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晴子は苗が並ぶ屋外園芸コーナーに足を踏み入れた。
寒さが薄らぎ、本格的な暑さ迎えるための準備期間。
夏に咲かせる花を買うなら今が旬で、ここぞとばかりに元気な苗が並んでいる。
ジニア。初夏から秋まで長く楽しめる。新品種もいろいろ出ていて、楽しめそうだ。
ペチュニア。色合も咲き方もバリエーションが豊富で好みの花を選ぶことができる。
センニチコウ。彩としても楽しめるし、その後はドライフラワーやハーバリウムとしても楽しめる。
どれも魅力的だが、買う花と組み合わせは行きつけのフラワーサロンで選ぶため、今日は眺めるだけだ。
「あった」
思わずつぶやいた。
観葉植物が並んでいるラックの上に、カポックもいくつかおいてある。
晴子がちょうどほしかった30㎝丈のものもある。
正式名称シェフレラ・ホンコン。丸みのある手のひらを広げたような掌状葉が魅力的だ。
ある程度大きくなったら室内に入れてあげてもいいし、大きくなりすぎたら切り戻してもいい。
晴子は鉢を手に取った。
「そのお隣の方がいいですよ」
視線を上げるとそこには、エプロンをかけた城咲が立っていた。
驚いて目を見開いた晴子とは対照的に、どうやらちょっと前から見ていたらしい城咲は、微笑みながら晴子の隣にあった鉢を手にした。
「シェフレラを選ぶときには、葉が元気なもの、茎や幹が太いものを選ぶべきです。こちらですと背丈は少し低いですが、幹が太く丈夫なので、きっと元気に育ちますよ」
城咲は葉っぱをピンピンと指ではじきながら晴子を見下ろした。
「耐陰性もありますが、太陽の光が大好きなので、たくさん日に当ててあげてくださいね」
「あ……はい」
晴子は鉢を受け取りながら、城咲を改めて見つめた。
「ここにお勤めだったんですね」
「ええ、そこの花屋に」
城咲は店先にある花屋を指さして言った。
「寄っていきますか?今日は綺麗な春の花がたくさん入ってきていますよ」
城咲はそう言いながら微笑み、返事もしないのにスタスタと歩き出した。
晴子はまだ城咲の手のぬくもりが残っている鉢を抱えながら、ただその大きな背中についていった。
◇◇◇◇
「撫子……」
晴子は真っ赤に咲いたその花を見てつぶやいた。
「そう。美女撫子、またはアメリカナデシコ。一部では髭ナデシコとも呼ばれるみたいですね」
城咲は微笑みながら言った。
「……こんなに近くで観るの、初めてかも」
「…………」
城咲がゆっくりと視線を晴子に戻した。
「撫子はあまり好みではないですか?」
「いいえ、綺麗だと思うわ」
晴子も視線を城咲に戻す。
「でも他の花と合わせるには主張が強すぎる気がして、今まで自分では手に取ることが少なかっただけ」
「なるほど」
城咲は目を細めると、奥から違う花器を持ってきた。
「これは……カーネーション?」
晴子がピンク色の花を覗き込むと、
「ソネットです。撫子とカーネーションとの交配。これだと主張が柔らかい上に、多面的に花が付くので、三方見や四方見のアレンジメントにも向いてますよ」
「なるほどね。確かに」
晴子は目を細め、ソネットをつかったアレンジメントをイメージしてみた。
「…………」
その顔を城咲が覗き込む。
「やっぱり。フラワーアレンジメントもなさるんですね」
「え」
晴子はソネットの向こう側にある城咲の目を見つめた。
「三方見とか四方見とか、一般の方はわからないので」
「……ああ」
見透かされたようで少し恥ずかしくなる。
晴子は視線を下げた。
「―――」
と、城咲は正面入り口の方を振り返った。
「?」
晴子がつられて目で追おうとすると、
「奥さん、少しだけお時間ありますか」
城咲がそれをやんわりと制した。
「え?」
「少しだけ駐車場で待っていて貰えますか?」
そう言うと彼は少し慌てた様子で、晴子の手からカポックの鉢を取った。
「あ、そんな、悪いです」
晴子が言うと城咲は微笑みながら、
「お隣のよしみなので」
と微笑み、手で駐車場を示した。
仕方なく晴子は踵を返した。
カポックなら、あの大きさとはいえ4000円はする。
いくら“お隣のよしみ”だとしてもそれを払ってくれるだなんて。
晴子はほんのりと熱を持ち始めた胸を押さえながら、駐車場に向かった。
◆◆◆◆
城咲が駐車場に停めてある晴子の車に来たのは、それから15分後だった。
「こちらシェフレラです。一応液体肥料も」
運転席のドアを開けたて出ようとした晴子を制するように、城咲はのぞき込みながらそれを渡した。
「ありがとうございます。でも……悪いわ」
距離の近さに戸惑い、少し眉を顰めて見せる。
「大丈夫です。社員割引でただみたいなものなので」
城咲は微笑みながらそれを渡すと、
「そしてこれは、僕からの個人的なプレゼント」
そう言い何かを差し出した。
「……わあ」
思わず声が出た。
そこにあったのは、ソネットとカスミソウの小さな花束だった。
「綺麗……」
晴子はピンク色の優しい色合いと、柔らかな花弁をうっとりと見つめた。
「気に入ってもらえてよかった」
城咲はそう言って意味深に晴子を見つめた。
「……ピンク色の撫子の花言葉は知ってますか?」
「いいえ?」
晴子は城咲を見つめ返した。
「家に帰ったら調べてみてください。危ないので運転中は携帯電話をいじらないように」
城咲は少し悪戯っぽい目でこちらを見つめ、バンとドアを閉めた。
「本当にありがとうございます」
晴子が窓を開けてそう言うと、城咲は手を上げて、また店の方に歩いて行ってしまった。
(ピンクの撫子の花言葉……)
胸が熱い。
大きく息を吸い込むと、手の中のソネットがツンと香った。