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「とりっく・おあ・とりーとー!!」
「お菓子をくれなきゃ、イタズラするぞ!!」
夜の公都『ヤマト』で―――
子供たちの元気な声があちこちで上がる。
人間だけではなく、獣人族・ラミア族……
人の姿になった魔狼にワイバーンが混じり、
子供たちだけで五・六人ずつ、夜の公都を
練り歩く。
そこに大人が一人、護衛と見張りを兼ねて同行し、
そんな集団が家々を回っていた。
「シンおじさんー!!
とりっく・おあ・とりーとー!!」
西側の新規開拓地区の我が家にやってきた
子供たちに、家族で対応し、
「はいはい。何かなー」
「お菓子をくれたらイタズラします!!」
まだよく覚えていないのだろう。
その言葉に、アジアン系の顔立ちの妻と、
西洋モデルのような外見の妻二人はプッと
笑って、
「それじゃ、こっちがお菓子あげる意味
ないじゃん」
「『お菓子をくれなきゃ』、じゃ。
もう一回言ってごらん?」
笑いをこらえる保護者の前で、子供たちは
赤面しながら、
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!!」
「するぞー!!」
翼を付けた獣人族の男の子と、
ケモ耳を付けたラミア族の女の子が、
言い直して大きく声を出す。
そしてバサバサと―――
本物の翼で飛んでいる亜人がもう一人。
「あはははは、面白ーい!
これでお菓子もらえるなんて」
この子は、両腕が羽となっているハーピーの
子供だ。
しかしやはりというか、飛ぶにしては翼のサイズが
合わない。
物理的に飛んでいるのではなく、魔力か魔法を
補助にして『浮かんでいる』感じ。
そしてコスプレ、もとい仮装はというと……
その下半身にズボンのように細長い袋を
履いている。
その袋には蛇状の模様がついており―――
つまり、ラミア族を模しているのだ。
飛べる種族に取って、足は多少不便になっても
良いので、主にハーピーたちがそうしている。
また、幼くまだ人の姿になれないドラゴンの
ラッチや、ワイバーンの子供たちは……
抱っこされながらそれを履く、という形に
落ち着いていた。
「じゃあ、お菓子ね」
「ありがとー!」
「やったー!!」
一人ずつ、用意してあったお菓子袋を手にして
喜んで去っていく。
(ハーピーの子の分は、首にかけるような袋に
しておいた)
中身はみんな同じだが……
・干し柿
・木の器に入ったプリン
・葛餅
・フルーツをコーティングしたアメ
そして『クッキー』である。
実はクッキー自体は携帯食として、この世界にも
普通にあった。
ただあくまでも長持ちする保存食としての扱いで、
味の無い、水で溶いた小麦粉をただ焼いたもの、
というのが率直な感想。
しかし今は卵もメープルシロップも量産され……
そして牛や山羊の乳も手に入った事で、
今回のお祭りを機に、甘いクッキーと
ミルククッキー、さらにバタークッキーまで
作る事にしたのだ。
さらに普通のクッキーにジャムを挟んでと、
『お菓子』として種類と用途が広がったのである。
「でもシン、災難だったよねー」
「ハーピーの子供たちも参加するようになったのは
良かったがのう」
メルとアルテリーゼが、子供たちを見送りながら
一息つく。
あの後……
いきなり私がいなくなったものだから、
公都ではちょっとした騒ぎとなり、
メルとアルテリーゼを中心として、救出部隊が
組まれかけていた時―――
氷精霊様が先に帰ってきて、事情を説明。
突然、風精霊様に連れ去られた事、
ハーピーたちを呼びに行ったところ、巨大なクモに
襲われており、彼女たちを救出した事……
それで一応、風精霊様にも厳重注意はいったが、
そのおかげでハーピーたちに犠牲者が出る前に
助けられた事、またサミットで他種族に寛容な
方針を打ち出しており、結果的にその後押しを
する事になったとの事で―――
『今後は一言、他の精霊か人間に報告してから』
という約束をして、一段落ついた。
当人は『ごめんねー?』の一言で済ませて
いるので、多分気に留めてはいないだろうけど。
とにかく、そこでハーピーの子供たちも加わり……
一週間後こうして、『ハロウィン』が開かれる
運びとなったのである。
「そういえば、精霊様たちは?」
メルが話を振って来る。
ウチに来た中に、彼らの姿が見えない事に
気付いたのだろう。
「聞いてなかったのかや?
『ハロウィン』の代表として―――
ラッチやレム、魔王・マギアと共に、
有力者の邸宅や施設を回っておる」
アルテリーゼの言う通り……
土精霊様を始めとした、氷精霊様・風精霊様は、
ラッチ、レム、魔王・マギア様と―――
さらにそれぞれの種族の代表者と共に、
各所を順に訪問していた。
『ハロウィン』というイベントを、大々的に
知らしめるためと……
その目玉としてである。
言うまでもなく、精霊様三人組とマギア様は、
美少年美少女であり―――
それが大浴場を始めとして、飲食店やこの西地区の
王族専用施設、そして各貴族の屋敷に顔を出す。
特にこの西地区は、すでに一線を退いた年配の
貴族や、後継に後を譲った豪商が多く、
そこに孫のような年齢(と外見)の彼らを
寄越して、このお祭りに賛同してもらうという
狙いもあった。
「そーいえばそうだっけ。
でも何でそんな事を?」
「まあ要は―――
亜人や他種族に対して、印象を良くする事と、
貴族様やお金持ちを取り込んで、王都でも
これをやる気運を高めたい、ってところかな」
そう。次の目標は王都・フォルロワで、
『ハロウィン』を行う事。
それも、あちらにある児童預かり所も巻き込んで。
そこで孤児のイメージアップを図り……
言い方はアレだが、可愛いコスプレをして
アピールすれば、引き取ってくれる人も現れるかも
しれない。
そのためにも―――
大々的に『ハロウィン』を行うためにも、
スポンサー様は必須なのである。
もちろん私もお金は出すが、賛同者が増えるに
越したことはないからなあ。
「そだねー。
王都でやれば、大きなお祭りになるだろうし」
「子供たちも喜んでおるし―――
我らからも見ても、こうしていろいろな
可愛い格好をしている子供たちを見るのは
楽しいものだ」
妻二人が賛同する中、また子供たちの声が
近付いて来て、
「とりっく・おあ・とりーとー!!」
「お菓子をくれても、イタズラするぞー!!」
何でそうなる。
どうしてもイタズラしたいのか。
私たちは苦笑しながら手を振って彼らを迎え入れ、
「だからそれじゃダメだって」
「『お菓子をくれなきゃ』、だよー」
「ちゃんと言ってみるがいい、ほれ」
こうして、訪問してくる子供たちの相手を
し続け……
公都の夜は更けていった。
「でー!! そんな面白い事があったなんて!
何で私のいない時にー!!」
翌日―――
『ハロウィン』のイベントが無事終わり、
その反応や評判を聞くために冒険者ギルド支部へ
向かったのだが、
そこで見知った人物と再会する事になった。
エルフのような長い耳、白と金の中間の色をした
長髪……彼女は―――
「フィリシュタさん?
それにマギア様まで」
魔界王『フィリシュタ』と……
ベージュのような薄い黄色の巻き毛の少年、
魔王・マギア様が対峙して座り、
その対角線上にジャンさんが―――
背後にレイド夫妻が、
マギア様の後ろには同じ魔族である、
イスティールさん・オルディラさんが
直立不動の姿勢で待機していた。
「おー、シン。
お久しぶりでっす」
「お久しぶりです。
しかし、どうしてこちらへ?」
まずは用件を聞く。
すると、パープルの色をした、外ハネ・
ミディアムボブを持つイスティールさんが、
「同じ魔族である我々や、地上と交易出来る
物の選定が終わったので、来たとの事です」
「ですが、その~……」
フィリシュタさんと同じ長い耳を持つ、
褐色肌・長い白髪を持つオルディラさんが続くが、
歯切れが悪く言葉が止まる。
「??
何かマズい物でも持ってきてしまったとか」
「あー、たいした事ないんだけどぉ~。
ちょっと魔界で内乱が起きちゃって☆」
魔界王の言葉に、私は目が点になる。
それを聞いていた筋肉質のアラフィフの男が、
頭をガシガシとかきながら、
「お前さんよぉ、魔界は確か―――
『徹底した実力主義だし、上の言う事には
絶対逆らわない』
とか言ってなかったか?」
「そーなんだけど、地上で負けちゃったって
ついポロッとしゃべっちゃったらさ。
一斉に蜂起してきやがって。
その都度ボコって大人しくさせているけど、
もうメンドー」
その問いに彼女はさらりと答える。
「恐らくだが―――
『魔界王が負けた』という情報だけが先走り、
それが混乱に拍車をかけているのだろう。
『次の魔界王は』『今の魔界王を倒せば』、
それらが混同され、滅茶苦茶になっていると
想定する」
マギア様が、深いため息と共に語る。
「実力主義が、質が悪い方向に行っちゃってる
感じッスね」
「今の魔界王であるフィリシュタさんが健在という
事に、疑問は持たないんでしょうか」
陽キャ風の褐色肌の青年と、タヌキ顔の丸眼鏡の
彼の妻が、呆れるように続け、
「そんな連中なら―――」
「わたくしどもも、こうまで苦労は
しておりません」
フィリシュタさんと同族・同性である二人が
吐き捨てるように語る。
「とゆーわけだからさ。
シンが新たに魔界王として魔界に行けば、
うまく収まると思うんだけど」
「何で私が!?」
さも当然のように言われ、即座に反発する。
「いやだって、私を倒したのはシンですし?」
「倒したっていうんですか、アレ」
私が困惑していると、マギア様が片手を挙げて、
「シン殿は脅威を撃退したに過ぎん。
……確かに、シン殿が魔界へ向かえば八方
丸く収まるかも知れぬが」
「そうですね。
ちょうどノイクリフもグラキノスも、
地上の領地に戻っている今は……」
「たいていの問題は―――
シンさんがいれば、まあ」
イスティールさんとオルディラさんが追随する。
「そういえば今、あの2人は本国に帰って
いるんだったか」
「ユラン国と最恵国待遇を結んだゆえ、
それなりの地位の者が領地に戻らねば
ならなかったのだ。
冬の間はあまり動きが無いと踏んでいたのだが」
新たに国交を結んだユラン国との取引きのため、
幹部クラス、そして事務処理、さらに万が一の時
軍事支援も出来る彼らは、一時帰国していた。
イスティールさんとオルディラさんは、
魔王・マギア様の護衛兼お世話役で公都に
残ってはいるが……
そんな二人が戦闘に出向く事が出来るわけもなく。
「……ちなみに、どんな勢力が反乱を起こして
いるんですか?」
「大まかに分けて3つくらいかな?
名前はよー覚えてないけど、うっとうしいと
いうかしつこいのはそれくらい。
何度追い返しても、代わる代わるやって
くるんだもん」
勢力は三つ……か。
だとするとその首謀者も三名くらいと見て
いいのかな?
「その勢力のボスというか、トップはそんなに
強いんですか?」
「そこそこ?
1対1なら余裕だけど、もし手でも組んで
来られたら―――」
ごくり、と室内に緊張した空気が流れるが、
「3人いっぺんに来られたら……
さすがの私でも、手加減は出来ないと思うわー」
そこで肩の力が抜ける。
同時にわかったのは、一応気を使って手加減は
しているらしく、
そこは現役である『魔界王』の矜持でも
あるのだろう。
「しかし3対1、か……
公都でやっている模擬戦みたいに、
そいつらとだけ決着つけられりゃいいんだが」
ギルド長がボソッ、とつぶやくと、
「ん? 何その模擬戦っていうの」
「ああ、イスティールやノイクリフもやった事が
あるのだが―――」
フィリシュタさんの問いにマギア様が答え、
そこでギルドメンバー含め、具体的に説明する
事になった。
「ほー、へー、そりゃ面白い。
でももし3対3でやるとして……
私とシンと、後1人は誰が?」
やや興奮気味の魔界王が話を詰める。
ていうか、何で私がやる前提なんですかね?
「そりゃ俺だろう」
当然のように、ジャンさんが胸を張る。
「いや、魔界に行くんですよ?」
私の指摘に、ギルド長はあからさまに
不満な顔をして、
「だってよぉ、この前のハイ・ローキュストとの
防衛戦だって、俺だけ留守番だったし」
「子供ッスか!
公都を守るために残ってもらったんでしょうに」
次期ギルド長のレイド君が現役をたしなめ、
「いい加減、落ち着いてください。
いくらゴールドクラスとはいえ、もう若くは
無いんですからね」
「うっ」
ミリアさんの言葉に彼はひるむ。
特に彼女は父親を心配する娘のような感じだし、
反発はし辛いのだろう。
「だが、魔族は国際会議で各国と同盟を結んだ。
それが内部に火種を抱えている、という状況は
好ましくない」
魔族代表として、マギア様が懸念を口にする。
魔王は続けて、
「だから、シン殿とジャンドゥ殿が出向いて
頂ければ、これほど心強い事は無いのだが」
外見は小学校低学年のような少年から
助け船を出され―――
ギルド長の顔はパアッと明るくなる。
こう言っては何だけど……
ある意味戦闘中毒者だよな、ジャンさん。
「……まあ、俺もギルド長が負けるとは
思わないッスけど」
「ほどほどにして、帰ってきてくださいね。
ケガでもしたら子供たちが泣きますよ?」
父親の道楽を諫めるのを諦めた、息子と娘の
ように―――
レイド夫妻がしぶしぶ認めると、
「おう、わかった!
じゃあ魔界王とやら、その3派?
3人? の事を詳しく教えてくれ」
許可が出て、ノリノリになったジャンさんを
交え……
魔界の状況と相手について、情報共有を
行う事になった。
「ふーん。
今度は魔界へ行くんだ?」
「泊りか?
それとも日帰りかの?」
「ピュッ?」
屋敷に戻って家族に報告すると―――
まるでどこかへ仕事で出張でもするかのような
感覚で受け答えが行われる。
「まあ、相手あっての事だから。
まず先にフィリシュタさんが戻って、
その3人と話を付けてくるらしいけど」
私としても、無駄にケガ人や犠牲者が出るのは
避けたい。
「私たちは?
ついてっちゃダメなの?」
「あくまでも3対3、というところに
落とし込むらしいから。
下手に人数連れて行くと、向こうがどう
解釈するかわからないし」
『んー』『むう』という反応が妻たちから
返ってきて、
「まー、シンなら何も問題無いとは
思うけどねー」
「ぱっぱと済ませて帰ってくるがよい」
「ピュー」
と、全く緊張感の無い会話で、その話題は
一段落し、
「それで、ハロウィンの反応は?」
冒険者ギルドでも聞いてきたが―――
メルとアルテリーゼにもたずねてみる。
「あー! そーそー!
『代表組』、すごい人気だったらしいよ」
「女性冒険者や職員、公都の女性陣が、
気合いを入れて『化けさせた』らしいからのう。
特に少年たちを……
我もメルも打ち合わせの時にチラと
見かけたが、それはもう絶世の美少女で
あったぞ?」
それ、女装させたという事か?
確かに仮装という範囲ではあると思うけど。
「……当人が許可してあれば問題無いけど。
どんな感じだったのかな」
妻二人はなぜか鼻息荒く話し始め、
「まず獣人族のイリス君でしょー。
留学組の女の子たちも手伝ったんだって!
あと魔狼のジーク君も!
魔王・マギア様も、イスティールさんと
オルディラさんが」
「ワイバーンのムサシ君は、アンナ嬢に
いいように化粧されていたのう。
それとラミア族の男の子とか、
児童預かり所の年少組も―――
まあバランスを取るためか、女の子の方は
男の子の格好をしていたがの。
こう言っては何だが、あの『代表組』の中で
一番地味だったのは……
ラッチとレムじゃった」
「ピュ~」
ドラゴンとゴーレムが目立たなかったって……
いったいどんなパーティーだったんだか。
「でも、中でもダントツだったのは―――
土精霊様と風精霊様かな、やっぱり」
「誰がどう見ても、あれは男には見えないで
あろうのう」
まあ確かにあの二人は……
ってちょっと待って。風精霊様?
「風精霊様って―――
男の子、だったっけ?」
すると嫁二人は顔を見合わせ、
「え? 違うの?」
「確かに、問い質してはおらんが」
「ピュ?」
いや、あれ?
でも以前、ノルト・ダシュト侯爵様に……?
「どしたの、シン?」
メルが私の顔をのぞき込む。
「この前、ルイーズ様がノルト様の相手として、
『ねーねー、風精霊さん。
ウチの子なんてどうかしら?』
って言ってたんだけど」
今度はアルテリーゼがその話に食いつき、
「ほおほお、それでそれで?」
「で、風精霊様は―――
『まあ悪くないかな?』
って……
それでてっきり、女の子なのかと」
(■123話 はじめての まかいおう参照)
それを聞いた妻たちは、
「そりゃーお母さんの聞き方が悪いかなー。
だって、『ウチの子なんてどうかしら?』
でしょ?
嫁に来て、でも婿としてどう?
でもないんだしー」
「まあ相手が男でも女でも―――
精霊に取って、問題では無いのかも知れぬが」
ダシュト侯爵家に取っては大問題です。
お家断絶が確定するんだから。
「いや、それ以前に同性ってどうなのという
問題もあるが……
それにもし当人たちがそれでもいいって
言っても、後継ぎはノルト様1人だけだから。
風精霊様が男だったら、彼の代で侯爵家が
無くなるよ」
「あらー」
「そりゃちょっとマズいのう」
「ピュー」
私の説明に、家族もさすがに深刻な事態なのだと
理解する。
そして流れは、魔界へ行ってどうこうよりも―――
風精霊様の性別について、どうやって確認するかで
話し合いが行われた。
「じゃー、行ってくるぜ」
「長くなりそうだったら、いったん戻って
報告しに来ますので」
三日後―――
私とジャンさんは、公都『ヤマト』、西側地区の
南側……
貝や魚、卵用の魔物鳥『プルラン』を飼育する
エリアにして、『魔界』とのゲートが設置されて
いる、綿花畑へとやって来ていた。
フィリシュタさんが一度魔界へと戻り、
魔界王の座を狙う三派の長と、三対三の勝負で
決着を付けようと提案。
面子もあるからか、三人の長はそれを受け入れた。
そして彼女から相手となるそれぞれの情報を共有。
剣や斧といった武器を持ち、接近戦を得意とする
アーゴード。
遠距離・広範囲魔法を得意とするメレニア。
格闘と魔法を織り交ぜて使う魔法剣士タイプの
ジアネル。
彼らが、主な反乱の首謀者であり―――
『それでだな、模擬戦の事を話してみたのだが、
専用の領域を用意するとの事で―――』
彼女が持ち帰った話によると、三対三の勝負形式を
了承、そして舞台となる場所・施設はあちらが
指定・用意するとの事だった。
「では行くとするかー」
フィリシュタさんが、まるで買い物にでも
出掛けるかのような気軽さで話すと、
「鉱石をいくつか、あと何でもいいですから
追加で持ち帰ってきてください!」
「ヴォルドさんにも鑑定してもらいましたが、
さすが魔界……!
珍しい物がめじろ押しでウヘヘヘヘ……♪」
目の色を変えたパック夫妻がそこにいた。
魔界から持ってきた交易用の品を、ヴォルドさんと
一緒に調べてもらっていたのだが―――
夫妻で純白の長髪を持つ、美男美女の姿は
そこには見られず、マッドサイエンティストの
男女が新たな研究対象を欲していた。
「おち」
「つけ」
「ピュ」
それをメルとアルテリーゼが羽交い絞めにし、
取り押さえる。
「じゃ、じゃあ行ってきます」
私とギルド長、フィリシュタさんは―――
『ゲート』の中に足を進めた。
「おう、来たか」
「しかし人間と組むとは……
『魔界王』様とやらも、ヤキが回ったかねぇ?
しかも1人は、ほとんど魔力が感じられない
ほどの弱さだし」
巨大な斧を片手に持ち、弁慶のように多種多様な
武器を背中に背負う、鎧姿の魔族と、
それとは対照的に、いかにも魔術師といった
フード付きのローブをまとう魔族が出迎える。
鎧姿の魔族は事前情報にあったアーゴード、
フードの方はメレニアか。
「条件は合意したはずだ。
今さら異論を唱えるな」
他の二人を制し、細身の女性騎士といった体の
魔族が続く。
恐らくこの人が、魔法剣士タイプの
ジアネルだろう。
「ハッハッハ!
この3人が魔界の三頑固か」
「あぁ?」
「人間ごときに、調子に乗られては困るん
だけどねぇ?」
ジャンさんが笑い飛ばすと即座に二人は
反応するが、ジアネルは気にも留めず、
「しかし、そちらこそ本当に良いのだな?
我らの提示した条件で―――」
と、フィリシュタさんに念を押す。
「いーよー。
どんな罠でも仕掛けでもやって見せて。
むしろそれを全て見破り、利用し、叩き潰して
見せるのが―――
『魔界王』の流儀ってものよ♪」
彼女の言葉に、魔族の三人がたじろぐ。
やはりこの人が、圧倒的な実力を持つのだと
いう事を実感する。
そしてあちらにしてみれば―――
用意した場へ乗り込み、返り討ちにしてやるという
宣言。
それに対し反発すら出来ない事が、力関係を
物語っていた。
「……っ、で、では参りましょう」
ジアネルがようやく口を開くと、その姿は
用意してあった別の『ゲート』へと消えた。
「ほお」
「建物の中……ですかね。
こうして見ると、人間の世界とあまり
変わらないような」
私とギルド長は、案内された先の施設を見回し、
感想を漏らす。
パルテノン神殿のような、巨大な石柱。
ちょっとした体育館くらいの大きさの室内で―――
ただ、壁に開いた四角い穴から見える景色は、
かなりの高度を飛んでいる事を推測させる。
「浮遊城、か。
良き決着の場だ。
思う存分やれるって事よねえ?」
フィリシュタさんが、あちら側に集まった
三人に視線を向け―――
ジアネルを中心に、アーゴード、メレニアが
両脇で身構える。
「オイ、本当に大丈夫なんだろうな?」
「ここに誘い込んだ時点で勝ちは確定している。
『魔界王』が条件を承諾してくれて助かったよ」
「フン、なら少しは遊んでいいかねぇ?」
すると、フード付きの男と、巨大な斧を手にした
鎧姿の魔族がずい、と前へ出てきた。
「好きにしろ。もう勝負はついている。
ただ、危なくなったら容赦なくアレを
発動させるからな」
ジアネルが呆れるようにつぶやくと、二人が
こちらへ向かって駆け出した。
「おう、姉ちゃん。
あの斧男、俺がもらっていいか?」
「そう?
じゃあ、私はメレニアを頂くわね」
ジャンさんとフィリシュタさんが呼応するかの
ように、向かっていき……
遠くにそれぞれ、私とジアネルが残される。
そして―――戦闘が開始された。
「ぐははははは!!
人間のクセにやるじゃねぇか!!
しかも俺様と同じ『武器特化魔法』とは!
お前、この戦いが終わったら俺のところへ来い!
お前ほどの強者なら大歓迎だ!!」
物理法則を無視したような連撃を続けながら、
アーゴードはギルド長をスカウトする。
「そう言うてめぇもなかなかヤルねぇ。
出来れば、10年前に戦いたかったぜ。
あーいや、ダメだな。
今よりもっと未熟そうだし」
挑発するように返すジャンさんに対し、
アーゴードはピタリを攻撃を止め、
「ハッ、ハァ……
未熟、だあ? 俺様、が?」
「おうよ。俺とてめぇの状況を見てみろ。
どっちが汗をかいている?
どっちが呼吸が荒い?
どっちが体力を消耗している?
動きに無駄があり過ぎんだよ、てめぇは」
「ほざけぇえええ!!」
剣筋、いや斧筋といったところか。
それを全く無視した猛スピードの斬撃が、
再びギルド長に向かって襲い掛かった。
「ふうっ、はあ……
やりますねえ、この『全天候魔法』を持つ
私が、遠距離戦で互角とはねぇ」
一方、あっちはあっちで……
雷やら吹雪やら輝いたり寒くなったりで、騒がしい
戦いが繰り広げられていた。
「互角?
メレニア、本当にそう思ってる?」
不敵な笑みを浮かべてフィリシュタさんは返す。
「何を言っているんですかねぇ?
現に、こうして―――」
「バカ言っているんじゃないわ。
私の方がよっぽど苦労しているわよ。
あなたが魔法を撃つ度に―――
それと同じ魔法・魔力で相殺しているのが
わからないの?」
彼女の言葉と同時に、メレニアがひるむ。
魔力ゼロで、かつそれがわからない私には
わからないが、恐らく膨大な魔力を全開に
している……
そんな威圧感がフィリシュタさんにはあった。
「いい加減にしろ、2人とも!
もう発動させるぞ!!」
ジアネルの声に、鎧とフードの魔族は振り返り、
「チッ!
わかった!」
「こうまで実力差があるとは思いません
でしたねぇ。
あとはお任せしますよ」
そこでいったん距離を取る。
「オイオイ、逃げるなよ。
遊んでくれるんじゃねーのかあ?」
「そうそう♪
どんな罠か知らないけど、それごと……
ぐっ!?」
追撃をかけようとしたジャンさんと
フィリシュタさんの動きが、一時停止の
ように止まる。
まさか、麻痺魔法や何らかの毒!?
でも自分にはこれといった異常は無い。
何かを仕掛けたであろう、ジアネルの方へ
視線を送ると、
「あなた方はもう―――
わたくしの策に落ちている。
絶対に我々に戦意や敵意は向けられない。
そう、『一方的抑止』……
わたくしの魔力だけでは不安だったが、
方々に設置した魔導具のおかげで、何とか
なった。
この条件に同意してくれて、感謝するよ」
なるほど。
この領域をわざわざ用意したのは、そのためでも
あったのか。
確かに、戦う時には何も考えず―――
というわけにはいかないものなあ。
もしこのままなら、決着はついていただろう。
私がいなければ。
「相手から戦意や敵意を奪う……
そんな魔法や魔導具など
・・・・・
あり得ない」
私がつぶやくや否や、ギルド長は空中へと
身をひるがえし、
「うおあっ!?」
アーゴードに一撃を加え、かろうじて防いだ彼は
その場に片膝をつき、そしてジャンさんはその
反動を利用して、また後方へ距離を取る。
次いでフィリシュタさんの雷撃が彼らを襲い、
魔族三人は逃げ惑い―――
「ななっ!?」
「ジアネル、どういう事ですかねぇ!?
まだ攻撃してくるんですが!?」
まあ、あちらさんも―――
魔法や魔導具が無効化されているとは
思うまいて。
「く……っ!!
わ、『一方的抑止』!
『一方的抑止』!!」
そうとも知らず、ジアネルは先ほどの魔法を
連発する。
何かもう、哀れに思えてきたな……
「おう、どうするシン」
「このまま決着をつけてもいい?」
何でか二人が私に意見を求めて来る。
まあ確かにこのままでも勝負はつくだろうけど。
「ん~……
そうだ、フィリシュタさん。
空を飛ぶ事って出来ます?」
私の質問に、彼女はドラゴンのような翼をバサッと
広げ、
「可能だが?」
そこでギルド長にも顔を向けて、
「こういうのはどうでしょうか」
と、ある提案をしてみた。
「な、なんでぇ。
動きが止まったぞ?」
「やっと効いてきたんですかねぇ?
確かに、さっきも攻撃は一瞬止まったような
気がしましたが……」
「う、うかつに近付くな。
今は様子見を―――」
アーゴード、メレニア、ジアネルがうろたえる
その前で―――
ジャンさんとフィリシュタさんは行動を開始した。
「へ?」
「何やってんですかねぇ?」
「そんな事をして、何の意味が」
二人がし始めたのは―――
方々に立っている、石柱を攻撃する事だ。
彼らはしばらくそれを茫然と眺めていたが、
「わ、我々に攻撃出来なくなったので、
腹いせに石柱を?
では、『一方的抑止』は効いているという事か?
それなら―――って、え?」
地響きが起こり、パラパラと天井から欠片が
落下してくる。
「あ、あり、えない……!
この浮遊城も、あの石柱も―――
強度は我らの戦いに耐えられるように
造ってあるのだぞ!
そ、それを破壊したら」
彼らの見ている前で、一本、また一本と石柱は
崩れていき、
当然の結果として、天井は落下を始め―――
「てめぇらへの攻撃が封じられても」
「建物は関係ないもんねー♪」
ギルド長と魔界王は意地悪そうに笑った後、
フィリシュタさんは両手に私とジャンさんを抱え、
「じゃーねー!」
そう言うと、そのまま外へつながる窓状の
四角い穴から、大空へと脱出した。
「どど、どうするんだよ!」
「私たちも早く脱出……!」
「ここ、こんなあああっ!!」
混乱と自失に陥る三人。
外から見ていると、浮遊城は傾き始め―――
そしてゆっくりと落下していった。
「あー……
もし本当に敵意を封じられたとしても、
解決出来る方法を試しただけなのですが。
あの3人、大丈夫かな」
片手で抱えられながら、彼らの安否を
心配していると、
「大丈夫よ、彼らは仮にも魔族の実力者だもの。
この程度で死ぬ事は無いわ。
そのうち何食わぬ顔して現れるわよ」
「それはそれで何か鬱陶しいなあ」
魔界王とギルド長の話を聞きながら―――
私はただ、墜落していく浮遊城を見送った。