料理を作り終えた詩歌が時計に目をやると、時刻は午前六時を回っていた。
さすがに眠くなった彼女は郁斗が帰ってくるまで休もうとソファーの上に座るや否や徐々に瞼が下がっていき、気付けばウトウトと眠り始めてしまう。
それから少しして静かに玄関が開く音が聞こえてくるも、詩歌は完全に眠りの世界へ堕ちていたようで全く気付かない。
郁斗がリビングへ入り真っ先に視界に飛び込んで来たのは、小さめのダイニングテーブルの上に用意されたおかずや食器類。
部屋に入った瞬間美味しそうな匂いが鼻を掠めたのはこれだったんだと郁斗は一人納得する。
そして、ソファーに座っていたはずの詩歌はいつの間にかソファーの上に横になって眠っていた。
そのまま寝かせてやりたいと思うも、二人分のご飯が用意されているところを見ると、自分と共に食事をとろうとしていた事が予測出来た郁斗は、
「詩歌ちゃん。こんなところで寝てると風邪ひくよ?」
軽く揺さぶりながら気持ち良さそうに眠る詩歌に声をかけた。
「……うーん………………いくと、さん?」
何度目かの声掛けでようやく眠りから覚めたらしい詩歌は目を擦りながら薄ら瞼を開いてぼやけていた人物の姿を捉えると、目の前に居るのが郁斗だと認識して名前を口にする。
それと同時に自分が寝ていた事に気付き、酷く慌てていた。
「お、お帰りなさい……! すみません、眠ってしまって!」
「いや、寧ろ寝てて良いって言ったでしょ? まさか起きて待ってるなんて思ってもいなかったよ」
「すみません。本当なら寝ていた方が良かったのかもとは思ったんですけど……その、戻りが朝になるならご飯がある方がいいかと思ったので朝食を準備したんです。今って……お腹、空いてますか?」
「空いてるよ。っていうかわざわざ作ってくれたんだね。嬉しいなぁ」
「…………」
嬉しそうに笑う郁斗を前にした詩歌はふと思う。やっぱり今の郁斗の方が話しやすくて安心出来ると。
「どうかした?」
「あ、いえ、何でもないです。それでは早速温めなおしますね」
「あ、それじゃあ俺、先にシャワー浴びて来るよ」
「分かりました。出て来たらすぐに食べられるよう準備しておきますね」
「ありがとう」
シャワーを浴びに廊下へ出て行った郁斗の姿を見送りながら詩歌はお味噌汁の鍋を温め始める。
(……でも、昨夜の郁斗さんの方が、実は本来の郁斗さんだったりするのかな?)
そんな疑問を抱きつつも、今の詩歌にそれを知る術はない。
(仮にそうだとしても、郁斗さんは郁斗さんだもん。問題は無いよね。優しいのは、変わりないんだから)
今の彼の方が安心は出来るし話しやすいけれど、どちらの郁斗も大切な存在で助けられていると改めて感謝をしながら彼が出てくるのを待っていた。
そして、向かい合わせに座った二人は一緒に朝食を食べながら他愛のない会話を交わし、束の間のひと時を過ごすのだった。
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