テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「おー、『くりーむ』はやっぱイイネー!
甘くてふわふわしている……♪」
「動物の乳から作ったものだというが、
こんな味覚があったのだな」
白い輝きを持つ長い金髪の、エルフのような
外見を持つ女性と―――
女性騎士といった体の魔法剣士タイプの魔族が、
クリームにフルーツを混ぜたスイーツを堪能する。
「この『ちゃーはん』とやらも絶品ですねぇ?
見たところ穀物のようですが」
「うめぇえええ!!
『串かつ』に、タルタルソースの組み合わせは
最強だ!!」
同じ席でフードを脱いだ、貧相な体付きの……
いかにも魔法使いタイプと言った男と、
ゴツい鎧姿で兜だけを外した、スキンヘッドの
大男が豪快に串についた食材を頬張っていた。
結局、あの浮遊城を墜落させた後―――
対戦相手であるジアネル・アーゴード、メレニアは
何とか地面に落ちる寸前で脱出。
『敗北』を認め……
改めて魔界王フィリシュタさんに、忠誠を誓う
運びとなった。
そして和解の証として、フィリシュタさんの
お城で宴を催す事になったのだが―――
「……シン殿、ずいぶんとその―――
張り切っていたように見えましたが」
魔王・マギア様が、そのベージュの短髪を
持ち上げるように見上げてくる。
実際、この異世界についてから、料理や
文化レベルの差は感じていたが……
それでも、オーブンや蒸し器に似たものは
あったし―――
貴族や豪商ともなれば、それなりに調理方法は
地球のそれと大差はなかった。
そこに来て魔界。
コンロのような魔導具も、鍋やフライパンのような
ものもあるのに、
「まあ、お城であれじゃね」
「調理方法―――
煮る、焼く、終わり。
味付け―――
塩、終わり。
いくら何でものう」
「ピュイッ!」
メルとアルテリーゼ、ラッチが私の気持ちを
代弁する。
魔族の三派閥のトップとの決着後、
いったん公都『ヤマト』へ戻り報告。
和解の宴の準備に、彼女たちに手伝いとして
来てもらったのだが―――
その料理レベルの大雑把さに唖然とした。
まあ、魔法・魔力前提のこの世界……
その究極進化版ともいえる魔界で、
地上より魔法に頼らない技術が発達しているとは
思っていなかったが、
「パンすら無い、というのはなあ。
さすがに予想してなかった」
同じ黒髪の、アジアン系と西洋風の妻が、
苦笑で返して来る。
「私どもは、地上に降りて久しいですが」
「質より量!
という世界でしたからね……」
同じ魔族である、イスティールさんと
オルディラさんが、申し訳なさそうに語り、
「まあそう言うな。
人間の世界だって―――
シンが来たから、あれだけ種類が増えたんだ」
そこへジャンさんが、白髪交じりの頭をかきながら
姿を現す。
「文化や技術自体は、人間に勝るとも劣らず
あるのに―――
戦いのみに意義を見出した結果がこれよ」
少年の姿の魔王がため息をつくと、
「人間の世界も、強弱でよく物事を決めますが」
「こうまで極端ではありませんし」
やや外ハネしたミディアムボブの、パープルの
髪を持つ女性と、ダークエルフのような褐色肌に
真っ白な長髪を持つ護衛が続く。
「でも興味が無い、とも違うんですよね。
料理人の方たちは、熱心に調理方法を
学んでいましたから」
厨房で私やメル、アルテリーゼが料理を
し始めると……
それを見て魔族の方々が、教えを乞いに
来ていた事を思い出す。
「そういう連中に取っちゃ―――
生きづらい世界ではあるんだろうぜ」
ギルド長がグイッ、と酒をあおり、
「シン、この際だから教えるついでに、この地で
料理に使えそうなものを見繕ってやっちゃ
どうだ?」
「あー、そうしてくれると助かるなあ。
ついでに交易出来そうなモンも頼める?
この前持っていった物もそうだけど……
人間が欲しそうな物って、なかなか
わかんなくて」
ジャンさんと魔界王がハンバーグを食べながら、
私に提案してくる。
あの浮遊城を落とした後―――
フィリシュタさんに抱えられ、空を飛んで
今の城がある場所まで帰ってきたのだが、
上空から見た魔界は、自然環境が特殊というか
両極端というか……
砂漠が続いたと思ったら突然大森林が現れたり、
溶岩地帯と氷山が隣接していたりと、なかなか
自然がやりたい放題している印象だった。
そういう環境下に住んでいる魔族が、人間が
欲しがる物を想定するのは難しいだろう。
「あのー、そういえば魔界の支配というか領地って
どうなっているんですか?」
アーゴードさん、メレニアさん、ジアネルさんと、
勢力を形成しているという事は、それなりに
支配地域の区分とかはありそうだが……
疑問をそのまま口にする。
「テキトーかな?
この線から入ってきたらブッ殺す、みたいな?」
魔界王の答えに、思わず私は頭を抱える。
「魔族はたいてい、どんな環境下でも生きて
いけるので……
勢力がいる場所を守る、くらいにとらえて
おけばいいかと思う」
苦笑しながら、魔王・マギア様の補足が入る。
次に私は、反旗を翻した三人の魔族へ
視線を向け、
「アーゴードさん、メレニアさん、ジアネルさん。
今回、フィリシュタさんと魔界王の座をかけて
戦ったわけですが―――
もしあなた方が勝っていたら、その座は
誰のものになる予定だったのですか?」
それぞれの勢力のトップは食事の手を止めて、
「フィリシュタ様に勝ったら、何だっけ?」
「共同統治にすると言いましたよねぇ?」
「そうです。
我ら3人で魔界を統べると」
何でそういうところだけ、現実的かつ妥協点を
認められるのか。
魔族の考えはよくわからない。
しかし、話を聞くに―――
それぞれの勢力下というか、支配地域は
変わらなさそうだ。
それにトップがフィリシュタさんならば、
事実上、全ての土地は彼女の支配下だし。
それなら各地を回るのは問題無いと思えるが……
「しかし―――
そもそもここ、どういう土地なのでしょうか?
地上とは別次元にあるのですか?
それとも別の大陸にいるとか」
「そういやそうだな。
『魔界』って一言で片付けていたが……
どうなんだ、魔界王様とやら」
私とギルド長の問いに彼女は、
「ミッチー。
ちょっと来てくれる?
あなた詳しいでしょ、こういう事」
名指しで呼ばれ、パタパタと走ってくる
人影が一つ。
手にはまとまった書類を持ち、事務職員のような
彼女は―――
ネズミのような丸い耳と灰色の髪を除けば、
ミリアさんを一回り小さくした感じで、
「は、はい。
フィリシュタ様の秘書官、ミッチーです。
初めまして。
『魔界』のご説明ですね?」
そこで彼女は、この地について説明を始めた。
「『地下』の『浮遊大陸』ですか。
それはまた……」
「あくまでも伝承、言い伝えの類ですので―――
実際のところはどうかわかりませんけどね」
困ったような顔をしながらミッチーさんは笑う。
一応、ここは『同じ世界』であり……
人間や亜人が住んでいるのは『地上』、
『魔界』は地下にある、という認識だという。
「まだ余がいた時と、情報が何ら進展が無い。
調べたりはしなかったのか?」
マギア様が首を傾げるが、
「そういう余力があれば、戦いに使うところ
ですから……」
彼女の回答に―――
イスティールさんとオルディラさんが揃って
ため息をつく。
「しかし、地下というのであれば、
この明るさは何なんだ?」
確かに地下なら太陽は無いはず。
しかし弱々しいが、普通に日光と思えるほどの
光量はある。
私たちの問いに、彼女は眼鏡をクイッ、と直し、
「魔力光だと思われます。
土や鉱石など、魔力を吸収しやすい物質に
それらが溜まり―――
自然光となって、照らしているのかと」
「それで明るいって……土地全てが?」
「はい」
全ての土地が、地上にあったような魔力溜まり
そのもの、という事だろうか。
「メル、アルテリーゼ、ラッチ。
ジャンさんも―――
体の具合は大丈夫ですか?」
思わず心配して体調をたずねるが、
「んー、別に」
「これといって不調はない」
「ピュウ」
するとギルド長はガシガシと頭をかいて、
「考えている事はわかるが―――
俺たちじゃ比較にならねぇだろ。
ドラゴンに、その影響をモロに受けているメル、
そしてゴールドクラスじゃあよ。
そこらの魔族くらいの魔力なら余裕であるぞ」
つまりサンプルとしては向かないってわけね。
確かに特殊過ぎるか……
こうなると魔界に来る事が出来るのは―――
パック夫妻かワイバーンたち、魔力が非常に高い
種族や人間に限定されそうだなあ。
特にパックさんとシャンタルさん……
すごく魔界に来たがっていたし。
今回は私とジャンさん、アルテリーゼも来ていると
いう事で、公都防衛の名目で残ってもらったけど。
(さすがにドラゴン二体に加え―――
ゴールドクラスまでいなくなるというのは、
公都の人たちの精神衛生上良く無かったので)
「まあ、今いるメンバーなら特に問題は
無さそうですしね。
案内をお願い出来ますか?」
私がそう言うと、フィリシュタさんは
秘書官の女性に向かって、
「ミッチー、この近辺でいいから、
案内してやるよーに。
ではシンさん、よろしく頼むよー」
「わかりました」
こうして私たちは宴の後―――
食材探し、そして交易に使えそうな品の
探索に出かける事になった。
「フィリシュタ様の支配地域は魔界全土ですが、
基本的には、この辺りが行動範囲となります」
ミッチーさんの説明を受けながら、私と
メル、アルテリーゼの四人パーティーは
魔界王の城の郊外を散策する。
お城の周囲には城下町があり……
人間世界にはやや見劣りするものの、それなりに
生活基盤は整っている感じだった。
ちなみに、魔王マギア様、それにギルド長は、
魔界王と共にお城に残り……
今回の件をうまく調整するために動いていた。
(ついでにラッチもお城預かり)
本来、魔族・魔界と最恵国待遇を結んでいるのは
ユラン国なので―――
それを差し置いて行動するのは、サミットで結んだ
同盟や各条約をないがしろにする事と同じだ。
そこで魔王マギア様と、魔界王フィリシュタさんの
連名で……
ドラゴンの力を借りねばならないような災害が
起きた、という形の報告書を作成した。
隠し通しても良かったのだが、バレた時の反動を
考えると正直に話した方がいい。
それだけの緊急事態だったと言えば、角も立たない
だろうし。
気を取り直し、私は目的である食材について
彼女にたずねる。
「穀物とか、普段の食材はどこで収穫して
いるんですか?」
「食べられる物や魔物は、いるところには
いるという感じですので―――
その都度、という形ですね」
ある意味、原始的だが……
逆に言うとそれだけ物資が豊かという事でもある。
保存や大量生産というのは、必要に駆られて、
というのが基本、当たり前だ。
ふらっと外に出ていつでも食料が獲れる状態なら、
そこに労力を使う必要は無い。
「ただまあ、フィリシュタ様が何か食べ物を
所望した時に、無いというのは問題ですので、
ある程度は確保しておりますが」
一応、厨房にはそれなりに食材はあったしな。
最低限はあるという事か。
「そういえば厨房には―――
比較的、肉が多めにありましたが」
「ああ、それはですね。
フィリシュタ様がお肉好きなのと……」
と、ここで地響きのような振動が足裏から
伝わってきた。
「な、何?」
「地震か!?」
メルとアルテリーゼが周囲を見渡す。
しかし、魔界王の秘書官である彼女は涼し気な
表情で―――
「あー、ちょうど来ましたね、お肉が」
肉が来た……?
そう言う彼女の視線を先へ目をやると、
何やら土煙が近付いて来ていて、
「何あれ?
見た事のない魔物が」
「ドラゴンの我でも見た事が無いぞ?」
その外見に、思わず私は声を上げる。
「……恐竜……!?」
小さな前足。
二本足で駆ける巨体。
爬虫類のような頭部に無数の牙。
ティラノサウルスそのものだ。
まるで恐竜映画から飛び出てきたような。
「え? ミッチーさん!?」
私の驚く声をバックに彼女はその恐竜へと
ダッシュで距離を詰め、
合流地点寸前でしゃがんだかと思うと、
「とりゃあぁあああっ!!」
ショー〇ューケン!!
とでも叫びそうな下からのアッパー攻撃で、
五メートルはありそうなその巨体を吹き飛ばした。
地響きは止まり―――
恐竜が落下して戻って来た時にもう一度
地面を揺らし……
そして静寂が戻ってきた。
「土トカゲですね!
これ、見た目はアレですけどすごく
美味しいんですよ!」
満面の笑みで彼女は振り返る。
魔界王の秘書官とはいえ、ミッチーさんも魔族と
いう事を嫌でも思い知らされる。
「こ、こういうのがいつもいるんですか?」
「いえ、この辺では珍しいですね。
本来はずっと遠い地にいる魔物なので―――
今日は本当に運が良かったですー♪」
ニコニコと語る彼女に妻二人が追いつき、
「これを一撃かあ……」
「どうする?
我がドラゴンの姿になって、お城まで運ぶか?」
ミッチーさんは首をブンブンと左右に振り、
「と、とんでもございませんっ。
フィリシュタ様のお客様に、そんな事をさせる
わけにはっ。
これくらい1人で運べますので」
そんなバカな、と普通なら思うだろうが―――
この巨体を一撃で倒しているわけだし。
「……ねえ。
この土トカゲとやらは、単体で行動する
習性なの?」
メルがふと、質問を秘書官に向ける。
「いえ、基本的に群れで行動してますよ?
弱い部類の魔物なので―――
だから私でも倒せるんです」
これ、弱いのか。
それでミッチーさん『でも』倒せるレベルの
魔物だと。
「でも、この1匹しか見当たりませんが……」
「ええ。
ですから珍しいと申し上げましたので。
群れからはぐれたか、もしかしたら何かから
逃げるために、ここまで来てしまった―――
というところでしょうか」
なるほど……
って、ん? 何かから逃げる?
私がその言葉に何か引っかかった時、
「ちょい待ち、シン」
「何か嫌な予感がするのだが」
奇遇ですね私もです。
妻二人の意見に同意し、次の行動に移る。
「偵察に出よう。
アルテリーゼ―――」
ドラゴンの姿になってくれ、と言うまでもなく
彼女は大きな翼を広げ、同時にメルが背中に
飛び乗る。
「お、お客様!?」
「すいません!
ちょっとそこで待機していてください!」
驚く秘書官を残し―――
私たちは空へと飛び立った。
「あの土トカゲとやらが来た方向に
飛んでくれ」
「一直線に来ていたからのう。
こっちで間違い無いと思うが」
猛スピードでアルテリーゼに飛んでもらい、
「メル、何か見えたら教えてくれ」
「りょー!」
索敵と確認をメルに頼む。
そして飛ぶ事15分あまり―――
「……あれ、全部土トカゲか……!?」
砂煙を上げて突進してくる、無数の土トカゲの
群れがあった。
「万を超える群れかー。
選りに選ってこんな時に」
ミッチーさんと一緒に魔界王の城まで戻ると
同時に、フィリシュタさんへ報告。
魔王・マギア様にイスティールさんと
オルディラさんも、眉間にシワを寄せる。
「あの群れはなかなかに厄介だからな」
「しかし、何が原因なのでしょうか」
「災害級の事でも起きなければ、それほどの
大移動は―――」
その横でジャンさんも両腕を組んで、
「こんなのが万単位で、か。
考えたくもねぇな」
ミッチーさんが倒し、運んできた実物を前に、
ため息をつく。
「よくある事……なんでしょうか」
「50年か100年に、1回ほどあると
言われています。
この前は確か60年くらい前に―――」
秘書官の答えに、家族たちが聞き返す。
「その時はどうしてたの?」
「堀も塀も無かったが、防ぐ手立ては?」
「ピュ?」
すると彼女の上司が口を開き、
「そンなもの無いよー。
だってアイツら、山があろうが溶岩地帯だろうが
構わず走って来るんだよ?」
そういえば、浮遊城撃墜地点から空を飛んで
帰ってきたけど……
その途中の環境は凄まじかった。
それをものともせず―――
という事か。
「……ん?」
あの恐竜たちが駆けてきた、その元の場所は確か、
「あっちの方向って……
浮遊城があった場所、で合ってましたっけ?」
恐る恐る私がその方向を指差すと、
「そういやそうだな」
「あの方角でしたねぇ?」
アーゴードさんとメレニアさんが肯定し、
「……まさか」
ジアネルさんが顔色を変えて、私の指差す先に
視線を向けていた。
「あ~……
浮遊城、結構大きかったものねぇ。
あんなのが落ちてきた日にゃ。
そりゃ連中に取っちゃ『災害』だわ。
間違いなく」
全員が状況を飲み込み、フィリシュタさんが
真っ先に口を開く。
「それに驚いて、あれが群れで逃げてきたと」
「それは何とも……」
魔王様お付きの二人の女性が、微妙な表情になる。
「すいません。
まさかこんな事になるとは―――」
「シン殿が謝る事ではない。
我らの要請を受けてくれた結果だ」
私の謝罪を、即座にマギア様が否定する。
しかし、『相手に敵意を向けられないのであれば、
建物を壊してみては』と提案したのは自分だし……
「シンは悪い方に考え過ぎなんだって」
「売られたケンカを買っただけぞ?
むしろ責任はあちら側にあるであろう」
「ピュー!」
メルとアルテリーゼ、ラッチも慰めるように続く。
「も、申し訳ありません!
まさか落とされる事自体、想定外で
ありまして―――」
ジアネルさんがペコペコと頭を下げるが、
そこでギルド長が割って入り、
「問題は、これからどうするんだ?
って事だろう。
何か手はあるのか?
魔界王サマ」
話を振られたフィリシュタさんは、自分の
秘書官に向かい、
「そうだったね。
ミッチー、城下町にいる全員、城へ避難するよう
伝えてくれ」
確かにこのお城は広い。
それなりに収容は出来るだろう。
「ここで守るんですか?」
「私は一応、広範囲の『魔障壁』を張る事が
出来る。
この城の中にいるのなら守り切れるさ」
なるほど。魔界王の名はダテではないという事か。
「……あれ、城の中?
城下町はどうなるんです?」
何気なく出た私の問いに、
「そんなの、諦めてもらう他ないよ。
私が守れる範囲はこのお城までなんだ」
「多分、城下町は半分くらいが壊滅すると
思いますが……
生きてさえいれば再建出来ますし」
魔界王と秘書官の主従が、苦笑しながら答える。
しかし原因として関わっているとなると、後味が
悪いな―――
「フィリシュタさんが、あの群れを殲滅する事は
出来ないんでしょうか」
すると彼女は両目を閉じて、
「時間さえかければ出来ると思うけど……
その場合、城の守りがいなくなるから」
その場合、城も城下町も守れなくなる。
だから彼女は城に全員入れて守る方を選んだのか。
二つ失うよりは一つ―――
そういうところは合理的だ。
「でもでも、ミッチーさんが一発で倒せる程度の
魔物なんでしょ?」
「ここにいる魔族全員で迎え撃てば、
勝機はあるのではないか?」
メルとアルテリーゼが当然の疑問を口にするが、
「無理だな。
群れと、素人の団体じゃ勝手が違う。
集団戦闘の訓練でも受けていない限り、
足手まといにしかならねえ。
下手すりゃ同士討ちだ」
苦々しくジャンさんが説明する。
群れとの戦いなら、この前ハイ・ローキュストの
防衛戦を経験したが―――
人間側は正規に訓練を受けている兵が用意されて
いたからこそ、対応出来た。
「魔族は個々の戦闘能力が強い分―――
集団戦には不慣れなのだ」
魔王・マギア様が現実を認めるように語り、
「かつての人間との戦争も、実際に戦ったのは
マギア様と幹部クラスくらいです」
「わたくしたち以外は、後方支援がせいぜい
でしたからね」
イスティールさんとオルディラさんも、主人の
言葉を追認する。
確かに―――
かつてのグラキノスさんの氷のドームを見れば、
あれとの連携は非常に難しいと理解出来るだろう。
強大であるがゆえに、集団戦が不可能なのだ。
「ちなみに、この城に戦闘用の兵は?
何人くらいいますか?」
「100人ほどかなー。
そもそも、戦闘になれば私1人でカタが付くし」
以前、軍を連れて来るとか言っていたが……
(■123話 はじめての まかいおう参照)
その少なさに驚くも、フィリシュタさんの実力に
次ぐ百人なら、と納得する。
「で、当然―――
その100人は集団戦の訓練なんて
受けてないんだろうなあ。
仕方がねえ。シン、やるか」
「そうですねえ。
このままだと、これから交易を始めるにあたって
差し支えがありますから。
それに―――
あの浮遊城を落とした後始末だと思えば」
アラフィフとアラフォーの男同士で、やれやれ、
という表情を作る。
「で、どうするの?」
「あれを全滅させるのは骨じゃぞ?」
「ピュピュ」
家族の問いに、私は首を左右に振って、
「ハイ・ローキュストの時のように全滅させる
必要はありません。
どうも群れで逃げてきているだけですから」
そこで私はフィリシュタさんに振り向き、
「魔界王様は―――
お城で城下町の人々を守っていてください」
「まあシンに任せておけば大丈夫か。
頼んだよー」
そのやり取りに、ミッチーさんを始め、
周囲の魔族たちは目を丸くして驚き、
魔王・マギア様とお付きの女性二名は、
日常的な会話とも言わんばかりに微笑んだ。
「で?
どうするんだ、シン?」
改めて郊外に出た私と妻たち、そしてギルド長が
地平線に出現した土煙を前にたたずむ。
「こちらに向かってくるヤツだけ―――
『無効化』します。
一直線に群れを切り裂くような形で。
そうすれば恐らく残りは危険を察して、
左右へ別れるでしょう」
そこで私は作戦を詳しく伝える。
アルテリーゼはドラゴンとなって私を乗せ、
ベクトル上、群れの進行と正反対に、かつ真ん中を
飛行して突っ切る。
広範囲で『無効化』させる事が出来るのは、
ハイ・ローキュストの群れで証明済み。
メルとジャンさんは左右に別れ、それでも城下町へ
突進してくる土トカゲを迎撃する。
その後、私とアルテリーゼは群れを突っ切ったのを
確認した時点で引き返し、メルと合流する。
「という段取りで行こうと思っていますが」
「うし、じゃあ俺は右の方を担当する」
「んじゃ、私は左で―――」
それぞれ役割分担を確認し、私とアルテリーゼは
空へと舞い上がった。
「じゃあアルテリーゼ、頼む」
「任せておけ!」
彼女の背に乗って、ティラノサウルスの大群の
上空へと羽ばたく。
無数の数が、こちらへ迫ってくるのがわかる。
恐竜映画でも見るような速度で―――
だが、あれはあくまでもフィクションだ。
実際にあの巨体で、俊敏な動きが出来たか?
というと……
ある研究によると、恐らく人間のマラソンと同じ
速度で走ると―――
足の骨の強度が持たないらしい。
コンピュータで3D化し、その歩行や走行の
最適モデルを計算したところ、どちらにしろ
『疾走』というにはほど遠い速度しか出せなかった
ようだ。
つまり―――
「その巨体とその体の手足のサイズ比……
恐竜的な構造で、それだけ速く走る事の出来る
生物など、
・・・・・
あり得ない」
私がそうつぶやいた途端、眼下で悲鳴にも似た
咆哮と共に、より大きな土煙が上がった。
「グルルルルッ!?」
「クアーッ!! グアァアアッ!?」
縦に、横に転がり、眼下の数十匹が行進を
中断する。
そして仲間に異常事態が起きた事を確認した
他の個体が、危険を感知したように離れていく。
それは綺麗にハの字型に広がっていき、それだけ
城下町の危機が低下した事を意味していた。
「―――よし!
アルテリーゼ、このまま群れの最後尾まで
突っ切るぞ!」
「りょー!! じゃ!」
メルの喋り方が混じった言い方で彼女は答え、
飛行速度を上げていった。