テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
冬が来た。
誰もいない街にも、ちゃんと季節は巡るらしい。
朝、窓の外を見ると薄く雪が積もっていた。
「うわ」
蒼はカーテンを開けたまま固まった。
道路も、公園も、止まった車の屋根も白い。
リビングでは、悠真が毛布にくるまりながらソファで寝ている。
「……おい」
返事なし。
「雪」
ぴくりと反応した。
数秒後、悠真が勢いよく起き上がる。
「は!? マジ!?」
五分後には二人ともコート姿で外に飛び出していた。
雪の積もった街は、いつもよりさらに静かだった。
足跡が何もない。
世界で最初に歩く人間になったみたいだった。
「見ろよこれ」
悠真が誰もいない道路の真ん中へ寝転ぶ。
「やば、テンション小学生」
「うるせえ」
蒼も隣に倒れ込む。
空は薄い灰色で、雪がゆっくり落ちてくる。
街灯も信号も、黙ったままそこにあった。
「……静かだな」
蒼が呟く。
「ん」
「静かすぎて、耳おかしくなりそう」
悠真は白い息を吐きながら空を見る。
「でもさ」
「?」
「嫌いじゃない」
蒼は少し笑った。
「俺も」
その日の夜。
二人はショッピングモールから持ってきた小さなこたつに入っていた。
電気はまだ通っている。
奇跡みたいに。
テーブルにはコンビニのおでん。
テレビには映らない画面。
「なあ」
悠真が唐突に言った。
「電気って、いつ止まると思う?」
蒼は箸を止めた。
考えないようにしていたことだった。
水。
ガス。
電気。
全部、誰かが管理していたはずなのに。
その「誰か」はもういない。
「……わかんない」
「だよな」
悠真はそう言って、大根を食べる。
湯気が静かに上へ消えていく。
「止まったら困る?」
蒼が聞く。
「まあ、ゲームできなくなるし」
「そこかよ」
「あと寒い」
「そっちはわかる」
少し笑う。
その笑いが止むと、また静けさが戻ってきた。
昔なら気にならなかった沈黙が、今は妙に大きい。
だから二人は、どうでもいい話をずっとしていた。
好きだったアイスの話。
学校の変な先生の話。
昔ハマってたゲームの話。
話している間だけ、「世界に二人しかいない」という事実を忘れられた。
深夜。
蒼は喉が渇いて目を覚ました。
こたつには悠真が突っ伏して寝ている。
テレビの光だけが、ぼんやり部屋を照らしていた。
蒼は水を取りに行って、ふと窓の外を見る。
雪が降っている。
しんしんと。
街を埋めるみたいに。
誰にも踏まれない雪。
誰にも見られない景色。
その綺麗さが、少しだけ寂しかった。
「……何してんの」
後ろから眠そうな声。
振り返ると、悠真が毛布を引きずりながら立っていた。
「起きてたのか」
「なんか寒くて」
悠真も窓の隣に立つ。
二人で、しばらく雪を見ていた。
「世界、終わったっぽい景色だな」
悠真がぽつりと言う。
蒼は小さく頷いた。
「でもさ」
「ん?」
「お前いるから、まだそんな感じしない」
その言葉に、悠真は少し驚いた顔をした。
それから照れ隠しみたいに笑う。
「それ、今ちょっと嬉しいわ」
外では雪が降り続ける。
静かで、冷たくて、綺麗な夜だった。
二人しかいない世界で、
それでも確かに、今日が続いていた。
続く
38
101