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第85話:限界集落の相談室。心温まる手紙〜世界を繋ぐ郵便配達と、最高に贅沢な質素な夕食〜
北海道十勝地方の限界集落にも、桜の開花を待つ柔らかい風が吹き始めている。
縁側のガラス戸を開け放ち、春の匂いが満ちる古民家の居間で、俺——アキヤは、いつものようにローデスクの前に座っていた。
「お兄さん! 郵便屋さんが来ましたよ!」
庭でコン吉とコン次郎と遊んでいた小春ちゃんが、小さな段ボール箱を抱えてパタパタと走ってきた。
この過疎化が進んだ限界集落において、配達の車がやってくること自体が珍しいイベントだ。
「俺宛てか? 最近、ネット通販で機材を頼んだ覚えはないんだが……」
小春ちゃんから箱を受け取ると、差出人の欄には、東京の住所と見知らぬ個人の名前が書かれていた。
品名の欄には『焼き菓子』とある。
ジンバルにセットされたスマホの画面では、今日も三百万人のリスナーたちがのんびりと配信を眺めていた。
『主宛てに荷物?』
『ファンからのプレゼントかな?』
『爆発物じゃないだろうなww 需品科のスキルで検品しろww』
『シロ様が箱の匂いをクンクン嗅いでるのかわいい』
俺の膝の上から飛び降りたシロが、箱の周りをぐるぐると回りながら安全確認(?)をしている。
俺はカッターで丁寧にテープを切り、箱を開封した。
中から出てきたのは、丁寧に包装された立派な焼き菓子の詰め合わせと、一枚の便箋だった。
「手紙が入ってるな。ええと……」
俺が便箋を開くと、小春ちゃんが横からひょっこりと顔を出して覗き込んだ。
『アキヤさん、小春ちゃん、そしてシロ様へ。
突然のお手紙と品物、失礼いたします。先日、お悩み相談室でお電話をさせていただいた、都内の会社員です』
「あ……! あの時の!」
小春ちゃんがパッと顔を輝かせた。
それは数日前、ブラック企業で心身をすり減らし、「消えてしまいたい」と泣き崩れていたあの男性からの手紙だった。
『あの夜、アキヤさんの冷静な現状分析と、小春ちゃんの温かい言葉、そして……シロ様の奇跡のようなゴロゴロ音のおかげで、私は深い絶望から抜け出すことができました。
翌日、私は勇気を出して退職届を提出しました。上司は怒鳴り散らしましたが、私の心には不思議と、あの時のシロ様のゴロゴロ音が響いていて、全く怖くありませんでした』
「……よかった。ちゃんと、戦略的撤退を完了できたんだな」
俺はホッと息を吐きながら、手紙の続きを読んだ。
『今は実家に帰り、ゆっくりと心と体の療養をしています。春の風がこんなに心地よいものだったと、何年かぶりに思い出しました。
同封したお菓子は、私の地元の銘菓です。限界集落での生活の、ささやかなお茶請けにしていただければ幸いです。私の命を救っていただき、本当にありがとうございました』
手紙の最後は、力強く、そして穏やかな筆跡で結ばれていた。
「……よかったぁ……本当によかったぁ……っ」
小春ちゃんが両手で顔を覆い、ポロポロと嬉し涙をこぼし始めた。
俺の足元では、コン吉とコン次郎が「どうしたの?」というように、小春ちゃんの足首にすりすりと顔を擦り付けている。
三百万人が見守るチャット欄も、この心温まる手紙の報告に完全に沸き立っていた。
『うわあああん! よかった!! 本当によかったな!!』
『命を救うお悩み相談室……最高すぎるだろ……』
『主の正論と小春ちゃんの優しさ、シロ様の魔法が世界を救ったんだ』
『ネットの繋がりって、こんなに温かいんだな……』
『涙で画面が見えない』
世界中のVIPたちも、限界集落に届いた小さな奇跡に惜しみない賛辞を送る。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”A human soul saved! This is worth more than all the oil in the world!“(一人の人間の魂が救われた! これは世界中の石油よりも価値がある!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”Master Akiya! Your consultation room is the greatest humanitarian organization!“(アキヤ殿! あなたの相談室は最高の非営利人道組織だ!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト×5連発)=”Koharu, don’t cry! I’m crying too!“(小春、泣かないで! 私も泣いちゃってるわ!)』
「……よし。せっかくの贈り物だ。今日の夕食は、みんなでこれを分かち合おう」
俺は立ち上がり、台所へと向かった。
一日に一食しか食べない究極のミニマリストである俺にとって、夕食は最も重要なエネルギー補給(ロジスティクス)の場だ。
俺が用意したのは、いつもの『玄米(げんまい)』と、こんがりと焼き目をつけた『大豆ベースの代替肉パティ』。そして具沢山の味噌汁だ。
山の持ち主になり、MeTubeの口座には一生使い切れないほどの莫大な富があるというのに、俺の食生活はブラック企業を辞めて限界集落に来たあの日から、一切ブレていない。
「お兄さん、本当にそれだけでいいんですか? お金、いっぱいあるのに……」
「これが一番体に馴染むんだ。俺の体は陸上自衛隊需品科時代から、最も効率的な燃費で動くように最適化されている。無駄な贅沢は、かえって補給線の乱れ(胃もたれ)を生むだけだからな」
『主のブレなさ、もはや芸術の域ww』
『玄米と大豆パティへの絶対的な信頼ww』
『億万長者なのに質素すぎるwww そこが好きだけど!!』
『シロ様が歩いただけでその玄米、高級料亭の味に変わってそう』
人間たちはいただいた焼き菓子をデザートに添え、シロとキツネたちには、俺が特別に用意した無添加の高級ペット用トリーツをお皿に盛り付けた。
「それじゃあ……あの男性の新しい門出に。いただきます」
「いただきます!」
『ミャウ!』
『コンッ!』
俺たちは縁側に並んで座り、夕日に染まる十勝の空を眺めながら、静かで質素な夕食を楽しんだ。
香ばしい玄米の噛みごたえと、大豆パティの素朴な旨味が、春の空気と一緒に体に染み渡っていく。
デザートの焼き菓子は、涙が出るほど甘くて、優しい味がした。
「……お兄さん」
焼き菓子を頬張りながら、小春ちゃんがふと、真剣な顔で俺を見た。
「お兄さんがお悩み相談室を始めたの、ただ生活費を稼ぐためだけじゃなかったんですね。こうやって、傷ついた人を助けたかったんですよね」
世界中のリスナーが、画面越しに俺の答えを固唾を飲んで待ち構えている。
だが。
俺は熱いほうじ茶を啜り、元・社畜としての『一切の感情を排したフラットボイス』でカメラに向き直った。
「……小春ちゃん。そして世界中の皆さま。感動的な美談に仕立て上げようとしているところ大変申し訳ありませんが、冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『またしても主の限界言い訳タイムwww』
『さあ、この感動のフィナーレをどうやって論破する気だww』
俺は、キリッとした真顔で、淀みない口調で言い放った。
「俺は決して、純粋な善意や自己犠牲で相談室をやっているわけではありません。現代社会という巨大な供給網(サプライチェーン)において、労働者の精神的崩壊による離脱は、国家全体のロジスティクスを停滞させる重大な損失です。俺は元・需品科として、社会の人的リソースの枯渇を防ぐため、戦術的撤退を促し、労働力の再配置(リコンディショニング)を行っているだけです。ええ、極めてマクロ経済学的な、国益のための合理的な行動に過ぎません」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、空になったお菓子の箱で、俺の肩に渾身のツッコミを見舞った。
「なんで一人の人を助けた心温まる話を、国家のサプライチェーンと人的リソースの話にすり替えるんですか!! お兄さんはただ、あの人が元気になってくれて嬉しいだけでしょうが!! 素直に『よかったな』って笑いなさいよ!!」
『小春ちゃんのキレキレ正論パンチ!!』
『労働力の再配置(お悩み相談)』
『適応力バグおじさん、ついにマクロ経済学と国家戦略まで持ち出すww』
『国益のために働く玄米と大豆パティ好きの男ww』
『言い訳のスケールがデカすぎて今日も最高だわww』
俺の理不尽極まりない戦術的言い訳と、小春ちゃんの鋭すぎるツッコミに、三百万人の視聴者たちは感動の涙を引っ込め、腹がよじれるほどの大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(素直じゃないわね)』
俺の膝の上で丸くなったシロが、俺の顔を見上げて呆れたように喉を鳴らす。
コン吉とコン次郎は、トリーツを食べ終えて満足そうに口の周りをペロペロと舐めていた。
「……まぁ、理由はどうあれ。旨い夕食だったな」
俺は苦笑いしながら、シロの純白の頭を優しく撫でた。
莫大な富を持っていながらも、限界集落に留まり、玄米と大豆パティを食べながら、顔も知らない誰かの声に耳を傾ける日々。
一通の手紙が運んできた小さな奇跡は、春の夜の心地よい風に乗って、世界で一番バグっていて、世界で一番温かい俺たちのスローライフを、より一層優しく彩ってくれるのだった。
ゆうき あきや
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#心理描写重視
コメント
1件
ああ〜、もう最高だったよ…!😭💕 前に電話相談してきた会社員の方が、ちゃんと退職して実家で療養してるって報告してくれて、しかもお菓子まで送ってくれてるの、マジで心臓がぎゅってなった…!! 小春ちゃんが嬉し泣きしてるシーンでもう完全にもらい泣きしたし、シロ様のゴロゴロ音が彼の心を救ったって部分、あの回を読んだ身としては「伏線回収きた…!」ってなったよ🥺✨ でも最後のアキヤの「国家の人的リソースの枯渇を防ぐため」理論には爆笑したわwww 小春ちゃんのツッコミ、今回もキレキレで最高だった!笑いと感動のバランスが天才すぎるよゆうきさん!!🌸