テラーノベル
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駅裏のドラックストア。そこがいつもの待ち合わせ場所だった。
駐車場に晴子が車を停める。
そして助手席側の後部座席に回り込む。
しばらくすると、店の中から彼が出てくる。
そして何気ない仕草で運転席に回り、慣れた様子でシートとミラーを調整してから走り出す。
いつものシティホテル。
部屋はすでにチェックインしてあるため、カウンターに寄らずにエレベーターに直接向かう。
もちろん無言だ。
ロビーでたむろする人間の中に、万が一でも知り合いがいては困るのは彼の方だ。
エレベーターに乗り込み、文字盤を見上げる。
その一瞬だけ、背の高い彼と目が合う。
そしてどちらからともなく微笑み合ってから、また文字盤に目を移す。
平日白昼のホテル。
40代の男女。
どこからどう見てもそれらしいシチュエーションだ。
だから、カーペットが敷かれた廊下を、それでもあまり足音が響かないように歩いていく。
無事に部屋までたどり着き、ドアを閉めカギをかける。
「ん……」
振り向きざまに唇を奪われる。
熱い吐息が口内に入ってくる。
少し湿った手が、シルクのブラウスに滑り込んでくる。
中学生の頃はよくからかわれた豊満なバスト。
それでも指はその突起まで正確に最短距離でやってくる。
そして敏感なそこを優しく撫でる。
「……ん……」
はじめは確かめるように。
「んんッ……!」
硬くなってくると少し強めにくりくりと揉んで、
「あ……!!」
完全に勃つと、摘まんで上下に揺らす。
指からダイレクトに伝わってくる刺すような刺激と、揺らされることで体の中心に響いてくる痺れるような快感が、晴子の体の中心を濡らしていく。
口内を犯されたまま、もう一つの手がフレアスカートをめくりあげていく。
ストッキングを破るのは彼の趣味だ。もちろん了承している。
開いた穴から、指が入ってくる。
そしてそれは、パンティの上からこれまた正確に晴子の体の中心の突起に触れる。
興奮し十分に膨らんだその皮を、人差し指と薬指で優しく剥いてから、中指で擦るように撫で上げていく。
「はあ……ッ」
ため息のような声が漏れる。
快感に腰が逃げようとするのを、男が壁に押し付ける。
「………」
晴子は潤んだ目で男を見上げた。
親友の夫、刈谷悠仁は、何もかもを見透かしたような大きな目で晴子を見つめ、さらに唇を重ねた。
◆◆◆◆
2度の欲望を吐き出した後、うつ伏せに寝転がった悠仁はベッド脇においていた煙草に手を伸ばしそのまま火をつけると口に咥えた。
そして色疲れの法悦としたそれではなく、明らかに労働の後につくため息をついた。
「……あら、随分とお疲れなのね」
ため息によって上下する肩甲骨を見ていると、嫌味の一つも言ってやりたくなる。
「来年50の大台に乗る御身には、そろそろ2回戦は辛いんじゃないの?それとも週一というペース配分の問題かしら」
晴子は上半身を起こしながら、長い髪の毛をかき上げた。
「あのな……」
悠仁が呆れたような顔で振り返る。
「こっちは仕事で疲れてるんだよ」
悠仁は染めているわけでもないのに黒々しい髪の毛を掻いた。
「忙しいの?」
晴子が振り返りながら聞くと、
「ああ。今ちょうど大きな企業法務の案件を抱えてて……って、いいやこれは」
悠仁は気だるげにまたため息をついた。
――いいやこれは。お前に話してもわからないだろうから。
心の声が聞こえる。
「とにかく、疲れてるんだよ」
――専業主婦のお前と違って。
晴子は勝手に彼の言葉を解釈して、肩越しに睨んだ。
「てかさ」
悠仁が笑いながら体をあお向けに返した。
「お前だって人のこと言えないんじゃないの?」
「……どういう意味?」
晴子は瞬きをした。
「太ったわけじゃないけど、腹に肉たまってるぞ」
「!?」
晴子は自分の腹部を見下ろした。
くびれたウエストに形のいい臍。たるんだ肉など見当たらない。
「そうやってると平気だけどさー。バックからしてるとき、腹押えたらポヨンってしてた」
何が面白いのか、悠仁は楽しそうに笑った。
「お互い、年には勝てないなあ?」
ケラケラと笑っている。
「ーーそうね」
晴子は声を低くした。
「だから精子の運動量も落ちるのかもね」
晴子が放った言葉に、悠仁の顔が凍り付く。
(――しまった)
後悔した時には遅かった。
悠仁は息を一回吸って立ち上がり、灰皿に煙草を押し付け、さっさと服を着ると部屋を出て行ってしまった。
「…………」
ひとり残された晴子は、ベッドに倒れるように寝転んだ。
天井に向けて腕を伸ばし、手の甲を見つめる。
白い手。長い指。
毎日日焼け止めとハンドクリームを塗っている手。
それでも30代の時とは違う。
手だけではない。
髪も、肌も、スタイルも、40を超えてからぐっと老け込んだように思う。
若い頃には「綺麗ですね」と言われたのに、最近は「若いですね」と言われるようになった。
そしてその言葉の裏には、「年の割に」という形容詞がついている。
「この手を……」
晴子は掌を返しながら見つめた。
「握ってくれる若い男もいるのよ……?」
掠れた自分の声があまりにも情けなくて、晴子はふっと笑った。
◆◆◆◆
行きは悠仁が握ったハンドルを自分で握りながら、ホテルを出た。
花を、見たくなった。
いつも行くフラワーサロンはしまっていたため、花を求めて当てもなく日暮れの街に車を走らせた。
悠仁と関係を持ったのは、晴子が19歳の時だった。
短大で香代子と知り合い、香代子が弁護士事務所でバイトしていると聞いて、興味本位でついていった。
そこで法科大学院を出て司法試験を終えたばかりの新米弁護士、悠仁と出会った。
当時アルバイトとして勤めていた香代子は、何の危機感もなく悠仁と晴子を会わせ、何の遠慮もなく「私の彼氏」と紹介した。
「香代子の友達?珍しい。こいつ、友達いないから」
香代子に二の腕をパシッと叩かれながら、男のくせに、アイメイクをばっちり施した自分よりも大きな目にのぞき込まれた瞬間、晴子は恋に落ちた。
全職員70人ほどの工場勤務の父と、駅前の弁当屋でパートをしている母。
けして裕福でもない家の長女として生まれ、高校も大学も女子高だった。
背が高くスタイルがいいことだけが自慢の容姿は、目は小さくくぼんで、鼻は低く、はっきり言って地味な顔をしていた。
そんな晴子にとって、悠仁はどこか現実離れした、存在だった。
高収入。高身長。高学歴。おまけにイケメン。
自分には一生縁のないようなスペックににたじろいだし、晴子と同じ学校に通って、同じランチを食べているくせに、自分だけこんなにいい男をゲットした香代子に嫉妬もした。
やがて看護師を目指していた香代子に現場実習が入り忙しくなると、その穴を埋める形で晴子に声がかかった。
2つ返事で引き受けた晴子は、香代子の穴を埋めるべく、お茶出しに電話応対、時には経理まがいのことまで何でもやった。
もちろん、彼女の不在で空いた時間も、持て余す性欲も、全部受け止めた。
「ホームセンター……」
偶然信号待ちをした交差点で、不気味な青い鳥の看板が目に入った。
ホームセンターブルーバード。ここら辺では一番大きなホームセンターだ。
オシャレな花はないかもしれないが、バルコニーのフラワーラックが一つ割れてきてしまったので新調したいし、色彩の美しいカポックもちょうどいい高さのものがあれば購入したい。
晴子は、見開いた黄色い目、真っ赤な舌を出した不気味な青い鳥の看板が迎える、ホームセンターに入っていった。
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