テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
都築七美
310
柴田
224
#一年で体重二倍
専業プウタ
343
さぶれ
156
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
微睡のなかで揺蕩うように目を覚ます。
眩しさに目を細めたメリーティアは、もしかして死ねなかったのだろうかと落胆した。
しかしどこを見渡しても白く輝いている空間は異様で、自分がふわふわと浮いていることに気がつくと、ここが死後の世界なのだとぼんやり理解した。
地獄のようには思えないから、ここは天国だろうか。
誰もいない。家族も、グウェンダルも、赤ちゃんも。
死んだら会えるかもしれないと思っていたのに、希望は打ち砕かれたようだ。
膝を抱いてしくしくと泣いていると、何かにふわりと包み込まれる。
ゆっくり瞼を開くと、この空間のように白く輝く男性がいた。
男性は均整のとれた肉体に白い布をまとっているだけだというのに、抱き締められていても不思議と嫌悪を感じない。顔はぼやけて見えないけれど、全体的な雰囲気がニルスに似ているような気がする。
ここが天国だというなら、神がいたっておかしくはないだろう。
頬に手を添えて顔を近づけてみると、やっと輪郭がはっきりした。
「……あなたは、ニルス様?」
人間離れした、神々しいとしか形容しようがない容貌をしている。
当たり前かもしれないが、彫像と瓜二つだ。これだけ似せられたということは、ニルスに会ったことがある人間がかつても存在したのかもしれない。
「お前はなぜ私に祈る?」
ニルス神は戦の神だ。戦争が盛んだった頃は帝国でも信仰を集めていたが、今はすっかり衰えた。多くの神殿が取り壊され別の神を祀っている。
最近では世界的にも争いを忌避する傾向が強まり、ますますニルスの神殿は減少傾向にあるという。
「うちの近くに小さな神殿があるの。ニルス様の神殿よ」
幼い頃のメリーティアは、ニルスが何の神であるかも知らぬまま祈っていた。
「わたしの祈りを聞いてくれたでしょう」
「気まぐれだ。今はもう、私に祈りを捧げるのはお前くらいだから」
「あなたにとっては気まぐれでも、わたしはとてもうれしかったのよ」
微笑むメリーティアを、ニルスは無表情で見下ろしてくる。
「ねえニルス様、ここはどこなの?」
「私のせかい」
「人は死んだら、みんなここへ来るの?」
「いいや、ほかの魂は天界へ向かう」
「どうしてわたしはここに……?」
その問いに、ニルスはしばし沈黙した。
「――神は、信仰する者がいなければ消滅する」
「だからわたしを手元に置いておきたいの?」
それなら、かつての信仰者たちは皆ここにいるのだろうか。
しかし見回してみても、ほかには何もなかった。
ニルスはメリーティアの唇を親指の腹で撫でてくる。大理石ではない彼は、それでも体温がなかった。
「この私に口づけるのは、後にも先にもお前だけだろう」
低い声で囁かれる。これまでずっと平坦だったが、そこに熱のようなものを確かに感じた。
「お前は美しい」
この神は、メリーティアに恋をしているのだ。
そうと一瞬でわかるくらい、愛おしげな表情が垣間見えた。
(それならどうして願いを叶えてくれなかったの)
ニルスが願いを叶えてくれたのは、最初の悪夢のときだけだ。
「あの人間たちはあれが運命だった。運命とは、簡単に変えてはならぬものだ」
ニルスには心の声が聞こえている様子だった。
「ニルス様がわたしをここに連れてきたのも、運命なの?」
「違う。私がお前を欲したからだ」
「簡単に変えたらだめなのではなかったの?」
くすくすと笑うメリーティアに対して、ニルスは苦い表情をした。
その反応はまるで人間のようでもあり、また感情というものをよく知らない超常的な存在だとも強く感じた。ニルス自身にも自分の行動原理が理解できていないのだろう。
戸惑う様子は初めて恋をした初心な少年にも似ている。
一度死んだせいか、メリーティアにはもう怖いものなどなかった。
神の心を利用することだってためらわないほどに。
メリーティアはニルスの胸元にすり寄り、上目遣いで見つめた。
「ニルス様は、わたしが欲しいのよね?」
「欲しい。美しいお前の心が欲しい」
「それなら、わたしの願いを叶えてくれないかしら」
「願い?」
メリーティアはニルスに顔を近づけると、形のいい唇をなぞった。その自分の指の上から唇を重ね、吐息が触れ合う距離で微笑む。
「ニルス様、わたし、幸せにはなれなくていいの。あの人たちの絶望する表情が見たいわ」
「私があの者たちを冥府神に引き渡せば満足か」
「違うわ。わたしが、この手で、地獄に突き落としてあげるの」
「――私は時間の神や生命の女神のような力は持っていない。よって、お前を生き返らせることも時間を巻き戻すことも不可能だ」
「でも、知り合いにそういうことができる神がいるのよね?」
「…………」
額同士をくっつけ、上唇を触れ合わせて尋ねるとニルスは押し黙った。
「……私に、あの神たちに頭を下げろと?」
「わたしが欲しいんでしょう? それくらいもできないの?」
ニルスはメリーティアの指をどけさせると、強引に唇を重ねた。
「ならばお前が願いを叶えることができたあかつきには、その心をもらうぞ」
「ありがとう、ニルス様」
意識が遠のいていく。悪夢を見ないようにしてほしいという少女の願いを聞いてくれたとおり、ニルスは優しい神なのだろう。
そんな彼になら、心をあげてもいいと思った。
どうせ、復讐を成し遂げたあとにはメリーティアのそばには誰もいないだろう。
疲れ切った心にニルスが寄り添ってくれるというなら、それも悪くない。