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「今月5日に起こった吾妻財閥副会長、吾妻勇太氏の死が物議を醸しています。静岡県に建設中の総合商業施設を視察したあと行方不明となり、遺体で発見された事故ですが――」
「現在論点となっているのは、吾妻氏が当日視察した商業施設と、亡くなったとされる断崖絶壁が約10キロも離れていることです。
秘書の榊原氏によると、吾妻氏は普段から海を楽しむような人物ではなく、精神的に不安定であったり、健康上の不安を抱えていたりした事実もないといいます。
ではなぜ吾妻氏は、予定にもない海岸沿いの絶壁を訪れ、そこで亡くなったのでしょうか。常識的に考えて、疑問が残るのは当然でしょう」
「警察は『事件性なし』と発表していますが、納得しがたい点が多いですね。たとえば気分転換だったにせよ、車もなく10キロ離れた断崖絶壁まで向かうでしょうか。転落した時刻は夜と推測され、現場には街灯もありません。
こうした不可解な状況を、あえて本人が作り出したとは到底考えられません」
「事件当日、吾妻氏を案内した商業施設の社員によると、視察は滞りなく進み、吾妻氏の言動にも不審な点は見られなかったとのことです。
仮に自殺でないとするなら、吾妻氏は何者かによって殺害され、断崖絶壁から遺棄されたと考えるべきでしょう」
「現警察庁長官である菊田盛一郎氏は、就任早々厳しい立場に立たされましたね。
いきなり非難を浴びるのは不運な側面もありますが、ここはむしろ長官としての力量が試される時ではないでしょうか。警察はすぐにでも捜査を再開させるべきでしょう」
「なぜ国内有数の財閥の御曹司が命を落とさなければならなかったのか。真実が明らかになるのを待ちましょう……。
では次のニュースです。近頃、静岡県一帯を恐怖に陥れている少女誘拐事件について――」
*
自宅のリビングルームで、ふたりの勇信がニュースを見終えた。
兄のニュースを見るのは何よりもつらい。それでも、世論がようやく疑問を抱きはじめたことに、わずかな安堵を覚えた。
兄を思うと胸が苦しくなり、勇信は逃げるようにウイスキーを口へ運んだ。
重厚な香りをもつ高級ウイスキーだったが、アルコールがふたりの心を明るくすることはなかった。
テレビの電源を切ると、世界から音が消えたように静まり返った。
コツン、とふたり同時にウイスキーグラスをテーブルへ置いた。
勇信の脳裏には、幾度となく兄の死が浮かんでいた。
まだこの世に知られていない海洋生物たちが、兄の死体を散り散りに引き裂いている。
助けてくれ!!
海の底へ引きずり込まれた兄が叫んでいる。
しかしその声は、海の上には届かない。
「まずは何をすべきか決めないと、だな」
「まずは何をすべきか決めないと、だな」
ふたりのつぶやきが、完全に重なった。
同時に2本の手が挙がる。
「ルールにのっとって、俺から先に話す」
「いちいち宣言するな」
ジョーが面倒くさそうに言った。
「認めたくはないが、俺とおまえは同一人物だ。異論はあるか?」
「ない。俺もおまえも、紛れもなく吾妻勇信だ。ただし厳密に言うなら、完全に同じではない」
「どういう意味だ」
「以前とは何かが違う。ふたりに増えた瞬間から、少なくとも俺は変わってしまった」
「具体的に話せ。何がどう違う」
「魚井秘書が言ったことを覚えてるか。トレーナーさんて、常務よりもいい体をしていますね、ってやつだ」
「ああ、あのうっとうしい発言か」
「信じられないことに、魚井秘書の言ったことは正しい」
ジョーはウイスキーを口にして、バーチェアから立ち上がった。
羽織っていた白いローブを脱ぎ、さらにTシャツも脱いだ。
「なぜ脱ぐ?」
「おまえも服を脱いで立ち上がってみろ」
ソファに座る勇信が立ち上がり、Tシャツを脱いで隣に並んだ。
大きな壁ガラスに、ふたりの肉体が映る。
「こうして見ると、本当に俺がふたりいるな……」
「いや、よく見ろ。魚井秘書が言ったように、俺のほうが少しばかりいい体をしていると思わないか? まるでパンプアップでもしたように。
本当に小さな違いではあるが、おまえよりも筋肉が少し膨らんでいるように見えるんだが……」
勇信はガラスから目を離し、隣に立つジョーをまじまじと見つめた。
たしかに、何枚か皮膚を付け足したように、ジョーの体がわずかに大きく見える。
「魚井秘書は一瞬でこの差に気づいたのか?」
「偶然だろう。だがその言葉を真に受けて比較したところ、やはり俺の体のほうがおまえより大きくて美しい」
「美しい? 余計な言葉を足すな」
「細かいことはいい。俺の話の核心に目を向けろ」
「核心はおまえが知ってることであって、俺にわかるはずないだろ」
「ああ、そうだったな……。少しこんがらがってしまった」
ジョーはそう言って、もう一度ふたりの体を見比べた。
「もしかすると……俺は『専門的な吾妻勇信』ではないかと推測している」
「――専門的な吾妻勇信」
「そう、専門的。あるいは、特化した吾妻勇信だ」
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