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「何だ?」
詩歌と話をしていて郁斗の表情がいくらか和らいでいたのに、電話に出た瞬間から一気に表情が険しくなる。
そして、
「……あのな、何でテメェらはそんな簡単な事も満足に出来ねぇんだよ? それは俺がいちいち出ていく案件か? ちっとはテメェらで考えて行動しろ」
相手からの内容に納得がいかないのか、多少声のボリュームを抑えてはいるものの、店内では郁斗の声が目立っている。
それを心配そうに見つめる詩歌に気付いた郁斗は、
「――分かった。これからそっちに向かうから待っとけ」
それだけ言って電話を切った。
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ。ただ悪いがこれから行く所が出来た。帰りも遅くなると思う。仕事が終わったら太陽に送らせるから、家に着いたら勝手に寝てて構わない」
「分かりました」
本当は詩歌との時間をもう少し楽しみたかった郁斗は重い腰をあげるとボーイを呼んで会計を済ませ、太陽に一言二言話すと早々に店を出て行ってしまう。
そんな彼の姿を、詩歌は少し淋しそうな表情を浮かべて静かに見送った。
郁斗が出て行ってから暫く、詩歌はキャストからヘルプで呼ばれるようになった。
それというのも、郁斗との接客を目の当たりにして、あんなに冷たい郁斗を相手にもめげず、一生懸命接客をしていた詩歌の頑張りが評価されたからだ。
そして、それぞれの席にヘルプとして着き、連れの客から気に入られた詩歌は大和の時同様次は指名してくれるという約束を数件取りつける事が出来たようで、彼女のキャバクラデビューはなかなかの好成績で終わる事が出来たのだった。
「詩歌ちゃん、お待たせ。それじゃあ行こうか」
「太陽さん、お疲れ様です。よろしくお願いします」
仕事を終えた詩歌は、郁斗の言いつけ通り太陽に送って貰う為、彼の仕事が終わるのを事務所内で待っていた。
まだボーイや清掃スタッフが何人か働いている中、詩歌と太陽は店を出て行き、数分歩いた先にある店が借りた月極駐車場に停めてある彼の愛車の青いスポーツカーに乗り込んだ。
「詩歌ちゃん、なかなかの好成績スタートで幸先良いね」
「そ、そうですか? 初めは不安だらけでしたけど、良いお客様ばかりで良かったです」
「いやいや、それは全て詩歌ちゃんの実力だと思うよ? まあ良い客に恵まれたのも一理あるとは思うけど、運も実力のうちって言うからね」
「そんな……。でも、これからも良い接客が出来るよう頑張ります」
「期待してるよ。それはそうと、まっすぐマンションに向かっても大丈夫? どこか寄りたいところとかある?」
「あの、この辺りに食材や調理器具が売っているようなお店ってありますか?」
「うーん、店はあるけど時間が時間だからね……」
「そ、そうですよね……」
現在の時刻は午前三時少し過ぎ。大抵の店は閉まっていて、空いているのは二十四時間営業のコンビニや、開店の遅い飲み屋などの店だけ。
流石に無理かと思っていた詩歌に何かを思い出した太陽は、
「あ、マンションへ向かう途中に二十四時間営業のディスカウントストアがあったな。そこへ寄っていこうか?」
「はい、お願いします」
詩歌はあるものを揃えるべく、太陽にお願いしてディスカウントストアへ寄ってもらう事になった。
そこで太陽にもら手伝って貰って必要な物を一式全て買い揃え、帰路に着く。
そして、マンションに着いた詩歌は少し眠気を感じたもののシャワーを浴びて強制的に目を覚ますと、買ってき調理器具を駆使して料理を始めたのだ。
作る物は朝食に食べられるよう味噌汁や卵焼き、作り置きしておけるひじきの煮物で、詩歌は手際良く調理を進めていく。
これは普段から外食やお弁当しか食べない郁斗を心配した詩歌の優しさでもあり、冷たい態度で接して喝を入れてくれた彼への感謝の気持ちでもあるのだ。
詩歌は郁斗があのような態度で自分を指名した意味を理解した。
そして詩歌の読み通り郁斗はキャストたちからの印象が良くない事を心配し、敢えて冷たく振る舞い、それでもめげずに一生懸命接客をする姿を周りに見せつける事がそもそもの目的だったのだ。