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【現実世界・木崎の倉庫】
夕方。
シャッターの隙間から差し込む光が、倉庫の空気をオレンジ色に染めていた。
テーブルの上には、例の黒い耐衝撃ケース。
五つのカプセルは、昼間よりも落ち着いた光をたたえている。
雲賀ハレルが中へ入ると、先に来ていたサキが椅子に座って待っていた。
膝の上には開いたノート。そのページには、五人の名前が丁寧な字で書き写されている。
「おかえり。……なんか、また疲れてるね」
「授業が半分くらい“別の世界”に見えてただけだよ」
冗談めかして返すと、サキは心配そうに眉を寄せたが、
それ以上は突っ込まなかった。
代わりに、倉庫の奥を指さす。
「木崎さん、さっきからずっと電話してる。
“昔のツテ”ってやつ、総動員してるみたい」
ちょうどそのタイミングで、奥の机から椅子がきしむ音がした。
「――ああ。……ああ、恩に着る。酒はそのうち奢る」
短くそう言って通話を切ると、
木崎が古びたノートPCを片手にこちらへ戻ってきた。
目の下にクマはあるが、その目だけは妙に冴えている。
「来たぞ、うちにも“正規ルート”の情報が」
「正規ルート……?」
ハレルが首を傾げると、木崎は肩を竦めた。
「元・刑事の特権ってやつだ。
今はフリーの記者だけどな、古い名刺は案外役に立つ」
「あ……やっぱり、本当に刑事だったんですね。
前にちょっと聞きましたけど……こういうとき、すごい」
ハレルが苦笑混じりに言うと、サキが目を丸くした。
「えっ、元刑事って、そういうこと!?
木崎さん、ドラマみたいな経歴じゃん……!」
「カッコよく言うな。給料安いし、胃には悪い仕事だぞ」
木崎はぼやきながらも、どこか照れくさそうに鼻を鳴らした。
そう言って、ノートPCをテーブルに置き、画面をこちらへ向ける。
モザイクだらけの、医療記録の写し。
患者情報の大半は黒で塗りつぶされているが、その隙間に見覚えのある文字が覗いていた。
《佐伯 蓮》
《村瀬 七海》
《日下部 奏一》
「……」
息が詰まる。
「これ……」
「行方不明者リストの中から、名前が拾えた三人分だ」
木崎は、指で一つずつ示しながら続けた。
「公式には“行方不明”扱いのまま。
だが実際には――都内のとある医療研究機関で、
“原因不明の昏睡状態の患者”として管理されている」
サキが小さく息を呑む。
「じゃあ……体は、ちゃんとここにあるの?」
「ああ」
木崎は短く頷く。
「正確には、“生きたまま保管されている”。
昔、俺がまだ現場にいた頃にも、噂レベルで聞いたことがあった。
――『クロスゲート周りの失踪者は、死体が上がってこない』ってな」
ハレルの背筋に、冷たいものが走る。
(死んでるんじゃなくて……
“抜かれている”)
木崎は別のファイルを開いた。
病院の外観写真。ニュース記事。研究機関の紹介ページ。
「施設名は『聖環(せいかん)医療研究センター・第七特別病棟』。
建前は、原因不明の昏睡患者や重度の脳疾患患者の専門治療だ。
だが資金の一部に――こいつの名前が出てくる」
画面をスクロールする。
スポンサー一覧の中に、見慣れたロゴ。
《CROSSGATE TECHNOLOGIES》
「……クロスゲート・テクノロジーズ」
口に出した瞬間、倉庫の空気が一段冷えた気がした。
「脳波インターフェースの共同研究。
『記録型VR技術の医療応用』って名目らしい」
木崎の声は乾いている。
「言い換えれば、“脳の中身を取り出して保存する”遊び場ってことだ」
サキが、カプセルの方を見た。
「じゃあ……この中の“三人”の体は、その病棟に?」
「可能性は高い。
入院記録は徹底的に匿名化されてるが――
入院時期、年齢、性別、住所の断片が、こっちの失踪データと合う」
「……ユナさんは?」
わかっていることなのに、確認せずにはいられなかった。
「現実側から、いつ、どうやってあっちへ運ばれたのか――
そこはまだ、記録も証拠も出てきていない。
だから、ユナの“器”は異世界側にある。
こっちにあるのは――意識のコアだけだ」
「……じゃあ」
ハレルはカプセルを見た。
青白い光が、静かに脈を打っている。
「この人たちの“器”は、現実の病院。
ユナさんの“器”は、異世界の医療棟。
でも、意識は全部ここにある……」
言葉にしてみると、その歪さがよりはっきりする。
(どうして、こんな面倒な形に)
「そもそも、なんで“意識だけ”抜いて保存したんですかね」
ハレルの問いに、木崎は苦い顔をした。
「わからん。
ただ、クロスゲートの内部資料の断片には、
“長期観測用データセット”なんて言葉が出てきてた」
「……データセット」
「人の意識を、“素材”扱いしてた連中だ。
あいつらにとっては、これも“サンプル”なんだろうよ」
怒りと、吐き気に似た感情が、胸の奥で混じり合う。
サキがぽつりと言った。
「でもさ。
体も意識も……どっちも、ちゃんと残ってるってことだよね」
ハレルと木崎が、同時に彼女を見る。
「だって、ほら。
体はあっちの病院とか、異世界の医療棟とかにある。
意識はここにある。
両方残ってるなら……“戻せる可能性”も、まだあるんだよね?」
その一言で、倉庫の空気が少しだけ変わる。
重さはそのまま。
でも、その下に細い“足場”ができたみたいな感覚。
木崎は、ゆっくり頷いた。
「理屈だけなら、そうなる。
問題は――それをやろうとした瞬間、
“邪魔する奴”が必ず出てくるってことだ」
カシウス。
葛原レア。
そして、まだ姿の見えない何か。
ハレルは、ネックレスに触れた。
(コアを器に返したい。
でも、その“瞬間”を狙ってる奴がいる)
「……じゃあ、次は」
「“器の場所”をちゃんと押さえることだ」
木崎が言う。
「聖環センターの特別病棟。
それから、クロスゲートが金を出してる関連施設。
そこに、五人目の器もいるかもしれない」
サキが、そっとカプセルたちを見回した。
「この人たち、きっと不安だよ。
自分の体が、どこにあるかもわからないまま、
こんな箱の中に閉じ込められてるなんて」
ハレルは静かに言った。
「だから探す。
“器の座標”を。
……ユナさんも、他の人たちも、全部」
倉庫の中で、五つの光が同時にかすかに揺れた。
それは、同意とも、焦りともつかない――
どこかに向かおうとする、弱い意志のように見えた。
◆ ◆ ◆
【異世界・王国警備局/医療棟】
石造りの廊下は静かだった。
窓の外には、夕暮れの空。
遠くの塔の影が、長く伸びている。
リオは足音をできるだけ殺して歩いた。
右手首の腕輪が、薄く冷たい。
角を曲がると、見慣れた扉。
「第三区画・特別療養室」と刻まれた札がかかっている。
扉をノックし、そっと開ける。
そこには、白いベッドが一つ。
規則正しく点滅する魔術式モニター。
淡い光に包まれた、静かな寝顔。
一ノ瀬ユナ。
リオはベッドのそばまで歩き、しばらく黙って立っていた。
(……どれくらいの間、ずっとこのままなんだろう)
失踪したあの日から。
砂の迷宮で再会して、救い出したあの時から。
時間の感覚はとうに狂っている。
ただ一つ確かなのは――
自分がここへ来てから、一度もこの瞳が開いていないということだった。
「入るぞ」
背後から、アデルの声。
リオは振り返り、軽く会釈した。
「……邪魔だったか?」
「いや。丁度いい。
ユナの状態を、ノノも見たいって言ってたから」
そう言って、アデルは扉の外に向かって声をかける。
「ノノ。道は空いている。こっちだ」
「ちょ、ちょっと待って、今ログ保存して――……来た!」
ばたばたと慌ただしい足音とともに、ノノ=シュタインが顔を出した。
両手には小型の魔術端末。 二本の三つ編みが、今日も見事に左右で揺れている。
「よし、じゃあ現地確認開始。
器の状態、ちゃんと見ておかないとね」
彼女は手際よく端末を起動し、ユナの枕元に立つ。
魔術式モニターの数値と、自分の端末を見比べながら、早口で呟いた。
「生命維持は安定。
肉体の損傷なし。
精神層の反応は……“微弱だけど、消えてない”。
典型的な“意識抜き取り型の昏睡”状態」
リオが、小さく息を吐く。
「……やっぱり、そういう言い方になるんだな」
「うん。
この状態から“戻す”には――
コアと器を、もう一度ちゃんと“繋ぎ直す”必要がある」
ノノは端末に三つの円を描いた。
それぞれの中心に、文字が浮かぶ。
《CORE》
《BODY》
《GATE / KEY》
「意識コア。肉体の器。
それから、両方を一時的に重ねるための“門”と“鍵”。
全部が揃った瞬間に、再結合が起きる」
アデルが腕を組む。
「それは、理論上の話か。
それとも、誰かが実際にやった記録があるのか」
「理論は……昔の記録庁の文書に残ってる。
“観測世界から呼び戻された意識”の話が、ね。
でも成功例は少ない。
しかも、その中の一部だけが――“別のやつ”に横取りされてる」
リオが顔を上げる。
「横取り……?」
「再結合の瞬間は、
コアがどこにも属してない“宙ぶらりんの状態”になる。
そこに、第三者が“観測者の権限”を割り込ませると――
違う身体に入れ替えたり、“別の場所の器”に飛ばしたりできる」
ノノは、端末上のCOREの円を指先で掴み、別のBODYの円に重ねてみせた。
「本来はこことここ、
“一ノ瀬ユナのコア”と“一ノ瀬ユナの身体”を結ぶべきところを――」
COREの円を、全然関係ない別の場所に引っ張る。
「こうやって、勝手に書き換えられる」
リオの右手首の腕輪が、じわりと熱を帯びた気がした。
「……カシウスが、狙ってるのはそれか」
「可能性は高い」
ノノの声は、いつになく低い。
「コアを器に戻す“正しい瞬間”は、
カシウスにとっても、“一番介入しやすい瞬間”になる」
アデルが静かに言う。
「だから、こっちが先に場を決める必要がある。
コアの向き、器の位置、門の座標――
全部をこちらで押さえた上で、再結合を仕掛ける」
リオは、ユナの手のそばに立った。
触れようとして、少しだけ迷い、指先だけそっと布の上に置く。
「……失敗したら?」
それは、怖い質問だった。
でも、聞かずにはいられない。
ノノは少しだけ黙り、正直に答えた。
「最悪の場合、コアが“行き場を失う”。
器にも戻れないし、データ核にも留まれない。
どこにも紐づかない“残響”になって……
ゆっくり、薄くなっていく」
リオの喉が、きゅっと鳴る。
「……二度と、戻れなくなる」
「うん」
医療棟の空気が、少し重くなった気がした。
窓の外では、夕暮れがほとんど夜に変わっている。
アデルが言う。
「だが、何もしなければ――
いずれカシウスが“好きなように使う”」
それもまた、最悪だ。
ユナの意識。
他の四人の意識。
彼らを“材料”として利用するための戦場を、敵が選ぶ。
リオは、ユナの寝顔を見つめた。
「……だったら、俺たちが決める」
右手首の腕輪に力がこもる。
「ユナの器がここにあって、
コアがあっちの世界にあるなら――
“繋ぐ場所”を、こっちで選ぶ。
カシウスの都合じゃなくて、こっちの条件で」
ノノは、端末に新しいマーカーを打ち込んだ。
「器のある場所。
コアが行きたがってる場所。
それから、境界が薄くなっている場所。
その三つが重なる“一点”が――
次に私たちが目指す座標になる」
アデルが小さく頷く。
「こちらが“器の座標”を押さえれば、
敵もそこに来ざるを得ない。
……そこで決着をつける」
リオは、ユナの手元からそっと離れた。
まだ温かい指先。その温度を、右手に残したまま。
(待ってろ、ユナ)
(ちゃんと、全部揃えて――迎えに行く)
医療棟の窓の外で、
淡い星が一つ、ゆっくりと瞬き始めた。
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