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ねこむすび
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「庄司くん、ちょっといいかな」
大輝は運転席のドアから手を離し、エボXの横に立ったオフィシャルへ向き直った。
「伊藤さん、お疲れさまです。なんすか?」
パドックの端にいた陽斗が、ペットボトルを持ったまま大輝の斜め後ろへ歩み寄ってくる。
「走行中に何かあったわけじゃないんだ。15日の月曜日に、女性ドライバーさんからナンパされたって苦情が入っててね。その日パドックで何か見てないか、利用者さんに聞いて回ってるんだよ」
「先週の月曜っすよね、俺そもそもいないんすよね」
大輝はそう答えてから、陽斗へ顔を向けた。
「どんな手口なんすか。そもそもどうやんの?」
「同じ車のオーナー? いや、それでも無理ゲーでしょ」
陽斗も首を傾げる。
二人の顔を見比べていた伊藤が、クリップボードを抱え直して声を落とした。
「オフレコにしてほしいんだけど」
そう前置きしてから続ける。
「『延々と車の悪口を言われた挙句に、連絡先教えてくれって言われた』んだよ」
陽斗が思わず咳き込んだ。
「すげえドハンマー」
「エルトロでトレ回すようなもんだな。今年のHOTYはコイツで決まりかも」
大輝は真顔のまま言った。
「HOTY?」
「走り屋オブザイヤー。毎年12月に決まるんだけど、俺、コイツよりドハンマーでNBDな技叩き出せる自信ないわ」
「まだ6月だろ? パート量産しろよ」
陽斗が笑いながら大輝の肩を叩いた。
伊藤はクリップボードに挟んだ書類をめくらず、もう一方の手で持っていたタブレット端末の画面を点灯させた。
「それとは別に、ちょっと確認したい書き込みがあってね」
伊藤が差し出した画面には、黒森ステージの利用者向け掲示板が表示されていた。日付は6月21日。日曜の夜になっている。
『ライトニングブルーの羽なしエボXとプレシャスメタルのGRヤリス、走ってるとこ見たことあるけど、ちょっと自分の走りに自信ありすぎな感じだったかな』
プレシャスメタル、という文字に目が止まった。
「割と珍しい」
「マジ?」
陽斗が視線を向けてきた。
「マジマジ。GRヤリスってほとんど白だし、真希さんのGRヤリスと同じ色だよ。これ」
「そうなんだ。そしたらこれ、大輝と真希さんの事を言ってね?」
「言ってるかも。てかライトニングブルーとかプレシャスメタルって言い方も普通、青とかガンメタとか言わんか?」
「確かに。なんかオタク特有のこだわりを感じる」
伊藤が大輝を見る。
「庄司くん、そのGRヤリスの人と知り合い?」
「そうっすね。最近飲み会でばったり顔合わせた感じっす」
大輝はもう一度画面へ目を戻した。
その下に短い間隔でレスが続いていた。
『は?』
『エボXのアイツがイキってる訳ないw あんな話しやすいヤツいねえよ』
『初見の人にも自分から挨拶するタイプだぞ』
「よかったじゃん、愛されてんね」
陽斗が肘で大輝の脇腹を小突いた。
「親のクルマでイキってる分際なのにな。ホントありがたいよ」
親指で画面がわずかに上へ送られる。元投稿者からの返信が入っていた。
『そういう表向きの話じゃなくて、走りの姿勢の話をしてるんだけど』
「どういう事?」
陽斗の声に指が止まる。
「走りの姿勢に、自信満々で鼻持ちならんて事を言いたいのかも」
そこへ別の利用者からのレスが重なっている。
『GRヤリスの人にナンパしてあしらわれただけだろw』
『ありそう』
『あの人かなりゲラだよ?』
『あの人に塩対応されるって下心のナンパか、かなり失礼な態度取ったからだろw』
『それ一択』
「ゲラって真希さんの事じゃね?」
陽斗が画面から顔を上げた。
「俺も。ゲラって書かれてたら真希さんの顔しか浮かばんわ」
大輝が軽く笑うと、伊藤は二人の顔を順に見て、それからタブレットへ目を落とした。何も訊かずに、画面を別のアプリへ切り替える。今度はSNSのタイムラインが表示される。投稿日は月曜日の夜。大輝が真希と飲み会で会ったその日。発信者のアカウント名は赤城夏帆となっていた。
『黒森の件、いろいろ聞こえてきてるんですけど』
『デモランだけで帰ると思われてるみたいなので、一応言っておきますね』
『私、黒森は1月から通ってます。単独走行の実績あるので、追走の申請できます』
『羽のない青いエボXの人、いるんですよね?』
トランクから大型ウイングを外し、リップスポイラーだけを残した自分のエボXの後ろ姿が、大輝の頭に浮かんだ。掲示板の投稿があった日曜の夜から、丸1日空いている。
「なんか変っすね」
大輝が言うと、横から画面を覗き込んでいた陽斗が口を開いた。
「それな。赤城はGRヤリスに関して触れてない。この書き込み主が赤城にけしかけたのなら、青いエボXとGRヤリスってわざわざ入れてくる筈よな」
「それ。ナンパ断られた腹いせなら、GRヤリス一択な気がする」
「大輝のエボX名指しする意味が分からん」
伊藤はタブレットの画面を消し、クリップボードの用紙へ視線を落とした。
「あ、ナンパの件だけど、正式に苦情として上がってるんだよ。ウチらとしてはナンパした相手がどこの誰なのかわかっているし、この書き込みをしたのが誰なのかも分かれば、すぐに別件として顧問弁護士に相談するつもりなんだよね」
「そんなヤツとっとと出禁になってほしい」
陽斗が呟いた。
「まあ、ウチもなかなか出禁にはしにくいんだよね」
伊藤は苦笑いを浮かべ、それから大輝へ目を向けた。
「ないとは思うけど、庄司くん、赤城さんディスったとか書き込んだ心当たりない?」
「ないんすよ、それが」
大輝は首の後ろを掻きながら答えた。
「強いて挙げるなら、昨日陽斗の彼女が『やってんな』と」
「やってんなって、どういう事?」
伊藤が訊く。
大輝は自分の胸元を指さした。
「おっぱい」
「マジか」
陽斗は深くため息をつき、ペットボトルのキャップを閉じた。
「まあ、美帆の事は置いといて。GRヤリスとエボIXが走る所の方が見たい気がするんだよな。なんか大輝には悪いけど、エボIXでエボXに勝っても『当たり前でしょ?』って空気あるじゃん?」
「まあな。その方が俺としては万が一リアメンバー腐って箱替する事考えたらありがたいんだけど」
「SSTのエボX安いもんね」
伊藤が相槌を打った。
「相場っていくらくらいなんですか?」
陽斗が伊藤へ訊く。
「SSTだと120万くらいからあるけど、まともなのは200万前後かな。マニュアルだと300万から、ファイナルエディションなら800万超えてくる」
「SSTとか入れ替える手間考えたらもっと安くなってほしいんよな」
大輝が言うと、陽斗がペットボトルを軽く振った。
「てかぶっちゃけGRヤリス買った方が良くない? 400万くらいでしょ」
「RCならそのくらいだね」
伊藤が答える。
「真希さんのはRZだから500万くらい。しかも納期未定なんよ。だから尚更あのGRヤリスってホント珍しい」
「ちなみにエボIXっていくらするんですか?」
陽斗が伊藤へ顔を向ける。
「エボIXだと300万切るのはまずないし、MRだと1000万超えも出てる」
「マ!?」
陽斗が目を剥いた。
それからパドックの端のフェンスまで下がって背中を預け、息を吐く。
「だったら尚更エボXいじめる必要なくね? なんか弱い者いじめっていうか、俺のスタイルに反するんだよな。GRヤリスが速いっていうなら、エボXよりもGRヤリスの方がバイブス上がる気がする」
コメント
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読み終わったよ〜!今回も車談議が熱くて面白かった!特に「ドハンマー」とか「HOTY」とか、走り屋ならではの専門用語が飛び交う感じがリアルでいいなって思った。ナンパの手口が「車の悪口言われた挙句に連絡先教えろ」って聞いて笑っちゃったけど、それ真希さんのことだよね?ゲラって書かれてて思わず「それ一択」って共感しちゃった(笑) それと、相場の話がめっちゃ詳しくてびっくり。エボIXが1000万超えってマジか…ってなる。弱い者いじめを嫌がる陽斗のスタンスも好きだな〜。次の話が楽しみ!