テラーノベル
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2話
部屋の中は、やけに静かだった。
「……別れた」
ぽつり、と吉田仁人が言う。
ソファに座ったまま、視線は床に落ちている。
「そっか」
佐野勇斗は、驚いたふりもしなかった。
ただ、静かに隣に座る。
「大丈夫?」
「……わかんない」
小さく笑う。
「スッキリしたはずなのに、なんか変」
「普通だよ」
即答だった。
「え?」
「ちゃんと好きだったんでしょ」
「……うん」
「じゃあ、そうなる」
優しく、当たり前みたいに言う。
その言葉に、仁人の肩の力が少し抜けた。
「そっか……」
「うん」
少しの沈黙。
「なあ仁人」
「なに?」
「今はさ」
声が柔らかく落ちる。
「無理に元気にならなくていいよ」
「……でも」
「いいの」
被せるように言う。
「しんどいときって、ちゃんとしんどい方がいい」
「……」
「その方が、あとで楽になる」
仁人は黙ったまま頷いた。
その横顔を見ながら、勇斗はそっと息を吐く。
(ここからが本番…♡)
数日後。
「また来た」
仁人が少しだけ笑う。
「いいじゃん」
勇斗はキッチンから顔を出す。
「暇なんでしょ?」
「……まあ」
「ほら、座って」
自然すぎる距離。
まるで最初からこうだったみたいに。
「最近さ」
仁人がぽつりと言う。
「ここにいると、落ち着く」
「へえ」
「なんでだろ」
「さあ」
わざと軽く流す。
でも、その言葉はちゃんと拾う。
「安心するからじゃない?」
「……安心」
「うん」
飲み物を渡しながら、目を合わせる。
「変に疑われたりしないし」
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その一言に、仁人の表情が少しだけ曇る。
「……やめてよ」
「あ、ごめん」
すぐに引く。
「でもさ」
少しだけ真面目な声。
「仁人って、ああいうの向いてないよね」
「……なにが」
「気使いすぎるとこ」
図星だった。
「……そうかも」
「もっと楽でいいのに」
そのまま、隣に座る。
距離は近い。でも触れない。
「こうやってさ」
「うん?」
「何も考えずにいられる時間の方が、合ってるよ」
仁人は小さく息を吐く。
「……うん」
その声は、前より少し柔らかい。
さらに数日後。
「ねえ勇斗」
「なに?」
「俺さ」
少し迷ってから、言葉を続ける。
「最近、前より楽だよ」
「そっか」
「……ありがとう」
その一言に、勇斗は一瞬だけ目を細める。
「何もしてないけどね」
「してるよ」
すぐに返ってくる。
「一緒にいてくれるじゃん」
「それくらい普通でしょ」
「普通じゃない」
きっぱりと言う。
「前の人は、こんな時間くれなかった」
一瞬、空気が止まる。
でも勇斗は、あえて軽く笑う。
「じゃあ俺の株上がった?」
「上がった」
即答。
「めっちゃ上がってる」
その無防備な言葉に、胸の奥がじわりと熱くなる。
(もう、ほとんどだ)
夜。
ソファに並んで座る二人。
テレビはついているのに、誰も見ていない。
「なあ仁人」
「なに?」
少しだけ、声が低くなる。
「俺さ」
「うん」
「仁人といる時間、好きだよ」
仁人がゆっくりこっちを見る。
「……俺も」
間を置かずに返ってくる。
その言葉に、勇斗は小さく笑う。
「じゃあさ」
ほんの少しだけ距離を詰める。
「もうさ」
「うん?」
「他のやつのこと、考えなくてよくない?」
「……え?」
「今、楽なんでしょ」
静かに言葉を重ねる。
「無理してた時より」
「……うん」
「じゃあ、それでいいじゃん」
逃げ道を与えない、でも優しい声。
「俺といる方、選べばいい」
心臓の音がやけに大きくなる。
仁人は少しだけ俯く。
「……それって」
「うん」
「どういう意味?」
勇斗は一瞬だけ間を置く。
そして、柔らかく笑った。
「言わせる?」
「……ちゃんと言って」
その言葉に、少しだけ目を細める。
「じゃあ言う」
静かに、でもはっきりと。
「俺と付き合おうよ」
空気が止まる。
「……は?」
「無理?」
すぐに引く言い方。
でも視線は外さない。
「だってさ」
「……」
「もうほぼ一緒じゃん、今」
少しだけ笑う。
「それに名前つけるだけ」
「そんな軽く……」
「軽くないよ」
すぐに否定する。
「ちゃんと考えて言ってる」
嘘は混ざっていない。
ただ、“全部”は言っていないだけ。
「仁人といたい」
その一言に、仁人の表情が揺れる。
「……俺でいいの」
小さな声。
「いいよ」
即答。
「むしろ、仁人がいい」
沈黙。
長い沈黙。
「……後悔しない?」
「させない」
一歩も引かない。
そのまっすぐさに、仁人は息を吐いた。
「……ずるいな」
「なにが?」
「断りにくい言い方する」
「そう?」
少しだけ笑う。
「でも本音だよ」
また、沈黙。
そして。
「……じゃあ」
小さく、でも確かに。
「よろしく」
その瞬間
勇斗の中で、何かが静かに満ちた。
「うん」
優しく答える。
「よろしく、仁人」
そっと手を重ねる。
拒まれない。
(やっと手に入った)
でも顔には出さない。
あくまで穏やかに、優しく。
「大事にする」
その言葉に、仁人は少し照れたように笑った。
「……うん」
その笑顔を見ながら。
勇斗は心の中でだけ、静かに呟く。
(全部、思い通り)
——でもその檻は、あまりにも優しいから。
仁人はきっと、気づかない。
一度入ったら、もう出られないことに。
𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹
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