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※※※※

さっきのことで内心は動揺しっぱなしだったが、なんとか平静を装い、私は香織のもとへと急いだ。

どうしてこんなところで副社長に会ってしまうの?

胸の奥でドクドクと脈打つ心音を抑えるように、深く息を吐く。

「莉乃!」

何が起こったのかわからないのだろう。慌てた香織に、私はなんとか笑顔を向けた。

崩れそうな表情を必死に整えながら、平静を装う。

「二人とも知り合いなのか?」

副社長と一緒にいた人が、私に自己紹介をしつつ、交互に私たちを見た。

「ああ、昔の知り合い」

会社の部下と言おうと思っていた私は、副社長のその言葉に唖然としてしまう。

昔の知り合い? なぜそんな言い方をするの?

「どうせナンパだろ?」

副社長と一緒にいた人――弘樹さんのその言葉に、私はやっぱりそういうことばかりしているのだろうと呆れてしまった。

軽く息を吐き、無意識に視線を横へと外す。

その問いに肯定も否定もせず、副社長は私の耳元に顔を寄せる。

「話し合わせろ」

驚きと動揺が一気に押し寄せる。

至近距離で見るその顔は恐ろしいほど整っていて、周りの女の子たちの視線も痛いほど感じた。

『うわー、見て。あの人たち』

そんな声が耳に届き、顔が一気に熱くなる。

私はグッと副社長を押し返そうと手を伸ばしたが、それは優しく掴まれたまま、全く動かすことができなかった。

「ちょっと、放して!!」

そう言って睨みつけたが、全く動じる様子はなく、冷静な瞳を向けられた。

「今日の俺たちは昔からの知り合いだからな。仕事の話とか冷める話題はやめろよ」

その低い声と不敵な笑みに、私は胸の奥がざわついた。

いつもの柔らかい物腰とはまるで別人――そう思わせるほど、目の前の副社長は圧倒的な存在感を放っていた。

「わかった」

小さく呟くと、満足げに副社長は私の手を離した。

その瞬間、ようやく肩の力を抜くことができた。

「さあ、飲もうか」

グラスを片手に私たちを促す副社長に、私は小さくため息をついた。

「莉乃、昔からの知り合いにあんな人いた?」

男性陣がダーツを始めたことで、ようやく香織と二人きりになり、私は少しだけ安堵した。

一緒にカウンターに腰掛けると、香織がじっと私を見つめながら問いかけてくる。

「うん。まあ」

曖昧に答える私に、香織が不安げな表情を浮かべる。

「話すと長いからまた聞いて。それより香織はどうなの? 弘樹さん」

私は話題を変えようと、さりげなく香織に問いかけた。

副社長と弘樹さん、そして香織。意外にもお似合いに見えた二人の様子を思い出しながら、彼女をじっと見つめる。

香織は客室乗務員をしているだけあって、どこへ行っても注目を浴びるエキゾチックな美人だ。

背筋がピンと伸びた姿勢には自信と品があり、誰といても一歩抜きん出ているように見える。

それでも彼女は、「軽い男は嫌い」といつも言っていて、どれだけ声をかけられても決して相手にすることはなかった。

「もちろん断ろうと思ったんだけど、意外に真面目そうで。弘樹さん」

そう言いながら、香織が弘樹さんに視線を向けると、私もその方向に目をやる。

一ゲーム終わったようで、二人がテーブルに戻ってくるのがわかった。

「お待たせ」

弘樹さんの言葉に、香織も笑顔を向ける。

「どっちが勝ったんですか?」

「俺だよ」

香織の問いに、弘樹さんも微笑み返した。

その穏やかな表情に、香織も自然と楽しそうに見える。

そんな二人は、次第に周りが見えなくなったように、楽しげに会話を始める。

少し遅れて副社長がテーブルに戻ってきたが、どこか悔しそうな表情をしている。

「徹夜明けだからだよ」

言い訳のように呟きながら、一気にグラスの中のアルコールを流し込む。

その仕草にはどこか疲労感が漂い、昼間の彼の集中した姿とはまた違う一面を感じた。

「徹夜明けに大丈夫ですか? そんなに一気に飲んで」

つい昼間の延長で、気遣いの言葉を掛けてしまった。

その瞬間、副社長がじっと私を見つめる。

「なに? なんですか?」

至近距離で見つめられて、私は思わずあたふたと視線を外しながら言葉を発する。

「なあ? どっちが本当のお前?」

「え?」

少し眠そうな副社長だったが、じっと私を見つめたまま、さらに全身に視線を向ける。

「別人みたいだ」

その低く柔らかな声に、アルコールのせいなのか、初めて見る妖艶で大人の雰囲気を纏った副社長に、私は思わず一歩後ろに下がった。

しかし、そこに段差があり、私は倒れそうになってしまう。

「危なっ!」

慌てて手をテーブルに伸ばす間もなく、その手はあっさりと副社長に取られ、強く引き寄せられた。

気づけば、抱きしめられるような形になり、私の頭はパニック寸前だった。

「あの、すみません……でも、離して」

しどろもどろにセリフを紡ぐ私に、副社長は微笑みながらさらに言葉を重ねる。

「会社のお前は……あっ、やばい」

「え?」

その意味がわからず、思わず問い返した。

副社長の視線はどこかぼんやりしていて、続きを待つ数秒がとてつもなく長く感じられた。

「眠たい……」

「ちょっと! 副社……」

「誠」

副社長と呼びそうになった私を制止すると、副社長改め誠は、私の手を取った。

「弘樹、俺たち帰るわ」

「え!?」

その言葉に驚いて私は声を上げたが、誠は有無を言わせず私の手を引いて店を出た。

「ねえ、お金も払ってないし、それに……」

「そんなの弘樹に出させとけ。二人っきりにしてやったんだし」

「え? わざと?」

そのために店を出たのかと、私は誠をじっと睨みつけたが、そこにはかなりトロンとした瞳があった。

「そんなこと言ってますけど、本当は酔ってるし、限界ですよね」

それにすら返事をせず、誠は顔を手で覆う。


「家はどこですか?」

その問いに、誠はすぐそばに見えるタワーマンションを指さす。

「え? あそこ?」

「ごめん……莉乃のこと送れない……」

送るよりも、自分が帰れないじゃない。

そうぼやくこともできず、私は大きなため息をついた。

今にも座り込みそうな誠を放置することもできず、私は彼の腕を取り、歩き出した。

かなり危なげな足取りの誠を、なんとかマンションの前まで連れてきたものの、

あまりにも高級そうな建物に私は立ち止まった。

セキュリティも完璧だろうそのマンションを見上げ、ため息をつく。

「長谷川様!」

立派なエントランスから聞こえた声に、私はそちらへ視線を向けた。

「お手伝いします」

三十代後半くらいのスーツ姿の男性が現れ、誠の腕を自分の肩に回す。

急に誠の重さが軽くなり、私はホッと胸を撫で下ろした。

「三ツ谷さん、申し訳ない」

顔を覆いながら呟いた誠に、「三ツ谷さん」と呼ばれたその男性は微笑み、次に私に視線を向けた。

「このマンションのコンシェルジュの三ツ谷です」

「あっ、秘書の水川です」

咄嗟にいつもの挨拶をしてしまい、私はチラリと誠を見た。

特に何も言わない誠を確認し、ここで失礼しようと声を掛ける。

「それでは副社長、三ツ谷さんにお願いして帰らせていただきますね」

これ以上、この人と関わりたくないと思ってそう言った私だったが、その言葉はあっけなく阻止された。

「こんな上司を置いていくのか?」

どうしてこんなことを言うのだろう?

全く意味がわからず、困惑と多少の苛立ちを込めて副社長を睨みつけるも、返ってきたのは眠そうな瞳だけだった。

「水川様、どうぞこちらです」

三ツ谷さんにそう促され、私は渋々二人の後を追った。

誠の部屋は最上階にあり、かなり高級感の漂う造りだった。

エレベーターを降りると、そこはまるで落ち着いたホテルのようで、扉は一つしかなかった。

「ここです」

三ツ谷さんが慣れた手つきで鍵を開けると、誠に声を掛ける。

「長谷川様、私はこちらで」

「ありがとうございます」

誠は壁に手をつきながらそう答え、玄関へと足を踏み入れた。

「では私もここで」

そう言いかけたところで、玄関の段差につまずく誠が目に入る。

「あぶない!」

そう叫んで手を出すも、私が誠を支えられるわけもなく、あっけなく二人で倒れ込んだ。

あれ?

多少の衝撃がありそうなものだが、特にどこも痛くない。

起き上がろうとすると、下から声が聞こえた。

「痛っ……」

支えようとしていた私が守られるように、誠を下敷きにして抱きしめられていることに気づき、

私はあたふたと起き上がろうとしてジタバタする。

そのせいで余計に誠を抑え込む形になり、下からうめき声が聞こえる。

「莉乃、落ち着け。眠気も冷めた」

小さく息を吐き出しながら、誠は自分の目を腕で覆う。

「本当にごめんなさい」

動きを止めて大人しくするしかなく、私は誠の腕の中でそう呟くと同時に、抱き起こされた。

「いや、俺こそ悪い。やっぱり徹夜明けで飲むもんじゃないな」

かなり広い玄関に座り込んだままの私と誠。

この訳の分からない状況にいたたまれなくなり、私はカバンを拾って立ち上がる。

「目が覚めたなら良かったです。これで失礼しますね」

私のその言葉に、誠は少し考えるような表情を見せた後、小さく頷いた。

「本当に悪かった。ありがとう」

いつものあの作り笑いではない、自然な笑顔に私は驚いて副社長を見ていたのだろう。

「莉乃?」

不思議そうに問われ、私はハッとして思考を戻した。

「失礼します」

くるりと踵を返すと、後ろから声が聞こえる。

「タクシー手配しとく。三ツ谷さんに言って」

その提案を断ろうとも思ったが、もう夜も遅い。

「ありがとうございます」

それだけを言うと、私は誠の部屋を出た。

来週からはまた上司と部下という関係に戻らなければ。

今日は少しだけお互いを知ってしまっただけ。

「香織、大丈夫だったかな……」

タクシーからぼんやりと外の景色を見ながら、私は家へと帰った。


家に帰ると、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出したところで、着信を知らせる音が鳴った。

相手は香織で、私はすぐにディスプレイのボタンを押した。

「もしもし」

『莉乃? 今、大丈夫?』

「うん。香織こそ、大丈夫だった?」

私の問いに、電話の向こうの香織が一瞬言葉を止めた。

「何かあったの? ごめん、先に帰っちゃって」

慌てた私の言葉に、香織が間髪入れず否定の言葉を発した。

『あの後、二人で楽しく飲んで、タクシーで弘樹君に送ってもらったから』

「よかった。それなら安心した。で、どうしたの?」

楽しかったのなら何の問題もないし、紳士的にきちんと送り届けた弘樹さんに、私は好感を持った。

『あのね、莉乃にお願いがあって』

「お願い? 私にできることならいいよ」

そう答えたことを、私は――死ぬほど後悔することになる。

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