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月が再び顔を出し始めた夜、
義左衛門さんが、利き手であろう右腕を庇いながら、あちこちから血を流しながら、
白雪姐さんの元に逃げ込んだ。
傾「義左衛門さん!?」
義左衛門「…ごめん、本当にごめん…俺が… 」
うわ言のように謝罪し続ける義左衛門さんの背を擦りながら、白雪姐さんは冷静に対処する。
白雪「毒…腕を縛りんすえ。」
義左衛門「俺の治療はいい。こんなの軽傷だ。」
傾「軽傷って…どう見てもこんなの…」
義左衛門「…白雪様に助けてもらえって、鼬一郎が…。鼬一郎を助けてください…お願いします…あのままじゃ、あいつは…!」
その言葉の意味を最初に理解したのは白雪姐さんだった。
白雪「鼬一郎は…選んだのでありんす。どちらかを助ければ、どちらかが間に合わずに死ぬ。…義左衛門のみをわっちに…」
義左衛門「…は…なんだよそれ…分かってるって…そういう意味だったのかよ…!馬鹿一郎が!!」
義左衛門さんは膝から崩れ落ちる。
白雪「今すぐに処置しねぇと、義左衛門も間に合いんせん。傾。」
傾「は、はい!」
白雪姐さんに名前を呼ばれ私はハッとし、使いかけの救急箱の中を漁る。頭の中で色んな考えが巡って、落ち着かなかった。何故、義左衛門さんはこんなにボロボロなのか、何故、鼬一郎さんは一緒じゃないのか。白雪姐さんが言った命の選択。鼬一郎さんと白雪姐さんは分かっていた。言葉の意味を理解した義左衛門さんが、
戻ろうとすることに。1人は抑えて、1人は治療する必要がある。
傾(今ここで義左衛門さんを治療したら、鼬一郎さんが死ぬ…?)
考えが上手くまとまらなかった。
鼬一郎さんが死ぬのは嫌だ。
でも、義左衛門さんが死ぬのも嫌だ。
どちらも獣人ではなく、『私』を見てくれた人達だ。
傾「手を…」
考えがまとまらなくてもこれだけは分かった。
動かないことが最悪の選択だと。
あの時の私は頭の中が真っ白だったのだろう。
あまりに全てが突然で。だから、気付かなかった。
雫「酷い怪我ですね。すぐに治療しましょう。寝室へ案内します。」
傾「し、雫さん…。」
雫さんは私の手元にあった救急箱を手に取り、義左衛門さんを寝室に案内しようとする。
雫「他の妾も呼んでまいります。貴女は彼を抑えて。ご安心を、下品な獣人は呼びませんので。」
何も出来なかったことに落ち込んでいると、雫さんの最後の発言が聞こえハッとする。
察しの悪い私でも流石にわかった。
私は白雪姐さん達とは別方向へ向かった。
白雪「傾…!?」
私は白雪姐さんの声に目もくれず、一直線に走った。庭園の向こう側、高くて絶対登れそうにない塀に。でもそれは人間の話だ。
傾(…私なら、飛び越えられる。)
怖かった。怖くないはずがなかった。
足がすくんだ。
声が聞こえた。
「いきなさい。」
小さな声だった。
それでも確かにその声は背を向けている雫さんの声だった。
もっと早くに気づけていたら仲良くなれたんだろうか。私がよく分からなくて唯一苦手だと思っていたヒトが、他の妾から恨みを買わないようにと差別をする振りをして、手助けをしていた思慮深くて心優しいヒトだったと。
もっと早く勇気を出していれば、多くのことが変わったのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。
考えなんて無かった。
塀をとびこえた後、私はとにかく走った。
目的が無いわけじゃない。
傾「死ぬなんて分かっていて…何もしないなんて…出来るわけない…!」
足手まといでしか無いかもしれないけど、
それでも何かが変わるのを望んで。
傾「お願いだから…持っていて…!」
私は一縷の望みをかけて、鼬一郎さんに私が渡した手拭いの匂いを辿る。
鼬一郎さんからは不自然な程匂いがない。
まるで意識して消してるかのように。
だから手拭いに賭けるしか無かった。
傾「山茶花の匂いと…血の、匂い。」
噎せ返るほどの血の匂いが漂う戦地で、かすかに香る匂いの元を辿る。
傾「う…」
(気分が悪い…。)
吐きまいと口を手で抑えながら、私は探し続ける。
傾「どこなのですか鼬一郎さん!」
とにかく彼を呼んだ。
そのうち声がした。
男性「こんな所に女?あぁなるほどお前くノ一か。」
男性は一切の躊躇いなく、刀を振るった。
その速度は、獣人には勝らなかった。
男性「は…どこに…」
傾「邪魔をしないでください。」
男性「どこ乗って…!?」
いくら成長し過ぎないよう、食事を控えているとはいえ、飛び上がって着地した先が刀だと気づいた時には私もパニックだった。
傾(刀ってこんな頑丈だっけ!?というか、どうしよう…!)
先に動いたのは男性だった。
しかし、男性の攻撃が当たることは無かった。
男性「ちょこまかと…!」
傾(このまま避け続けていても、鼬一郎さんが見つかるわけじゃない。)
傾「もし。鼬一郎という者を知りませんか?」
男性「知らねぇし知ってても、下賎なくノ一に語ることはない。」
傾「私はくノ一ではありませんよ。」
男性「今だ斬れ!」
何故か彼がしている勘違いを否定すると、後ろから別の男性に刀を振りかぶられる。
背後にいた男性「んなっ…!?」
傾「相手が悪かったですね。」
私は背後から左手で受け止めた刀を男性に押し返す。
傾「兎は後ろも見えるんです。お答え頂きありがとうございました。」
これ以上の答えは聞けそうにないと分かった私は、高く飛び上がり2人から遠くへ離れる。
傾「くノ一…か。」
戦の話はよく聞くが、ほとんどが武家の話だ。
忍者の話は数少ない噂程度だ。
もし、鼬一郎さんが忍者だった場合、
私は本気で隠れた貴方を見つけられるだろうか。
傾「弱音なんて吐いてる暇はない。」
私は再び鼬一郎さんを探し始める。
武者の一人「そいつを逃がすな!」
傾「人数が多い…。」
奥に行けば行くほど、人は増え追いかけてくる。このまま行くといつかは捕まりかねない。
傾「…出来ればやりたくなかったけど…」
私は地面に足を向けある物を探す。
傾(これだけ大規模な戦なら珍しくないはず…)
傾「あった。」
私はある物を拾い上げ逃げから一転、追っ手に体を向ける。
武者の1人「ようやく諦めるか。」
傾「いいえ。諦めの悪さは、私自信あるんです。」
武者の1人「獣人でそれだけ歳を重ねてりゃそりゃあそうか。」
傾「ご理解いただけたようで何よりです。」
武者の1人「俺も諦めは悪くてな。」
深呼吸をして、鼬一郎さんの授業を思い出す。
鼬一郎「お前は可愛いから、護身の術はいくつか知っておくとよいよ。」
傾「…あの、私獣人ですよ?」
鼬一郎「一定数変な人っているんだよね。」
傾「知りたくなかった…」
鼬一郎「あはは。お前は武術の才がある。でも、ヒトを傷つけるのは得意じゃない。だから、俺が教えるのはあくまで無力化するだけの方法だ。やっぱり1番早いのは肩かな。その次が、脚だ。」
傾(無力化するのに手っ取り早いのは、肩。)
私が投げたものに武者は反応し、避ける。
武者「なっ…」
武者が驚くのも無理はないだろう。
避けたはずにも関わらず、肩に傷を負っているのだから。
武者「…先程のは囮か。」
傾「ええ。ただの小石です。本命はこちらですから。」
私は武者に刺した折れた刀の破片を引き抜く。
武者「ぐ…」
傾(これで引いてくれるといいんだけど…)
武者は体勢を整え、私に片手のみで刀を構え直す。
武者「これで諦めるような者は武家に居ない。覚悟。」
私の願いとは裏腹に武者は私に切り掛る。
傾「…一体何を…」
しかし、切りかかられる直前武者は私に倒れ込む。
傾「息…してない…」
きっと引き抜き方が悪かったのだろう。
傾「わ、私が…」
ただ無力化させるだけのつもりだった。
そう言ったところで誰も信じないだろう。
当時俺が行った方法は、
ヒトを無力化どころか殺めるのに最適だった。
その時初めて理解した。
鼬一郎さんが言った武術の才の意味が。
感覚だけでヒトを殺せてしまう素質があったのだ。そして、してはいけない理解をしてしまった。
傾「…人間って…こんな簡単に…殺せるんだ…。」
鼬一郎さんはよく義左衛門さんに武術を教えるなとよく怒られると聞いた。
義左衛門さんはコレを危惧していたのだ。
鼬一郎さんは戦場に行かなければ良いだけとよく私に愚痴を零していたが…
傾「…鼬一郎さん、貴方ってヒトは…馬鹿な ヒト。」
気付けば逃げるため私は戦地の奥へ奥へと入っていた。そうして気づいた。
傾(灯影の町は…領地争いに巻き込まれた戦地だ。)
いつの間にか、 私は灯影の町に帰ってきていたのだ。灯影の町は私が居た時と変わらず、綺麗なままだ。
にも関わらず、
私がそう思った理由は周りの町だった。
隣町である神有町と真盾町も綺麗なままだった。
まるで、くり抜かれたように。
神有町の隣町、幻楼町と、真盾町の隣町、紫暮町は酷く凄惨な状況だった。
白雪姐さんの妖力では、町1個が精々だ。
私が母を助けに戦地へ行ってしまわないように…
傾「貴方にとっては他人なのに…守ってたんですね。…本当に馬鹿。」
どこまで行っても鼬一郎さんは見つからない。
なら残された方法は、見つけてもらう他ない。
私はある言葉を思い出す。
白雪「傾は苦手なものの方が少ないくらいでありんす。特に舞は格別で…」
私が母様に、教えてもらったたった2つの技術。それは、夜伽と舞だった。
他は全て自力か、白雪姐さんに教えてもらったものだ。白雪姐さんは大層私の舞を気に入ってくれていた。だけれど、私は私の舞が嫌いだった。
不気味だった。
見向きもしないヒトが居ないのだ。
かならずこちらに全員が全員目を向く。
そしてその目があまりに異様で、
私は怖かったのだ。
だけれど。
傾「貴方にもう一度会えるなら…」
きっと恐怖さえも克服してみせる。
手を伸ばしてつま先を伸ばして、ただ無我夢中に、飛び上がって。
傾「邪魔です。」
向かってきた者を切って。
後に人々は語った。
あれは天女の顔をした、人鬼であった。
ある者が言った。
血に酔いしれ恍惚とした表情は、
狂気に満ちていた。
またある者が言った。
危うげな美しさだった。あれに私も斬られれば、どれだけ幸福だったろう。
またある者が言った。
唄を歌っていた。死した仲間は酷く幸せそうな顔だった。この戦ごと眠らせてくれる存在、まさしく救いであった。
ある男が言った。
アレは心を痛めて、どうすれば苦しませずに済むか考え続けていた。
ある女が言った。
アレは小さな小さな勇気を振り絞り続けていた。
ある狐が言った。
アレは泣いていた。孤独を埋めようと、誰からも聞いたこともない拙い子守唄を歌っていた。
傾「…駄目でしょう?こんな大切なもの落としてしまっては…」
私は、肌身離さず鼬一郎さんが身に付けていた刀を見つけ、そう問いかける。
鼬一郎「この刀、あるヒトの形見でさ。」
傾「それ、私が持っちゃ駄目ですよね…!?」
鼬一郎「いいのいいの。お前は大切に扱ってくれるだろうし…あくまで俺が伝えたかったのは刀って歴史が結構あるんだよってだけ。その刀の持ち主も、誰かの形見で、さらにその持ち主も誰かの形見で…例え命尽きても、刀は受け継がれる。刀は意思みたいなものなんだ。」
傾「……。」
私は刀を手に取る。
傾「…認めたくなかったな。」
ヒトは失ってから気づくことの方が多い。
それは私も例外ではなくて。
傾「貴方も私も、馬鹿だ。」
ようやく自身が鼬一郎さんに恋心を抱いていたのだと、理解をした。2度目の恋は、気づくと同時に終わってしまった。
そうしてようやく母に1度目の恋をすることで、心の安寧を計っていたのだと気づいた。
傾「…全部馬鹿らしい。」
母に恋をしていた自分も、『あのヒト』に恋をしていた母も、叶わなくても良いからと、尽くした鼬一郎さんも、なにもかも馬鹿みたいだ。
傾「鼬一郎さ…いや…先生。」
胸に抱えた想いを否定するため、私はそう呼んだ。貴方は俺の生き方の先生でもあったのだ。
雪の降る中、懐かしい町並みを歩く。
ある場所で足が止まる。
扉を開け、中に入る。
撫子「慶三郎さん…?」
傾「……。 」
俺は何も答えない。
撫子「あぁ無事でよかった…心配していたんですよ?」
傾「…そうですか。」
撫子「もう!素っ気ないんですから!」
傾「…よく飽きませんね。」
撫子「飽きる…?私は貴方のことを愛しておりますもの。そのようなこと絶対にありえませんわ。」
傾「そうですか。」
撫子「…慶三郎…さん…。」
撫子は縋るように、俺を見る。
撫子「いった…い…なに…を…」
俺は答えない。
仕込み刀の刺さった撫子の背から血がどくどくと流れ出る。
傾「俺の名前は傾だし、見たことも聞いたこともないヒトのフリするのも、どんなに尽くしても俺を見てくれないことも、もうなにもかもうんざりだ。 」
撫子「貴方…誰…慶…三郎…さんは…!?」
傾「俺が誰かだって?いいさ答えてやる、俺はお前が産み落とすだけして忘れやがった、
お前の息子だよ!」
柄にもなく初めて俺は声を荒らげる。
傾「もう、疲れたんだ…。お前の好み、そうだ慶三郎だ、奴の振りをし続けていたら、いつかは俺も愛してくれるかもって…!」
撫子「私に…子供…なんて…」
傾「それが答えだ、馬鹿げてたんだ!愛してくれるかもだなんて! 実際は俺のことを認識すらしてくれなかった。俺の目の奥にお前は慶三郎を見ていた。そうさ、気づいてた。慶三郎は俺の父親で、お前の俺が産まれる前に死んだ旦那だ。 」
撫子「何を…言って…」
傾「熱を出して身体が動かなくて、怖かった時そばにいてくれたのは白雪姐さんだった。足を怪我した時、手当してくれたのは白雪姐さんだった。家事を変わってくれたのも、買い出しに行ってくれたのも、心配してくれたのも、全部全部、白雪姐さんだった!」
撫子「あの…女狐…のせい…なんですか」
傾「お前に姐さんを侮辱する資格なんてない!お前は俺に何をしてくれた?…何もしてくれなかった。…やっと目が覚めたんだ。俺を見て欲しいだなんて叶うわけなかったって。今もこの先も俺がもうお前を愛することなんて無い。」
撫子「…それでも…私は…」
撫子は血を吐きながら、俺の頬を撫でる。
撫子「愛しております…慶三郎さん。」
傾「…知ってるよ。」
俺なんか眼中に無いなんてこと。
かつて歪んでいたけれど、
俺達は相思相愛だった。
撫子が動かなくなるまで、
そう時間はかからなかった。
扉を開け、外に出る。
傾「…こんな静かな町になんの用だ?」
俺はこちらを見ている通行人に話しかける。
通行人「悪魔めが。」
傾「…悪魔…か。悪魔狩りをして英雄にでもなるつもりか?」
どんなに自暴自棄になっても、ただ1つこんな状況でもたった一つだけ強い願いがあった。
傾「来いよ。返り討ちにしてやる。」
ただ生きたい、と。
本当の意味で生きてみたい、と。
誰かの都合のいい傀儡になるのではなく、
ヒトとして生きてみたい、と。
そう切に願った。
そうして強く願って、ようやく覚悟ができた。
通行人「…その才を…何故…生かさぬ…」
傾「お国柄だ。」
たったの一斬りで通行人は死した。
傾「…刀を義左衛門さんに…渡さないと…」
故郷を出て雪原を歩く。
どうやら俺は悪目立ちしすぎたようだ。
リーダーらしき人間「これ以上の死傷者を出すな。ヒトを食わせるな。油断など絶対にするなよお前ら。」
部下らしき人間「わぁってるって。魔法はあれだろ?多分。踊らせなきゃいいだろ。」
傾「お前達の中で、俺は何者か決まったか?」
リーダーらしき人間「あぁ。悪魔とな。」
傾「悪魔…ね。…それが生きるために必要なことだって言うなら、悪魔だって鬼だってお前にだってなってやる。」
妙に頭がスッキリしていた。
まるでパズルの最後のピースがやっと埋まったように。
傾「魔法なんてもん、使えるならとっくに使ってるけれどな。」
無口な部下らしき人間「…戯言。」
とうに燃え尽きていたはずだった。
全くそんなことはなくて。
己という火種はまだ光を灯せるのだと気づいて。
誰かが言っていた、古い言葉を思い出した。
命尽きる時、それは最も命が輝く瞬間なのだと。
傾「…縁起の…悪い…」
体中に槍を刺されても、まだかろうじて意識があった。
リーダーらしき人間「終いだな。」
部下らしき人間「まだ意識ありやすけど。」
リーダーらしき人間「そう時間のかからないうちに死ぬだろ。」
無口な部下らしき人間「…御意。」
月が見下ろす中、雪原には大きな赤の華が咲いていた。
その後の記憶はない。
どれくらい時間が経ったのかも曖昧で。
目が覚めた時俺は、故郷のククトゥ大陸のトスク国と遠く離れた、メギナ大陸のウルギナ草原に寝っ転がっていた。
死んだはずだった。
それでも生きている。
それが何も意味をするのかは分からない。
意味なんてないのかもしれない。
でも意味が無いとは考えたくなくて。
意味の無い人生なんてきっとつまらないだろうから。
傾「鼬一郎さんを…探しに行こう。 」
遺体を見つけてはいない。
例えもう生きていなかったとしても、
せめて埋葬だけでもしたかった。
月日は流れて。
獣人の寿命は長くても50までと言われる。
きっと100も超えている俺は、
最長記録に乗れるかもしれないなんて、
全く別のことを考えてみても、
苛立ちは収まらなくて。
つくづく『鴉』とは馬が合わないと感じる。
奴は言った。
「イドゥン教とアリィという人物を接触させるな。」と。
『鴉』の実力は確かだ。 ただし、実力だけだ。
奴の計画の中の人物の気持ちを、
奴は理解ができない。
それが唯一生き残ったフェニックスのかつての
生存者としての心を守るすべなのかはきっと、
奴の相棒である「クレイ」にしか分からない。
奴の発言の真意はフェニックス側の被害を出さないようにすることだ。
これは過言でもなんでもない。
フェニックスメンバーの中で1番強いのは俺だ。正確には戦闘に関わるときのデメリットがない。
『羊』、カイオスは友人を撃ち殺してしまったトラウマで、ヒトに銃口を向けることが出来ない。
『星猫』、ベツレヘムは強いし申し分がないが、「元」フェニックスメンバー故に、
動かしにくい。
『梟』、アマラは威力は絶大だが、
体力の問題がある。
『黒馬』、シリルは実戦経験が浅く、まだ比較的楽なものしか任せられない。
『鴉』は言った。
「時が来るまで隠していたい」と。
1番動かしやすい人材、それが『狼牙』、俺。
その損得勘定がムカついた。
元々俺は決められた筋書きを辿るのが嫌いだ。
それが奴の命令なら尚更。
ならば、俺は勝手にこの任務に、
別の意味を付け足そう。
傾「俺は任務を終えたら、お前と同行はしなくなる。」
アリィ「それがどうかした?」
傾「無駄な気遣いなど不要ということだ。また同じことをしてみろ。どこからでも飛んで、 叩きのめしてやる。」
ノア「傾って本当に不器用だよね。」
白雪「傾は…」
傾「杏。お前は置いてかれる側のことも、
少しは理解しておいた方がいい。」
アリィ「置いてかれる側って誰の…」
傾「俺はテオスに、死人も廃人も渡すつもりは無い。 」
子供は苦手だ。
俺は正しい大人のあり方など分からない。
ただ、鼬一郎さんが、俺と白雪を再会させてくれたのが酷く嬉しかったのを覚えてるから。
俺は俺の任務に、テオスに五体満足のアリィとノアを再会させるとそう書き加えた。
傾「気色悪いが、俺はお前の生き写しだ。
誰かに叱ってもらいたかったんじゃないか?」
助けを求めたら必ず答えてくれるヒトがいるのに関わらず、求められなかった臆病さに。事故を犠牲にする愚かさを。
アリィ「はっ。まさか。」
アリィは鼻で笑い素っ気なく答える。
傾「それでいい。」