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「今月5日に起こった吾妻財閥副会長、吾妻雄太氏の死が物議を醸しています。

静岡県に建設中の総合商業施設への視察に訪れたあとに行方不明となり、遺体で発見された事故ですが――」


「現在論点となっているのは、吾妻氏が当日視察を行った商業施設と、彼が亡くなったとされる断崖絶壁とが約10キロも離れていることです。

秘書の榊原氏によると、吾妻氏は普段から海を楽しむことなどなく、また精神的に不安定であったり健康上の不安もなかったといいます。ではなぜ吾妻氏は予定にもない海岸沿いの絶壁を訪れ、そこで亡くなったのでしょうか。常識的に考えて疑問が残るのは当然でしょう」


「警察は『事件性なし』と発表していますが、どうにも納得できない部分が多いですね。

たとえば気分転換であったにせよ、車もなく10キロも離れた断崖絶壁を訪れるでしょうか? 転落した時刻は夜と推測され、現場には街灯もありません。こうした不可解な状況をあえて本人が作り出すとは到底考えられません」


「事件当日、吾妻氏を案内した商業施設の社員によると、視察は滞りなく進み、吾妻氏の言動にも不審な点は見られなかったとのことです。

仮に自殺でないとするなら、吾妻氏は誰かによって殺害され、断崖絶壁から遺棄されたと考えるべきでしょう」


「現警察庁長官である菊田誠一郎氏は、長官の就任早々厳しい立場に立たされましたね。

就任していきなり非難を浴びるのは不運な側面もありますが、ここはむしろ長官としての力量が試される時ではないでしょうか。警察はすぐにでも捜査を再開させるべきでしょう」


「なぜ国内有数の財閥の御曹司が命を落とさなければならなかったのか。真実が明らかになるのを待ちましょう……。

では次のニュースです。近頃静岡県一帯を恐怖に陥れている少女誘拐事件について――」



自宅のリビングルームで、ふたりの吾妻勇信がニュースを見終えた。

兄のニュースを見るのは何よりもつらかったが、世論がようやく勇信と同じ疑問を抱きはじめたことに、多少の安堵を覚えた。


兄を思うと心が苦しくなり、思わずウィスキーを口に運んだ。

重厚な香りをもつ高級ウイスキーだったが、アルコールがふたりの心を明るくすることはない。


テレビの電源を切ると、世界から音が消えたように静かになった。

コツン、とふたり同時にウィスキーグラスをテーブルに置いた。


勇信の脳裏には、幾度となく兄の死体が浮かんでいた。

まだこの世に知られていない海洋生物たちが、兄の死体を散り散りに引き裂いている。海の底へと引きずり込まれた兄が「助けてくれ」と叫んでいる。しかしその声は海上には届かない。


「まずは何をすべきか決めないとな」

「まずは何をすべきか決めないとな」


兄の凄惨な光景を忘れようと、ふたり同時につぶやいた。

言葉が重なると、二本の腕が天井に向けて伸びた。

挙手ですら同じタイミングであることに、ふたりの勇信は呆れかえった。


「ルールにのっとって、俺から先に話す」


「いちいち宣言とかいらないから」

ジョーが面倒くさそうに言った。


「認めたくはないが、俺とおまえは同一人物だ。異論はあるか?」


「ない。俺もおまえも紛れもなく吾妻勇信だ。ただし厳密に言うなら、完全に同じではない」


「どういう意味だ」


「以前とは何かが違う。ふたりに増えた瞬間から、少なくとも俺は変わってしまった」


「具体的に話してくれ。何がどう違う」


「玲奈が言ったことを覚えてるか。トレーナーさんて常務よりもいい体をしていますねってやつだ」


「ああ、あのうっとうしい発言か」


「信じられないことに、玲奈の言ったことは正しい」


ジョーはウィスキーを口にしてバーチェアから立ちあがった。

それから羽織った白いローブを脱ぎ、さらにTシャツも脱いだ。


「なぜ脱ぐ?」


「おまえも服を脱いで立ち上がってみろ」


ソファーに座る勇信が立ち上がり、Tシャツを脱いで並んで立った。

大きな壁ガラスにふたりの肉体が映った。


「こうして見ると、本当に俺がふたりいるな……」


「いや、よく見てみるんだ。魚井玲奈が言ったように、俺のほうが少しばかりいい体をしていると思わないか。

まるでパンプアップでもしたように。本当に小さな違いではあるが、おまえよりも筋肉が少し膨らんでいるように見えるんだが」


勇信は鏡から目を離し、隣に立つジョーをまじまじと見つめた。

たしかに皮膚を何枚か付け足したように、ジョーの体がやや大きく思えた。


「玲奈は一瞬でこの差に気づいたのか?」


「偶然だろう。だが玲奈の言葉を間に受けて比較したところ、やはり俺の体のほうがおまえよりも大きくて美しい」


「美しい? 余計な言葉を付け足すな」


「細かいことはいいから、俺の言った話の核心に目を向けろ」


「核心はおまえが知ってることであって、俺にわかるはずないだろ」


「ああ、そうだったな……。少しこんがらがってしまった」

ジョーはそう言ってからもう一度、ふたりの体を見比べた。

「一言で表すなら……俺は『専門的な吾妻勇信』ではないかと推測される。たぶんな」


「――専門的な吾妻勇信」


「そう、専門的。あるいは特化した吾妻勇信だ」

俺は一億人 ~増え続ける財閥息子~

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