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side 大森
その日の収録は、いつもより少しだけ長かった。
音楽番組の特集企画で
バンドとして出演するだけじゃなく
個別コメントや写真撮影まで続いていた。
スタジオの照明は明るくて
カメラの前では自然とテンションも上がる。
僕はもともとフロントマンだ。
カメラが向けば笑うし、 誰とでも自然に話せる。
それが仕事。
でも、今日は少しだけ、調子に乗っていた。
収録の合間、若い男性スタッフが話しかけてきた。
「大森さん、ほんと顔綺麗ですよね」
突然の言葉に、僕は一瞬だけ目を瞬かせたけれど
すぐに柔らかく笑った。
「そう?」
軽く首を傾げる。
その仕草がまた、妙に中性的で
可愛いらしいと言われる。
スタッフは完全に照れている。
「いやほんと…アイドルみたいっていうか…」
僕はくすっと笑う。
そして、わざと少しだけ距離を近づける。
「ありがと」
完全に無意識……ではない。
その様子を、少し離れたところから
見ている二人がいることを、ちゃんと知っている。
涼ちゃんと若井は、機材の横に立って
その様子を見ていた。
涼ちゃんは表情こそ穏やかだけど、視線が少し鋭い。
若井は腕を組んで黙っている。
しばらくして。
僕が二人のもとへ戻ってくる。
いつもの顔。
でも、 どこか楽しそうにして。
「どうしたの?」
わざと聞く。
涼ちゃんが静かに言う。
「別に」
短い。
その返事で、僕は少し笑う。
(あ、怒ってる)
ちょっとだけ。
でも、それが面白い。
夜。
家に帰る頃には、外の空気もかなり冷えていた。
三人でリビングに入る。
上着を脱いで、ソファに座る。
静か。
少しだけ。
いつもより。
僕は真ん中に座りながら、ちらっと二人を見る。
涼ちゃんはスマホを触っているふり。
若井はキッチンで水を飲んでいる。
(絶対気にしてる)
その確信が、なぜか少し楽しい。
だから。
つい、言ってしまう。
「今日さ」
わざと軽い声。
「スタッフに可愛いって言われた」
沈黙。
数秒。
若井の手が止まる。
涼ちゃんの視線がゆっくり上がる。
「へえ」
涼ちゃんの声は穏やか。
でも。
ちょっと低い。
僕は笑う。
「そんな顔しなくても」
そして。
さらに余計な一言。
「え、なになに。もしかして嫉妬?笑」
その瞬間。
空気が変わる。
若井がゆっくり振り向く。
その目が、真っ直ぐ僕を見る。
逃げ場がない。
「……煽ってる?」
低い声。
僕は肩をすくめる。
「別に」
その態度。
完全に火に油。
涼ちゃんが立ち上がる。
ゆっくり。
僕の前に来る。
そして。
軽く顎を持ち上げる。
「元貴」
優しい声。
でも。
距離が近い。
「ほんとに分かってない?」
僕は少しだけ動揺する。
でも。
まだ引かない。
「な、なにが?」
その瞬間。
後ろから腕を掴まれる。
若井だ。
ソファに軽く押し倒される形になる。
「うわ」
完全に不意打ち。
逃げようとしたけど。
両側に人。
無理。
若井が僕を上から見下ろす。
距離がかなり近い。
「誰の前でそれ言ってるかわかってんの?」
低い声。
怒っているというより。
抑えていた感情が出ている。
僕の心臓が跳ねる。
涼ちゃんも隣に座る。
僕の手を取る。
「僕も」
静かに言う。
「結構嫉妬してるんだよ」
その言葉が予想外で。
方の顔が一気に赤くなる。
「え」
涼ちゃんが笑う。
「驚いた?」
そして。
耳元で小さく言う。
「ねぇ、わざとでしょ」
完全に見抜かれている。
僕は視線を逸らす。
「……ちょっと、」
若井がため息をつく。
でも。
どこか楽しそう。
「煽ったの誰」
僕は小さく言う。
「……僕、です、」
その瞬間。
涼ちゃんと若井が同時に笑う。
「正直」
涼ちゃんが髪を撫でる。
「可愛い」
若井も言う。
「だから困る」
僕は完全に逃げ場を失う。
でも、 心の奥では ちょっと嬉しい。
嫉妬されるのも。
こんなふうに近くにいるのも。
結局、三人の距離は 離れない。
むしろ。
もっと近くなるだけだった。