テラーノベル
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数日前から、太智の様子が明らかにおかしかった。普段なら朝一番に飛び起きては「じんちゃーん、おはよー!」と笑いながら抱きついてくるはずなのに、最近は静かにベッドから起き、目も合わせずにキッチンへ向かう。
仕事も、やたらとミスが増えた。
家事も、途中でぼうっとして止まってしまうことが何度かあった。
仁人は、そっと様子を見守っていたが、今夜ばかりは我慢できなかった。
「……なぁ太智、最近なんかあった?」
リビングの端で座り込む太智の前に、仁人がしゃがみ込む。
声をかけられても、太智はすぐには答えなかった。まるで、自分が何を言えばいいのか、それすらも見つからないみたいに。
けれど、やがてぽつりぽつりと声がこぼれた。
「なぁ、仁人……俺のこと、重いって思ってへん?」
仁人は驚いて、眉をひそめる。
「……は?」
太智は目を伏せたまま、仁人の手をぎゅっと握った。その手はかすかに震えている。
「ネットで見たんよ。『愛が重いと、相手に嫌われる』って。どこまでが好きで、どこからが重いんか……わからんなって……」
仁人は返す言葉を失った。
太智は唇を噛みしめて続ける。
「俺、仁人のこと、ずっと見てしまうし、ずっと一緒に居たくて……毎日抱きしめたくて……それが迷惑なんちゃうかって、どんどん不安になって……怖くて、しんどくて……」
声が震え、涙がにじみそうな目で仁人を見つめる。
「なぁ仁人、俺から離れんといて。嫌いにならんといて。ずっと一緒におってほしい……お願いやから……」
その声はあまりに必死で、あまりに弱々しくて、 普段の自信満々な太智の面影なんて一片も残っていなかった。
そんな太智を、仁人は初めて見た。
けれど、だからこそ。
仁人は迷わず、その手をしっかりと握り返した。 握った手は少し冷たかった。
「……太智、俺は絶対にお前から離れないから」
言いながら、太智の手を包むように両手でしっかりと握った。
「太智からの“好き”は、俺にとって“幸せ”に繋がってるよ。太智が俺を想ってくれること、全部、ちゃんと届いてるから」
「……じんちゃん……」
「愛が重いとか、そんなの関係ない。俺は、太智が太智のままでいてくれることが、一番嬉しいよ」
その言葉に、太智の目からすっと涙がこぼれた。 けれどそれは、苦しみから解放された証のようにも見えた。
仁人は太智をぎゅっと抱きしめた。胸に顔を埋めて泣く太智の背を優しく撫でながら、何度も何度も「大丈夫」と囁いた。
たとえ不安が押し寄せても、この手だけは離さない。 そう強く、仁人もまた心に誓っていた。
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