、俺と小春ちゃんの完璧な連携プレイが、Y旧ツイッタラーたちの間で「日本の山奥に存在する、魂の救済窓口(オラクル・ステーション)」として世界的なトレンド入りを果たしてしまったのだ。
MeTubeのリアルタイム自動翻訳機能の進化も相まって、今やこの限界集落には、国境と時差を超えて世界中から深刻な悩みが寄せられていた。
『ピロッ』
システムから、海外からの着信を知らせる電子音が鳴った。
俺は自動翻訳の音声アシストをオンにし、受電ボタンを押す。
「ハロー。こちらはお悩み相談窓口です。どのようなご相談でしょうか?」
『……オォ、繋がった! アキヤ先生ですね! 私はシリコンバレーでITベンチャーのCEOをしている者です!』
電話の向こうから聞こえてきたのは、ひどく焦燥し、追い詰められたような男性の声だった。
『実は今、社運を賭けた100億ドル規模の企業買収(M&A)の最終決断を迫られています。ですが、取締役会は猛反対、株主からも批判の嵐です。もし失敗すれば、私はすべてを失う……。恐ろしくて、夜も眠れません。私は……この買収を進めるべきなのでしょうか?』
俺は、手元に用意していた玄米と大豆パティの乗った皿をそっと横に押しやり、需品科仕込みのロジスティクス的思考をフル回転させた。
「……なるほど。兵站(資金とリソース)の観点から申し上げますと、周囲の補給線の支援が得られない状態での大規模な前線拡大は、自滅を意味します。ここは一度、戦略的撤退を視野に入れ、守りを固めるのが定石かと――」
俺が極めて現実的で保守的な「ストップ」の助言を出そうとした、その時だった。
『ミャウ』
それまで縁側でとろけていたシロが、トコトコと歩いてきて、俺のローデスクの上にヒョイッと飛び乗ったのだ。
「あ、こらシロ。今はシリコンバレーの命運が懸かった大事な仕事中だぞ。キーボードに乗るな」
俺の制止も虚しく、シロはノートパソコンのキーボードの上を、優雅なキャットウォークで横切った。
その純白の肉球が、偶然にも、いくつかのキーを「ターンッ」とリズミカルに叩き抜けた。
画面のチャット入力欄に、シロが踏みつけたアルファベットが入力され、無情にもエンターキーが押される。
『 Y E S 』
その三文字が、配信画面の中央に、デカデカと表示された。
「あっ」
『……OH!!』
電話の向こうのCEOが、息を呑む音が聞こえた。
『YES……! 神獣シロ様からの、YESの神託(オラクル)ですね!! そうか、私には退くという選択肢はなかったんだ! アキヤ先生、シロ様! ありがとうございます! 私は今から買収のサインをしてきます!!』
「い、いやちょっと待ってくれ! 今のはうちの猫がたまたまキーボードを――」
ツーツーツー。
電話は、清々しいほどの勢いで切られてしまった。
「……終わった。俺のせいで、シリコンバレーのIT企業が一つ消滅するかもしれない」
俺が頭を抱えていると、チャット欄がにわかに騒がしくなった。
『おい! 今ネットニュース出たぞ!』
『あのCEOの会社、買収発表した瞬間に株価がストップ高だ!!』
『買収先が極秘に持ってた特許が評価されて、市場が爆沸きしてる!!』
『シロ様の「YES」からわずか5分で、100億ドルが数倍になったぞ!!』
「は……?」
俺と小春ちゃんが絶句する中、今度はロンドンの売れないミュージシャンからチャットで相談が飛び込んできた。
『もう10年も音楽をやっていますが、全く売れません。才能がないのでしょう。今日でギターを叩き割って、夢を諦めようと思います』
あまりにも悲痛なメッセージ。
俺が「まずは玄米を食べて落ち着いてください」とタイピングしようとした瞬間、再びシロがキーボードの上で寝返りを打った。
肉球が、キーを弾く。
『 G O 』
その二文字が、世界中の画面に送信された。
『……GO! 行けってことか!? シロ様が、俺の背中を押してくれている!! わかった、明日路上ライブで最後に作った曲を歌ってくるよ!!』
そして翌日、その路上ライブの様子がたまたま世界的プロデューサーの目に留まり、彼がメジャーデビューの切符を手にするのは、また別のニュースでのことである。
この立て続けの「神獣の奇跡のタイピング」を目の当たりにし、世界中の三百万人のリスナーは完全に狂乱状態へと叩き落とされた。
『うおおおおおおおお!!!!』
『神託だ!! シロ様は未来が見えているんだ!!』
『奇跡のタイピング!! 迷える子羊たちを導く光!!』
『俺もシロ様に進路相談したい!!』
そして、当然のように世界を牛耳るVIPたちも黙っていなかった。
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”Master! Please let Shiro step on the keyboard for my next investment portfolio! I will pay any amount!“(主よ! 私の次の投資ポートフォリオのために、シロにキーボードを踏ませてくれ! いくらでも払う!)』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”The holy oracle! Shiro’s paw is more accurate than any AI!“(神聖なる神託! シロの肉球はどんなAIよりも正確だ!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×10連発)=”Shiro! Type ‘YES’ for my next movie audition!“(シロ! 私の次の映画のオーディションにも『YES』って打って!)』
画面は、神聖なる肉球の神託を求める世界中の人々からの、極彩色のMeTubeギフトの嵐で完全に埋め尽くされた。
「お、お兄さん……! シロちゃん、本当に神様だったんですね……! 肉球で世界中の人の人生を救っちゃいましたよ!!」
小春ちゃんが、シロを拝むようにして両手を合わせている。
だが。
俺はヘッドセットを外し、元・社畜としての『どんな奇跡にも動じない鋼のポーカーフェイス』でカメラに向き直った。
「……世界中の皆さま。感動の神託に沸き立っているところ大変申し訳ありませんが、冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『世界が奇跡を讃えているのに、絶対に認めない男!!』
『主の限界言い訳タイム・奇跡のタイピング編ww』
『さあ、この神がかった確率をどうやって論破する気だww』
俺は、キリッとした真顔で、淀みない口調で言い放った。
「皆さまは『無限の猿定理』をご存知でしょうか。猿がタイプライターをランダムに打ち続ければ、いつかはシェイクスピアの戯曲が完成するという確率論です。今回のシロのタイピングも全く同じです。猫がキーボードの上を歩いた際、偶然にも『Y』『E』『S』というアルファベットの配列を踏み抜く確率は、数学的に決してゼロではありません。彼らの人生が好転したのは彼ら自身の努力の結果であり、文字の入力は単なる『偶発的な物理的キー生成』に過ぎません。ええ、奇跡でも何でもない、ただの確率論ですね」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、手元にあった丸めたチラシで、俺の頭に渾身のツッコミ(ハリセン)を見舞った。
「無限の猿定理で、相談者の悩みがピークに達した完璧なタイミングで『YES』と『GO』を打ち込める猫がどこにいるんですか!! 確率論で片付けられるレベルの偶然じゃないでしょ!! どう見たってシロちゃんが未来を見通して、的確な神託を下したんでしょうが!! 素直に肉球の奇跡を認めなさいよ!!」
『小春ちゃんのキレキレ物理ツッコミ炸裂www』
『無限の猿定理(一発必中)』
『偶発的な物理的キー生成(世界を救う)』
『適応力バグおじさん、ついに確率論と統計学まで完全に歪めるww』
『無限の猿より、一匹の神獣のほうが有能なんだよなぁww』
俺の理不尽極まりない数学的な言い訳と、小春ちゃんの鋭すぎるツッコミに、三百万人の視聴者たちは大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(私のタイピング、完璧だったでしょ?)』
キーボードの横で丸くなったシロが、俺の顔を見てドヤ顔で喉を鳴らす。
その横では、騒ぎなど気にも留めないコン吉とコン次郎が、平和な寝息を立てていた。
「……まぁ、理由はどうあれ。相談者の人生が上手くいったなら、それが一番だ」
俺は苦笑いしながら、シロの純白の頭を撫で、冷めかけた玄米を口に運んだ。
世界中の人間が答えを求めて殺到する、限界集落の小さなお悩み相談室。
そこでは、元社畜のロジカルな戦術分析よりも、一匹の猫の「気まぐれな肉球タイピング」のほうが、なぜか世界を平和に導いてしまうという、最高にバグった優しい奇跡が今日も続いているのだった。
コメント
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みぅです🖤 第84話、めっちゃ好きな回だったよ…! シロの「肉球神託」偶然すぎるのに、なぜか全部当たってて泣ける😂💯 アキヤさんの「確率論で説明しようとする」姿勢と、小春ちゃんのハリセンがもう名コンビすぎて笑った。 世界中の人がシロにすがる気持ち、わかるなあ… 限界集落から世界を救う猫とか、バグってるけど優しすぎる世界観、大好きです。 今日も素敵な物語をありがとう🥀