テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
38
冬が来た。
誰もいない街にも、ちゃんと季節は巡るらしい。
朝、窓の外を見ると薄く雪が積もっていた。
「うわ」
蒼はカーテンを開けたまま固まった。
道路も、公園も、止まった車の屋根も白い。
リビングでは、悠真が毛布にくるまりながらソファで寝ている。
「……おい」
返事なし。
「雪」
ぴくりと反応した。
数秒後、悠真が勢いよく起き上がる。
「は!? マジ!?」
五分後には二人ともコート姿で外に飛び出していた。
雪の積もった街は、いつもよりさらに静かだった。
足跡が何もない。
世界で最初に歩く人間になったみたいだった。
「見ろよこれ」
悠真が誰もいない道路の真ん中へ寝転ぶ。
「やば、テンション小学生」
「うるせえ」
蒼も隣に倒れ込む。
空は薄い灰色で、雪がゆっくり落ちてくる。
街灯も信号も、黙ったままそこにあった。
「……静かだな」
蒼が呟く。
「ん」
「静かすぎて、耳おかしくなりそう」
悠真は白い息を吐きながら空を見る。
「でもさ」
「?」
「嫌いじゃない」
蒼は少し笑った。
「俺も」
その日の夜。
二人はショッピングモールから持ってきた小さなこたつに入っていた。
電気はまだ通っている。
奇跡みたいに。
テーブルにはコンビニのおでん。
テレビには映らない画面。
「なあ」
悠真が唐突に言った。
「電気って、いつ止まると思う?」
蒼は箸を止めた。
考えないようにしていたことだった。
水。
ガス。
電気。
全部、誰かが管理していたはずなのに。
その「誰か」はもういない。
「……わかんない」
「だよな」
悠真はそう言って、大根を食べる。
湯気が静かに上へ消えていく。
「止まったら困る?」
蒼が聞く。
「まあ、ゲームできなくなるし」
「そこかよ」
「あと寒い」
「そっちはわかる」
少し笑う。
その笑いが止むと、また静けさが戻ってきた。
昔なら気にならなかった沈黙が、今は妙に大きい。
だから二人は、どうでもいい話をずっとしていた。
好きだったアイスの話。
学校の変な先生の話。
昔ハマってたゲームの話。
話している間だけ、「世界に二人しかいない」という事実を忘れられた。
深夜。
蒼は喉が渇いて目を覚ました。
こたつには悠真が突っ伏して寝ている。
テレビの光だけが、ぼんやり部屋を照らしていた。
蒼は水を取りに行って、ふと窓の外を見る。
雪が降っている。
しんしんと。
街を埋めるみたいに。
誰にも踏まれない雪。
誰にも見られない景色。
その綺麗さが、少しだけ寂しかった。
「……何してんの」
後ろから眠そうな声。
振り返ると、悠真が毛布を引きずりながら立っていた。
「起きてたのか」
「なんか寒くて」
悠真も窓の隣に立つ。
二人で、しばらく雪を見ていた。
「世界、終わったっぽい景色だな」
悠真がぽつりと言う。
蒼は小さく頷いた。
「でもさ」
「ん?」
「お前いるから、まだそんな感じしない」
その言葉に、悠真は少し驚いた顔をした。
それから照れ隠しみたいに笑う。
「それ、今ちょっと嬉しいわ」
外では雪が降り続ける。
静かで、冷たくて、綺麗な夜だった。
二人しかいない世界で、
それでも確かに、今日が続いていた。
続く
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!