「なぁ、あの時何が有ったのか、それと、お嬢ちゃんの事詳しく聞かせてくれねぇか? 俺達でも力になれる事があるかもしれねぇだろ? 」
真っ直ぐなヴェインの瞳は一切の濁りも無く、傷ついた俺の心に寄り添ってくれようとしている。この腫《は》れ物《もの》に触《ふ》れるような内容であっても、正面から真っ直ぐに打《ぶ》つかって来れるのは、このヴェインを置いては居ないだろう。この辺り、カシューもグランドも彼に一任したのだと伺える。
俺はその真摯《しんし》な勇気と、真実を知ろうと云《い》う実直《じっちょく》な熱意にゆっくりと頷き口を開いた。奸賊《かんぞく》とも言える兵士を誅戮《ちゅうりく》した後に空から現れた得体の知れない存在と、その戦いの最中に訪れた巨大な龍によってエマが飲み込まれてしまった事を、語《かた》るに落《お》ちる事は無く、魔人と言う呼称《こしょう》は敢《あ》えて隠し打ち明けた。
「その、空から来たヤローは何者だったんだ? 」
「分からない。人に似た姿形だが人間では無かった。奴は行《い》き成《な》り襲って来たんだ、何処から現れて、何処から来たのかもわからない。俺が言えるのは、それだけだ」
巨大な龍は大勢にその姿を曝し、生き残った人に心的外傷《トラウマ》を残した。最早、隠し通せる筈もない。然《しか》し魔人のその存在は遠目で有り、周囲は炎の壁で阻《はば》まれていた関係上、姿形までははっきりと確認出来ていなかった。今後の起こり得る凡《あら》ゆる事象《じしょう》に懸念を示し、万が一を考慮し俺は詳細を明示《めいじ》しなかった。
「龍を呼びやがったのは、その化け物が? 」
「いや、エマがその人型の化け物に囚われ、魔法の槍の様な物で胸を突き刺されたんだ。その直後に巨大龍が降りて来て、何か語《かた》り部《べ》の様な言葉を吐いていたが、何を言っていたかまでは…… 」
「魔法ってマジかよ⁉ そんで、お嬢ちゃんは飲み込まれちまったと? 」
「あぁ、龍は急に現れた。まるで最初から闇に潜んでいたかのように。モヤッと真っ暗闇から出て来ると、俺と化け物は威嚇され身動きが出来なくなった。気付くと闇から爪が伸びて来て、エマを掴み飲み込んだ。その後は知っての通りだ」
「そうだったのか…… てっきりお嬢ちゃんは逃げ遅れて、爆発に巻き込まれたんだと思ってたからよぉ。真逆《まさか》そんな事になってたなんてな」
不意に部屋の扉が開くと厳しい表情をしたグランドが入って来た。
「その件についてだが、俺からも話があるんだ。ヴェイン悪いが誰も中に入れないように表に立っていてくれないか?」
「おぅ! 了解だぜ」
グランドの良弓難張《りょうきゅうなんちょう》には恐れ入る、多士済々《たしせいせい》ならばである。
「少し風を入れても構わないだろうか? 」
グランドは窓を開け、部屋から見渡せる中庭を見下ろし、少しため息を付くと、徐《おもむろ》に話し出した。
「先ずは貴殿も善《よ》くぞ生き延びられた。そして今回の件、我々一同大変感謝致す。繋《つな》いで頂いたこの命の重さを、我らは決して忘れない」
グランドは寝ている俺に対して敬意を払い深々と感謝の意を示した。
「何も成し得なかった俺に、頭を下げるのは止めてくれ」
その言葉を受けるとゆっくりと首《こうべ》を擡《もた》げ、万感胸《ばんかんむね》に迫る様相《ようそう》で俺に尋ねた。
「では、単刀直入にお聞かせ願う。エマ殿は本当に龍の腹の中に?」
「あぁ目の前で成す統べもなく、只《ただ》、見ているしかなかった…… 」
「そうか――――― 」
グランドは暫く想いに耽《ふけ》ると、その重い口を無理やり抉《こ》じ開けた。
「ならば此処から先は落ち着いて聞いて頂きたい」
グランドはゆっくりと窓際に歩み寄り中庭を瞠《みつ》めると、これから明かされる事実に念を押した。
「村は全壊だった。全て消し飛び跡形も無く、貴殿が屠《ほふ》った兵士の骸《むくろ》も、村人の屍《しかばね》の山も、全て溶けて灰すら残って無かった。しかし爆心地と思われる地点に出来た莫大《ばくだい》な質量衝突の痕跡、所謂《いわゆる》、巨大な円形に窪んだ《クレーター》地の中心点に一人だけ倒れてる人影があったんだ」
「真逆《まさか》―――――⁉ 」
「その真逆だ。遺体には左胸に大きな穴が開いた状態で発見され、残念だが既にもう…… 」
グランドは虚ろな瞳で続ける―――
「他の者達の遺体が、跡形も残さず消し飛んだ状況下に於いて、エマ殿だけが唯一発見され、その身体は胸部以外、外傷は無かった。これがどう言う事なのか、我々には遠く理解には及ばなかった」
「何故エマだけが―――⁉ 」
「分からない。そしてイスラール軍が事《こと》に早速疑念を抱き、検死の為、遺体を提供してくれと申し入れが有ったが、我々は難色を示し、彼女は大切な仲間で、我々を逃がす為に勇敢に命を賭《と》して巨大龍と戦ってくれた人物だからと断固として拒否した」
「今エマは何処に? 」
「貴殿方の信教《しんきょう》が不明であった為、我々が丁重に無宗派の外人墓地に埋葬させて頂いた。砦の西丘の墓地で今は安らかに……。故郷に連れて帰りたいのならば言って頂きたい、その時は何を置いてでも手伝わせて頂く」
「―――そうか、手間を掛けたな…… すまなかった」
「いや、我々が貴殿に返せるものは、これ位しかないのでな。申し訳ない。それと…… 」
グランドは木製の椅子に浅く腰掛け、前踣《まえのめ》りに両膝に肘を着き掌《たなうら》を組むと慎重に言葉を選んだ。
「これは必ず念頭に置いて頂きたい。エマ殿は未だ失われても尚、狙われてると言う事だ。死者を冒涜する事は許されない。だがそれと同時に、先進医療を目指すこの国にとっては貴重な研究資料《サンプル》である事にも変わりない。これは忠告だが、貴殿は出来るだけ早く、そして彼女を連れて此処を立った方がいい」
「なっ⁉ 俺達を研究資料扱いする可能性が有ると? そんな……。そんな事させて堪るか、医学の発展の為とはいえ、断じてエマをそんな事には利用させない。あぁ分かった、良く分った。俺達が置かれている現状は確かに理解した。身体が動くようになったら、直ぐにでも出立させてもらおう。大切なエマを奴等の手に渡す訳には行かない。忠告感謝する」
⦅諦める気もありませんからね…… ⦆
(あの医者はこの事を言っていたのか)
―――安らかに眠らせても貰えないのか……
(俺達は……)
「それとこちらの軍部には、あの化け物の存在は報告もしていない。十字軍が自民を虐殺する最中、龍が現れたとだけ伝えた。痕跡一つ残されては居なかったし、全ては龍の仕業と言う事にしてある。まぁこちら側にしてみれば、敵の領土内で起きた事件に過ぎないからな、しつこくは尋問されはしないだろう。貴殿には何か抱えてる物がありそうだが、我々もそれを迂濶《うっかり》聞こうとも思わない。話すべき時が来たら我等に話して頂きたい。きっと力になれるはずだ」
「あぁ、その時はきっと頼らせて貰う」
兵站《へいたん》に要する施設が完備された要砦《ようさい》。ラングラット砦。別名、防衛要砦線都市。都市と呼ぶには人口約5万と少なくは有るが。大体が砦に従事する軍人の家族であり身内だったりが近くに移り住むようになり発展した要塞の街である。街には武器屋や商店、飯屋を兼ねた酒場なんてのもある。
現在はイスラール、カルマ両国共に慌ただしい動きこそないが、いざ開戦となれば此処は戦闘の最前線となる。その為砦には防衛設備が充実しており、イスラールが此処を如何《いか》に重要拠点としているのかがその配備された大型の重兵器の数々で理解することができ、トルメキア半島攻略に立ち塞がる唯一の砦であった。
砦の幕壁から外側に突出した側防塔《そくぼうとう》には弩兵《どへい》と小型の投石器《カタパルト》が配備され、主軸部の防壁の上部には据え置き式の大型弩砲《バリスタ》と大砲が攻寄《せめよ》る脅威に対して静かな威嚇を表している。一段引き後ろに下がった位置には超大型の平衡錘投石機《へいこうすいとうせきき》が設置されており、長距離での攻撃も可能としている。
ギアラは自由奔放に俺の病室と廊下を散歩する余り、出入りする侍女と度々衝突事故を起こすが故、最近では病室の中庭に住まいを与えられ放たれ、子供達の良い遊具となっている。たまに俺の部屋に来るとニャウニャウと立派な愚痴を溢《こぼ》すようになっていた。
「ゴハンはうまいれすけど、おひげはひっぱったらダメなのれす」
大きな子猫がプンプンと臍《へそ》を曲げてる。
「痛かったなごめんな、もう少し我慢してくれるか?何とか早く良くなって此処を出るつもりだから」
「はやくシテほしいのれす、しっぽをマモるので、せいいっぱいなのれす。とられるマエにカクすれす」
―――尻尾捕られちゃう? 何処に隠すのさ……。
(賢くなってる? の…… かな? )
ベッドの淵《ふち》に背を預け、大股を堂々と開き何処《どこ》ぞをぺろぺろと顔を突っ込んでいる。
「これはシゴトなのれす、こういうシゴトもあるのれす、さぼるとくちゃいのれす」
「お仕事ご苦労様です。綺麗にお願いしますね」
「まかせろなのれす」
窃鈇之疑《せっぷのぎ》は闇夜を更に黑くする。言うも愚か悪しき恒例許すまじ。押し隠すが故に愚行が迫り夜もすがら、往交《ゆきか》う星にただ君想ふ。
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