砂と石が混じりあった地面に靴跡がつく。
その男はどこか足早に、山道を登っていた。
辺りは街の光1つも差し込まず、深い闇に包まれている。
男は山に相応しくない、いかにも普段着そうなラフな格好をしていた。
靴だって、登山靴や長靴とかではなく普通のスニーカーだ。
それでも、歩きづらそうな素振りは一切見せず、サクサクと山を登っていく。
しばらく歩いて、男はふと立ち止まった。
そして地面を見つめ、何を思い立ったか手に持っていたスコップで穴を掘り始める。
男は一切手を休める様子はなく、しきりに手を動かし続けた。
その音は、朝日が差し込むまで止むことはなかった。
「うーーーん…」
東雲彰人は呟くような声で唸り、右手で頭を掻いた。
元来のフワフワした髪がグシャッとなり、それに気付いて手ぐしで直す。
「ホントに、急に…というか、今更なんなんですか?」
呆れたように1つため息を吐き、手元にあったシェイクをストローでかき混ぜた。
目の前には高校時代の先輩、天馬司が神妙な面持ちで座っている。
「今更なのは分かってる。…もう、10年も前の話だからな。いや、まだ10年しか経ってないのか。」
司は少し困ったように一瞬目を背け、また彰人に向き直った。
「類は、殺されたのかもしれないんだ。」
それまで賑わっていた店内が、一瞬シン…と静まり返った気がした。
が、すぐにガヤガヤとした女子高生のお喋りや仕事の電話の声が聞こえてきた。
「…はぁ。殺された、ねぇ…」
彰人はそれほど関心を持たなかったのか、またシェイクを1つかき混ぜた。
「一応聞きますけど、なんで急に殺されたって?あれは自殺だったんじゃないんですか?」
彰人は司とは目を合わせずに、回転しながら混ざり合う苺のピンクとバニラの白を眺めていた。
「あぁ、自殺ということになった。だが、10年間どうも納得がいかなかったんだ。」
司は自身の手を見つめ、その手を握った。
「だって、おかしいじゃないか。アイツが自殺なんかするはずがない。」
そう言った声には熱がこもっていて、何か感情を抑えているのが容易に推測できた。
「…つっても、証拠も何も無いんじゃあ、警察は取り合ってくれないでしょ。」
彰人はその熱に押されたのか、ようやく司の顔を見た。
「ああ、そんな事は分かっている。」
司はふぅっ…と息を吐き、真っ直ぐ彰人を見つめた。
「だから、勝手に真相を突き止めることにした。」
その声は芯が通っていて、スッと耳に入ってきた。
「…はぁ。」
彰人はまた関心を失ったのか、シェイクを2回かき混ぜた。
「それで?なんで俺にそれ言ってくるんです?」
その声にやる気はなく、脱力したようだった。
「お前にも協力してほしい。」
彰人は一瞬、耳を疑った。
それでも司は、そのまま続けた。
「1人より2人の方が視野が広がるだろう?俺だけじゃ見つからないことも、お前なら見つけられるかもしれない。それに_」
司が口を開きかけた時、すかさず彰人が右手を突き出し、それを遮った。
「待て待て待て待て…なんで俺なんすか?!」
彰人は左手で額を抑え、大きく溜息を吐いた。
「なんで…って、何となくだが?」
司は悪びれる様子もなく、サラッとそう言ってのけた。
「はぁぁぁぁ???」
彰人はとうとう両手で頭を抱えた。
「こういうのって普通探偵とかさ…いや、身の回りでいくなら冬弥のが適任だろ…!!」
その声には怒りや焦りではなく、動揺と呆れの色があった。
「冬弥はダメだ。冬弥に…そんなことはさせたくない。」
司はそう言って意味ありげに目を伏せた。
(俺ならいいってかよ…)
彰人は心のなかでそう思ったが、これ以上言っても無駄だと悟り、シェイクを1口飲んだ。
「…で、具体的に協力って何すればいいんすか?」
彰人は頬杖をつき、司の方に目をやった。
「引き受けてくれるのか?!」
余程驚いたのか、司は一瞬席を立って彰人の方に身を乗り出した。
勢いで少しテーブルがズレたが、そんなことを気にする素振りもなく、真っ直ぐ彰人を見つめている。
「しょうがなく、っすよ。ま、ただの暇つぶしです。」
少し顔の距離が近づき、彰人は目線を逸らして窓の外を見た。
空はこの空気と相反するように青々と輝いている。
「そうか…!!いや、ありがとう!」
初めて司が笑顔を見せた。
その笑顔は高校時代から何も変わらず、彰人は何故か安心感を覚えた。
司は安堵したのかトスン、とソファーに腰掛けてズレたテーブルを元に戻した。
「まず…一旦あの時のこと、おさらいしときます?」
彰人は頬杖をやめ、気だるそうに腰掛けにもたれかかった。
「ああ…そうだな。」
司はほんの少し辛そうな顔をしたが、すぐに最初の神妙な面持ちに戻った。
「神代センパイは、両親の不在中に自身の部屋で胸を刺して自殺した…って、俺は聞きましたけど。」
彰人はくるくると人差し指で自身の髪の毛を弄んだ。
「む?俺が知ってるのとは違うな…」
司は少し首を傾げ、そのまま続けた。
「類は山で首吊りをしたと聞いたぞ。」
「え?」
彰人は思わず声を漏らした。
「え、山で首吊り…?家で刺殺って聞いたんですけど…」
彰人は混乱したのか髪の毛を弄ぶのをやめ、もたれるのをやめて少し身を乗り出した。
「俺も訳が分からん。何故、俺とお前でこんなに記憶が違うんだ?」
司は両腕を組み、また首を傾げた。
「よし、一旦類について確認しよう。当時は神山高校三年生、俺と同級生だった。お前は二年で、俺たちの後輩だった。どうだ?」
「あぁ、それは一致です。よく爆発とか色々やって、先生に追いかけられてましたよね。」
2人は昔を思い出し、少し笑みが溢れた。
「良かった。類については共通認識みたいだな。」
司はホッと一息吐き、それまで手をつけなかった珈琲を口に含んだ。
「…そういや、アンタって珈琲飲めたんすね。」
彰人は特に理由なく世間話程度に呟いた。
「ん?ああ。10年もあれば、人なんて変わるだろ?まぁ、お前は相変わらずみたいだが。」
司は彰人の手元のシェイクを見て微笑んだ。
「うっせーな…」
彰人はバツが悪かったのか、すぐに話を切り替えた。
「それで、神代センパイの死因の認識にバラつきがある事なんですけど、」
彰人はまた頬杖をついた。
「俺たちだけじゃなくて、他の人にも聞いてみたらどうですか?ほら、草薙とか鳳とか、冬弥とか。」
司は少し考え、間を置いた。
「…それもそうだな。不思議なことに、寧々やえむと類の死因については話した事が無かったんだ。」
一体何故だろうな?…と口元に手を当てて考える素振りを見せた。
その姿にはどこか既視感があり、彰人は違和感を覚えたが特に気にしなかった。
「そういや、俺も『神代センパイが亡くなった』ってだけで、死因については冬弥と話したこと無かったです。」
2人は沈黙し、しばらく時が流れた。
何故、2人の記憶がここまで違うのか。
先に沈黙を破ったのは司だった。
「よし。俺は寧々とえむに聞いておく。何か分かったら、連絡してここに集合でいいか?」
「了解っす。んじゃ、俺は冬弥に聞いときますね。」
2人は目を合わせて頷き、そのまま席を立った。
「あ、会計…」
彰人が言いかけた時、司はそれを遮った。
「ああ、俺が出そう。突然呼んだのも俺だしな。」
司は手際よく会計を済ませ、彰人に発言の暇を与えなかった。
(相変わらず人の話聞かねぇなこの人…)
心の中でため息を吐き、彰人は取り出しかけた財布をポケットに戻した。
その後は2人とも住んでる方向が違ったのですぐに別れ、互いの帰路についた。
青々としていた空が、ほんの少し曇ってきている。
空をぼんやり眺めながら、彰人は考えていた。
しかし、いくら考えてもその答えが見つからないようで、すぐに思考を放棄した。
(とりあえず、冬弥にも確認してみるしかねーな。)
彰人は左手を腰に当て、右手で頭を搔いた。
空は段々と雲の量が増えているようだった。
コメント
7件
口元に手を当てる仕草……お前、もしや神代類だな⁉️⁉️💦 司が類だと仮定すれば、司と彰人の認識がズレてるのも「類は本当は首吊りしたけど、刺殺だと誤解されている」みたいに解釈ができたり………したらいいな(願望) それか、司が口元に手を当てるのはただ類と一緒に過ごした時間が長かっただけで、神代類の死体が2つあったりするかもしれない。
ぬあぁぁぁぁミステリーホラー大好きなんよ😩😩😩😩🤦🤦これからどうなっていくんだろ…🤔🤔ふへへへへ😊😊
うおおおおお!!! 不気味なミステリーホラー!!ひと味違う新鮮な感じで楽しませてもらったよ〜!!✨️✨️ ここからの展開が楽しみだな…