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朝餉を終えた将臣は、医学書の整理をしていた。数冊まとめて持ち上げて、気がつく。
「……痛まないな」
(傷は塞がった)
本を移し替え、窓を開けた。庭には、凪が干した着物が風に軽やかに揺れていた。畑では薬草の白い小花が、庭に静かな彩りを添えていた。
部屋を見返せば塵ひとつない畳に、床の間には一輪の生花。
(凪が来てから、私の生活には色が戻った)
「すべて……凪のおかげだ」
将臣は引き出しから小さな箱を取り出した。中には自ら選んだ簪が入っている。凪に一番似合うであろうものを選んだ。
箱を持つ指先に、自然と力がこもる。
(今日こそ、伝える)
将臣は凪の部屋へと向かった。
凪は鏡台の前に座りながら鏡の中の自分を見ていた。
(いつまで、ここにい続けるつもり? それは将臣様のためにならないのに)
目を伏せて、ひとつ息を吐いた。次に目を開けると、その瞳には決意が宿っていた。
(きちんと、伝えよう)
すっと立ち上がり、鏡に布をかけた。
その時、襖の奥から将臣が声をかけた。
「凪。少し、いいか」
「は、はい」
突然の訪問に、凪は着物の襟を整える。
「どうしましたか」
すっと襖を開けると、「話がある」と将臣が入ってきた。
その手には簪の入った箱が握られている。
しかし、凪の視線は将臣の顔にしか向かない。
「私も、お話があります」
向かい合った二人は、互いの緊張が伝わったかのように立ち尽くした。
先に、将臣が咳払いをした。
「凪」
箱に指を掛ける。
「これを──」
将臣が箱を開けようとした、その時だった。
「こんにちは。千代でございます」
玄関からの訪問に、二人は一斉に振り返った。
「千代?」
将臣が首を傾げた。
千代の二度目の訪問に、不穏を感じた凪は、何も言わずに玄関へと小走りで駆け出した。将臣もそれに続いた。
「お嬢様! よかった、いらして!」
泣き出しそうな千代の顔を見て、将臣が驚いた。
「あなたは……!」
「千代さんは、麒麟堂で父の世話をしてくれています」
凪は手短に答えると、泣きべそをかく千代へと駆け寄る。
「どうなさったの⁉︎」
「お嬢様! 旦那様は、本当に死んでしまうかもしれません! 私、もう見ていられなくてっ!」
強く握った袖を目元に当てた。
「それに、最近の奥様も少しおかしいんです! 私なんかにお金を無心したり、ずっと不機嫌でいらっしゃるんです」
「お義母様が……お金を無心?」
あの日、実家から無理やり追い出された光景が、まざまざと蘇った。
つい、手に力がこもった。
(敷居は跨ぐなと言われても……私の生家には違いない。心配するのは当然のこと!)
その瞳に光が宿った。
「父上を……助けに行かないと。将臣様、これから実家へ行って参ります!」
返事を尋ねることなく、凪は言い切った。
将臣も、いつもの怜悧な目になっていた。
「……もちろんだ。私も、一緒に行く」
「でもっ、将臣様はお怪我が治ったばかりです。無理はさせられません!」
「私の義父上だぞ。心配するのは当然だろう」
凪を見下ろすその目は柔らかかった。
「将臣様……」
(私の父のことも、受け入れてくれている……)
凪はぎゅっと手を組んだ。
「……とても、心強いです」
「すぐに、出よう」
「はい!」
三人は麒麟堂へと向かった。