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Doors好きな主
42
大学時代、坂本は親戚が所有する一軒家で一人暮らしをしていた。
学生一人には持て余すほど広い家だったが、意外にも仲間の溜まり場になることはない。彼の異常なまでの霊感を知っている者ほど、夜まで居残りたがらなかったからだ。
私は例外で、何度もその家に泊まっている。
宿泊する夜には、決まって『幽霊談義』が行われる。これは、怪談を披露し合うのではなく、霊とは何なのか、なぜ視える人間と視えない人間がいるのか――そんな答えの出ない話を二人で延々と語る、寝る前の雑談だ。
その夜も、いつものように話し込み、「もう寝るか」と言って電気を消して布団に横になっていた。
会話が途切れ、そろそろ眠ってしまいそうになった頃だったと思う。
「僕、おばあちゃんっ子だったんだ」
暗闇の中から、不意に坂本の声がした。
彼が自分の身の上を語るのは珍しい。ましてや幽霊談義が終わった直後という妙なタイミングだったので少し驚いたものの、私は黙って続きを待った。
「小さい頃から霊感が強くて、お母さんもお父さんも僕を気味悪がってた。何度も病院に連れていかれたし、家の中でも距離を置かれてたんだ」
眠気が少しだけ遠のいた。
霊が視えると主張する子どもを、親が信じてくれない――霊感が強い人からよく聞く話だ。
電気を落とした部屋で表情まではわからなかったが、隣に横たわる友人がどんな気持ちでそんな過去を語っているのかと思うと、気軽に言葉を挟むことはできなかった。
「そんな僕を、おばあちゃんだけが可愛がってくれた。5歳ぐらいまでは、ずっと面倒を見てくれてたんだ」
「おばあちゃんだけでも味方でいてくれて、本当によかったな」
「うん。本当に優しいおばあちゃんだったよ。方言がすごく強い人でさ、覚えた言葉をたまに親の前で使うと、びっくりしたりして」
「それ見て楽しんでたのか」
「子どもだったからね」
話を聞きながら何度か相槌を打っているうち、坂本の声はやがて途切れた。眠ってしまったのだろう。
どこか引っかかるものがある話だったが、その正体を考えるには眠気が強すぎたのだと思う。
いつの間にか、私も眠りに落ちていた。
翌朝、先に目を覚ました私は台所を借りて食事の準備を始めた。
もともと睡眠時間が短い私と違い、坂本は放っておけばいつまでも寝ている。どうせ起きてくるのは昼前だろうと、朝食とも昼食ともつかないものをのんびり作っていると、予想どおり昼近くになってようやく姿を現した。
「お腹空いた……」
寝起きの坂本は、母親に食事をねだる子どものような声を出す。
準備はほとんど済んでいたので、料理を食卓へ並べると、彼は起きたばかりとは思えない勢いで食べ始めた。
「お前、おばあちゃんっ子だったんだな。意外だったよ」
食事中の何気ない話題、そのつもりだった。
ところが坂本は箸を止め、目を丸くした。
「あんな家庭の事情があったなら仕方ないよな。おばあちゃん、まだ元気にしてんのか?」
彼の手が完全に止まる。
持っていた食器を静かに置くと、坂本は訝しげな顔をこちらへ向ける。
「なんでお前が知ってんの?」
「は?」
何を言われているのかわからなかった。
「昨日の夜、お前が話しただろ」
「俺はそんな話してない」
「いやいや、したって。幽霊談義の後、ちょっと間が空いてから――」
「談義が終わった後、俺はそのまま朝まで寝てたぞ。一回も起きてない」
冗談を言っているようには見えなかった。
何より、坂本は霊的な現象について嘘をついたり、こちらを怖がらせるためにふざけたりする人間ではない。それを長い付き合いの中で知っていたからこそ、私は昨夜の会話を最初から説明することにした。
幼い頃から霊感が強かったこと。
両親に気味悪がられ、何度も病院へ連れていかれたこと。
そんな自分を祖母だけが可愛がってくれたこと。
そして、祖母から覚えた方言を両親の前で使い、その反応を面白がっていたこと。
そこまで話したところで、私は言葉を止めた。
昨夜から感じていた小さな違和感の正体に、ようやく気づいてしまったからだ。
坂本は、普段自分のことを「俺」と呼ぶ。
先輩や世話になっている教授を前にしても、彼の話し方が大きく変わることはない。少なくとも、私と話す時に「僕」という一人称を使うことはない。
なのに、昨夜は違った。
――僕、おばあちゃんっ子だったんだ。
――お母さんもお父さんも僕を気味悪がってた。
言葉遣いだけを拾えば、まるで幼い子どものような。
私は眠かった。確かに、かなり眠かったと思う。
それでも、長年付き合ってきた友人が普段とはまるで違う話し方をしていたのに、どうして何の疑問も抱かず聞き続けていたのだろう。
そのことに気づいた途端、昨夜の暗い部屋が鮮明に脳裏へ蘇った。
灯りのない室内。
隣の布団。
そこから聴こえていた坂本の声。
けれど本当に、あれは坂本だったのか?
一通り説明を聞き終えた彼は、しばらく黙っていた。
やがて、いつもの少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「夜の帳の中、お前は誰の声を聴いたんだろうな?」
普段なら、その言い方に腹を立てたかもしれない。
けれど、その時は何も言い返さなかった。
笑っている坂本の腕に、びっしりと鳥肌が立っていたからだ。
彼にもわからないのである。
昨夜、私と話していたモノが何だったのか。
それ以上、この件について二人で掘り下げることはしなかった。
ただ、私は今でも時折考える。
あの声は本当に、幽霊だったのだろうか?
もしかすると、幼い頃に両親へ甘えることができず、心のどこかへ押し込められてしまった坂本自身だったのかもしれない。
祖母だけが自分を受け入れてくれたことを誰かに話したかった、幼い頃の彼。
姿の見えない夜の帳に紛れ、気を許していた私へほんの少しだけ顔を出した――そう考えると、あの夜の『僕』という一人称も、妙に腑に落ちる気がする。
もちろん、勝手な想像に過ぎない。
ただ一つ、その考えが頭から離れなくなった理由がある。
翌朝、目を覚ました坂本が最初に口にした言葉。
「お腹空いた……」
あのあどけない一言を思い出すたび、もし昨夜の声が幼い坂本自身だったのなら、彼は話し終えたあとも、もうしばらくそこにいたのではないか――そんなことを考えてしまう。
不思議と、恐怖は湧かなかった。
むしろ胸に残ったのは、別の感情。
もし、あの暗闇の中で私に話しかけていたのが、本当に誰にも甘えられなかった幼い坂本だったのなら、もう少しだけ、話を聞いてやればよかったと思う。
コメント
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うわああああ第5話読み終えたけど最後の展開がエモすぎて叫びたくなったよ😭💕!!「俺」じゃなくて「僕」って一人称で話してた違和感、朝になって「俺はそんな話してない」って返ってきた時のゾクッとする感じ…!でも最終的に「幼い頃の坂本自身だったのかも」って解釈がすごく優しくて、恐怖よりあたたかさが勝ってるのが好きすぎる…「もう少し話を聞いてやればよかった」って締め、確かにそう思う…!!