テラーノベル
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「なぜこんなことを?」俺の目の前に座る刑事が訊いてきた。背に“立川肇”と記された手帳を手にしている。どうやらそれが彼の名前のようだ。
「決まってんだろ。浮気されたからだよ」
俺は笑い混じりに言った。
すると、立川の隣に座るもう一方の刑事が訊いてきた。「浮気されたら手を出していいとでも思ってんのか?」
「どうしてダメなんだよ。むしろ俺は被害者だろ?なんでここに連れてこられてる?早く天国に行かせろ」
すると今度は立川が口を開いた。
「あなたは浮気されて、その腹いせに彼女と浮気相手である男性を殺害しようと試みた、と言いたいのですね」
「ああそうだよ」
俺がそう言うと、立川は無言で頷き、手帳にペンを走らせた。そして再び口を開く。「しかしあなたの計画は失敗した」
「何が言いたい」
「そのままの意味です。あなたは包丁を使って彼女らを襲撃しました。女性を刺すことに成功はしましたが、相手の男性に反撃され、あなたは殺害された。そしてその後、女性は病院に搬送され、一命を取り留めました。こうしてあなたの計画は見事失敗に終わったというわけです」
「それが?」
「認めますか?」
「認めるってなんだよ、証拠はもう揃ってんだろ。彼女に騙された可哀想な俺を早く天国に連れてけ」
「認めますかと聞いているんです」
立川は俺を真っ直ぐ見つめて言った。先程よりやや強い口調だった。
「…ああ」
俺が答えると、立川は再び手帳にペンを走らせながら「岩田さん、あれの確認を」と言った。態度のでかい方の刑事は、岩田と言うらしい。
あれ?あれってなんだ?
俺がそう思っていると、岩田がごほんと咳払いをし、口を開いた。
「お前の部屋からこんなものが見つかった」
そういうと、岩田は上着のポケットから一枚の写真を取り出した。そして机の上に叩きつけるように置き、一言。「この写真に見覚えがあるな?」
背中に寒気が走った。
「……俺が殺そうとした女」
「ああそうだ。だがこの写真は妙だ。この写真に映る彼女はこちらに背向けている。自撮りならともかく、なぜこんな写真を撮影したのか」
岩田が鋭い視線を向けてきた。
「…そんなの、浮気相手の男が撮ったんだろ」
「じゃあ聞くが、なぜこんな角度で撮影されてるんだ?まるで天井から撮影されたような写真だなあ」
岩田が写真を人差し指でコツコツと突ついて言った。試すような口調だった。
俺は答えなかった。いや、答えられなかった。返す言葉を必死に探していたのだ。
「答えろォ!」
黙っていると、岩田が怒声を上げた。
「し、知らねぇよ。この写真を撮ったやつに聞けよ」
「だからあなたに聞いているんですよ」
立川が静かに言った。
「は…?」
「とぼけても無駄です。我々はすべて分かっています」
「全て、ってなんだよ」
「あなたが浮気されていたというのは、事実無根ということです」
キィーン、と耳鳴りがした。息が詰まり、呼吸が浅くなる。
「あなたは被害者女性のストーカーだった。彼女と交際すらしていなかったんです」
「は……」
「一言で言えばストーカーです。さっきの写真も、あなたが彼女の部屋に盗撮機を仕掛けて撮ったものだ」
天敵に詰め寄られるような感覚だった。
「あなたはその盗撮機を見て、彼女に交際相手ができたことを知った。そして犯行を決意した。つまりは逆恨みです」
立川はそこまで言うと、小さくため息をついた。
「……はは」
乾いた声が喉の奥から零れた。
「分かってるならなんでこんな茶番をしかけた?はやく地獄に行かせりゃいいだろ?大体な、俺の盗撮に気づかなかった女の方も相当バカだ。クソ、なんであの女だけ助かって、俺は死ぬんだよ。しかも天国に行けないなんて」
そこまで喋ると、立川が深くため息をついた。
「あなたはひとつ勘違いをしている」
彼はそう言って立ち上がった。
そして俺の横に立つと、勢いよく胸倉を掴んで、ぐいっと引っ張りあげた。すぐ目の前に立川の顔があった。
「これはお前が天国に行くための取り調べなんかじゃない。ここに来た時点で、お前は天国になんか行けない」
そういうと、彼はパッと胸ぐらから手を離した。
俺は足に力が入らず、椅子にぶつかりながらふらふらと後退したあと、その場に尻もちをついた。
俺には最初から、地獄という道しか無かったのだ。
コメント
2件
なんだか自分も取り調べを受けてるような感覚になりますね。読み返す度にハマっちゃいます