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第8話:ナナと詩
昼下がりの校庭裏。空気清浄ドローンの往復音が遠くで鳴る。
その下、使われていない備品倉庫の影で、ミナトとナナは並んで座っていた。
コンクリートの地面はほんのり温かく、風だけが小さな音を連れていた。
ナナは制服の上に、紺のフード付きパーカーを羽織っている。
髪は肩で結ばれ、前髪の隙間から見える瞳は、ほんの少しだけ赤みを帯びていた。
その目元には、**“泣いたあとの名残”**があった。
「ごめん。昨日、あの詩読んだとき……泣いちゃった」
ミナトは何も言えず、ただ息を止めた。
「たぶんね、あれ読んで思い出しちゃったの。
昔、ちゃんと“感じること”ができてた頃のこと」
ナナの声は淡々としていたけれど、その奥には深く沈んだ何かがあった。
「小さい頃ね、夜になると、“風の声”を録音してたの」
「意味はなかったけど、ただ聞いてると、自分が生きてるって感じた」
「でも、AIに“睡眠効率が下がる”って言われて、録音機、取り上げられた」
彼女は膝を抱えながら続ける。
「いつからだろう、“感じること”が間違いみたいに思えてきて。
何かにワクワクしても、“それは生産性に直結しますか”って言われると、
……何も言えなくなっちゃうんだよね」
ミナトは、ポケットから折りたたんだ紙を出してそっと手渡した。
そこには、最近書いた短い詩が記されていた。
> 「言葉は、
> 誰にも許されなくても、
> 生まれてしまう。」
ナナはゆっくりと読み、口元に小さな笑みを浮かべた。
「……やっぱり、生きてる。あなたの詩。
体温がある。あったかいっていうより、火がついてるって感じ」
ミナトははじめて、自分の書いたものが**“誰かの記憶と感情に火を灯した”**ことを知った。
それは、点数でもランキングでもなく、
この社会では何の意味もない**“確かさ”**だった。
そのとき、スマートガラスに設置された校内AIが一斉に点滅し始めた。
「校内監視強化週間」だ。全行動が記録され、スコア評価が即時反映される。
ナナは立ち上がった。
「……今日はもう、詩持ってないほうがいいよ。
でも、また書いて。私、ちゃんと読むから」
ミナトはうなずいた。
そして、ナナが歩き去ったあと、彼の胸ポケットにある小さな紙を見つめた。
誰にも見せない一篇を、そっと読み上げる。
> 「音のない世界で、
> たったひとつの音を
> 君が覚えていてくれるなら、
> それでいい。」